風見ヶ丘高校、二年C組の三宅蒼真は自他ともに認めるイケメンである。
パーマをかけたわけでもないのにふわふわしている柔らかな茶髪に、色素の薄いタレ目、甘い顔立ち——写真加工アプリを使用すると逆に顔のバランスが崩れるほど、生まれながらにして整っている。
そんな蒼真がSNSアカウントに自撮りを投稿すれば3秒後には大量の通知が押し寄せてくる。「◯◯さんがあなたの投稿にハートを送りました」という一文にスマホのロック画面が埋め尽くされ、充電も一気に減る。困った蒼真は何とかして通知をOFFにしたかったのだが、やり方がよく分からなかったので結局自撮りの投稿のほうをやめた。
すると今度は他撮りというには画角が怪しすぎる写真が勝手に投稿されるようになった。写真をあげているアカウントはバラバラだが、「今日のソーマくん」というタグで検索すれば蒼真の隠し撮りを大量に見つけることが出来るだろう。
しかし、それらは全て高校に入学してからの写真ばかり。小学校や中学校の頃の写真はほとんどない。
それは蒼真がモテ始めたのが高校生の頃——正確には中学三年の夏頃——だったせいだ。
「ねえねえねえッ! これ、小学生の頃のソーマくんってホント?」
バタバタと足音を立てながら蒼真に駆け寄ってきたのは、二年A組の女子生徒たちだった。蒼真の目の前に画面がバキバキに割れている古いモデルのスマートフォンが差し出される。それは明らかに紅太郎のスマホで、その画面に映し出されているのは一枚の写真だった。黒髪のツンツン頭でいかにもガキ大将っぽい男の子の隣には、柔らかいウェーブがかった茶髪の外国人みたいな子が並んでいる。
「どれ?」
蒼真がわざと聞き返せば女子生徒は興奮冷めやらぬ様子で画面を指で叩く。
「この子! この子! この子!」
彼女が指差したのは、もちろん茶髪の方だった。蒼真の周りを取り囲む他の女子生徒も彼がどう答えるか伺うように、スマホを持っている子に後ろから抱きつきながら画面を覗き込んだり、蒼真の顔をじっと見上げたりした。
蒼真は勿体ぶるように口篭った。答えたくなかったわけではない。ただ彼女たちの中に見覚えがある顔がいないか探していたのだ。しかし、昨日SNSへの投稿でしっかり顔を見たはずのニトこと仁藤翠結は見つからなかった。蒼真は軽く眉を顰める。もしかして実物を見てもわからないくらい実は加工してたのかな……と非常に失礼なことを考えながら適当に頷いた。
「うん、僕だよ」
蒼真の答えに女子たちが色めきだった。
「マジ!? 超可愛いんだけど!」
「やば〜い! 女の子みたぁ〜い」
「えー! 今の蒼真くんとぜんぜんちがうじゃーん」
「でも面影あるくない?」
「わかるぅー! なんかさぁ、ハーフっぽい感じとか」
「ねー、マジでかわいい〜!」
大騒ぎする女子生徒たちに囲まれながら蒼真は笑顔を貼り付けていた。「えー、ありがと」とかなんとか言えばいいんだろうけれど、蒼真は黙ったまま片方の手をポケットにつっこんでいた。そして廊下の奥の方に、窓際の壁に寄りかかっている紅太郎の姿を見つければ女子生徒の手から壊れかけのスマホをするりと奪い取る。
「はい、返して?」
「え〜、なんで〜? これ、一ノ瀬くんのスマホだよぉ?」
「コウタロウのものは僕のものでもあるから」
「なにそれ〜!」
キャラキャラと笑う女子生徒を笑顔で誤魔化しながら蒼真は歩き出した。行き先はもちろん紅太郎のところだ。数人の女子生徒もまるで取り巻きのように蒼真にくっついてくる。邪魔だな、と思いながらも振り払ったりはしない。
「コウちゃ〜ん」
いつもみたいな悪ふざけの延長線で蒼真は紅太郎のあだ名を呼ぶ。紅太郎は当然のように不機嫌になり、眉間に皺を刻んだ。でも何故か声を荒げて言い返してはこない。何でだろうと蒼真が首を傾げる前に、囁き声に近い愛らしい笑い声が紅太郎の隣から聞こえた。
「ふふふっ……〝コウちゃん〟?」
その子が蒼真の呼び方を真似れば、紅太郎はわざとらしく舌打ちした。それから近付いてきた蒼真に手を差し出してスマホを渡すように急かしながらも答える。
「変な呼び方すんな」
——それ、僕に言ったの?
——それとも、隣にいる子に言ったの?
