ある日、花月楼に公卿・藤原(ふじわら)清隆(きよたか)が訪れた。

 絹の狩衣に扇を手に、静かな威厳を放つ男だった。清隆は、都の名門・藤原氏の若き公卿で音楽と詩に造詣が深いと知られていた。
 彼の瞳には、どこか孤独な影があった。

 客室は沈香の香炉から甘い香りが漂い、壁には藤の花の絵が描かれていた。芹が舞を披露する。

 彼女の袖が弧を描き、客たちは息をのんだ。佐野次郎は客席から芹に微笑んだ。

 だが、清隆は眉を上げただけだった。

「舞は美しいが、魂がない。誰か、琴で私の心を動かしてみせなさい」