藤原邸での生活は、芙蓉と清隆にとって穏やかで幸福な日々だった。
春の朝、芙蓉は庭の山茶花の木の下で琴を奏でた。音色は、蕭条村の川のせせらぎと山茶花の花びらが風に舞う情景を映し、庭を優しく包む。
花紋が朝陽に照らされ、淡く光る。清隆は芙蓉の隣に座り、彼女の音に耳を傾けた。
「芙蓉、君の音は、毎朝私の心を清めるよ」
「清隆様、あなたの笑顔が私の音を輝かせるんです」
二人は夫婦になっても出会った頃のように笑い合う。すると庭の花びらが楽しそうにそよ風に舞っていて嬉しくなった。
昼には、芙蓉と清隆は屋敷の書斎で詩を読み合った。
清隆が詠んだ詩を、芙蓉が琴の音で彩る。書斎の窓からは、庭の桜が覗き、松の香りが漂う。
清隆は芙蓉の手を取り、言った。
「君の音と詩が、私の心に春を呼ぶよ」
そんな言葉に芙蓉は照れる。
「清隆様の言葉が、私の音に魂をくれるんです」
芙蓉はそう答えた。二人は小さな笑い声を響かせ、書斎は温かな空気に満ちる。
夕暮れには、芙蓉が庭の池の畔で清隆のために簡単な料理を作った。蕭条村で母から教わった素朴な粟粥に、都で覚えた彩り野菜を添えて。
清隆は粥を口にし、目を細めた。
「芙蓉、君の料理は、蕭条村の温もりを思い出す。こんな幸せ、初めてだ」
芙蓉は微笑み、以前一緒に里帰りをしたことを思い出した。
「清隆様とこうやって食卓を囲むのが、私の幸せです」
池に映る夕陽を見ながら、静かに笑い箸を置いた。
夜になれば芙蓉と清隆は縁側に座り、月光に照らされた山茶花の木を見つめる。
芙蓉は清隆の肩に寄りかかり、呟いた。
「清隆様、遊女だった私が、こんな穏やかな日々を過ごせるなんて、夢のようです」
清隆は彼女の髪を撫で、答えた。
「私もだ。芙蓉、君は花巫女であり、なにより、私の妻だ。君の音も、笑顔も、私の全てだ」
芙蓉の花紋が月光に輝き、二人は手を握り合った。
山茶花の花びらがそよ風に舞い、まるで二人の愛を祝福するように庭に散った。