蒼真は、心の中でそう呟きながらも必死に笑顔を取り繕った。
「ゴミかと思った」
「ふざけんな」
ボロボロのスマートフォンを揶揄しながらそれを持ち主に返せば、蒼真はゆっくり身体を斜めに傾けて体格の良い紅太郎の影に隠れてしまっていた女子生徒と目を合わせる。
「仁藤さんだ〜。こんにちは〜?」
蒼真に話しかけられると思っていなかったのか、女子生徒の集団と比べても一際小柄な彼女はビクッと肩を揺らして慌てて返事をする。
「あっ、あ……三宅くん、こ……こんにちは」
「蒼真でいいよ。去年さぁ、クラス違うけど委員会で一緒だったよね?」
「あ……うん、覚えててくれたの?」
「うん、もちろん。仁藤さん、すげー可愛いし」
「えっ、あっ……!」
仁藤が白い頬をほんのり赤く染めれば、蒼真の腕にしがみついていた女子生徒が真顔になったのが窓ガラス越しに映って蒼真にも見えた。女子ってこわいねぇと他人事のように思う蒼真だが、仁藤翠結はSNSに投稿されていた写真よりも実物のほうが可愛かった。髪は巻いているよりストレートの方が似合っているし、加工すれば色が飛んでしまうであろう薄いピンク色のリップがあどけなさを演出している——紅太郎が好きそうな顔だなと蒼真は思った。
「ねーねー、仁藤さぁーん。コウタロウと仲良いの? 僕とも仲良くしてよぉ〜?」
「あ、ええっと……その……」
「ダル絡みすんな」
蒼真が物理的にも精神的にも距離を縮めようと仁藤に迫れば、ようやく紅太郎が口と手を挟んだ。蒼真の肩を押し返せば、文字通りに蒼真と仁藤の間に立って胸の前で腕を組む。
「ニト、こいつ蒼真。同小」
「う、うん……知ってる」
「蒼真、こいつニトウ。同中」
「え、知らんかった」
シンプル過ぎるくらいシンプルな紹介を経て、蒼真は仁藤と紅太郎が同じ中学校に通っていたことを初めて知った。紅太郎との会話の中で仁藤の名前が出てきたのは昨日が初めてだったので、最近になって知り合ったのかと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
蒼真は思わず仁藤の顔をじっと覗き込んだ。確かに可愛い。化粧もケバくないし、控えめな性格ぽくて好感が持てる。だけど——何かが引っ掛かる。歳の離れた姉がいる蒼真には仁藤から感じ取れるものがあった。紅太郎では気付けなさそうな、何か。
「仁藤さんさぁ」
「は、はい!」
「下の名前、なんだっけ?」
「み、みゆです……仁藤翠結……」
「ふーん……翠結ちゃんって呼んでいい?」
「ええええっ!?」
仁藤翠結は驚いて甲高い声を上げながら口元を両手で覆った。その直後、遠くでパシャリとカメラのシャッターを切る音がした。どこからスマホを向けられていたのか分からないが、蒼真にとってはどうでもよかった。
わざわざ視線を合わせるように屈んだ蒼真の首根っこを紅太郎が掴み上げる。
「なにしてんだ、テメーは」
「……健全な異性間交流?」
「ちけえんだよ」
そのまま紅太郎に引き摺られるようにして蒼真は仁藤から離れた。蒼真の周りをまとわりついていた女子生徒たちも、もういない。廊下の窓際には仁藤だけがポツンと立っている。
蒼真はしばらく歩いても首の後ろから手を離そうとしない紅太郎にそっと視線を寄越した。捻れたような変な体勢になっているので紅太郎の顔色はよく見えない。でも相当不機嫌だろうなと蒼真は思った。
「あは、コウちゃんったら……ヤキモチ?」
「しねよ」
いつもは聞き流せるような紅太郎の罵倒——でも何故か今だけは聞き流せなくて、蒼真はじんわりと死にたくなった。
何したいんだろう。どうしたかったんだろう。
今更、自分に問いかけても答えは出ない。
——その日の放課後、見知らぬアカウントにまた蒼真の隠し撮りが投稿された。それはそのアカウントをフォローしている人しか見えない設定になっていて、24時間経てば自動的に消えてしまうものだった。「今日のソーマくん」なんて呑気なタグもつけられていない。添えられているのはたったこれだけ。
「だれ、このブス。だれでもいいから教えて?」
その投稿にまた見知らぬ誰かが返事をした。
「二年A組の仁藤翠結」
それから24時間も経たないうちに、屈み込む三宅蒼真と両手で顔を覆う仁藤翠結の写真は削除された。
そして、また何事もなかったかのようにSNSには「今日のソーマくん」というタグで写真が投稿される。
「小学校の頃のソーマくんだって! やばい! めっちゃ可愛くない!?」
愛らしい茶髪の子どもの隣でドヤ顔をする男の子——小学生の頃の紅太郎の顔にはモザイクがかけられていて、蒼真はスマホを片手に眉を顰める。幼馴染に昔の写真を送ってほしいとは言い出せなかった捻くれ者は、拗ねたようにスマホを枕に叩きつけるしかなかった。

