ヒノキ村の端、ケヤキ村寄りの森に、〈コモレビの滝〉という場所がある。晴れた日には、木々の間から木漏(こも)れ日が差し込み、とても幻想的になるのだ。
 また、非常に細い激流で、水飛沫(みずしぶき)が絶え間無く、ものすごく舞っている。


 そのすぐ隣には、長い年月をかけて自然に削られた、大岩の小さな天然の温泉がある。
 仕事が休みで、悪天候でなければ、トーコは温泉に入りに来ている。

 広い山道から、獣道のような整備されてない長い激坂を登らないと、温泉には辿(たど)り着けないため、女性や高齢の者なら自力では厳しいだろう。
 だが、空中から行き来できる竜の背から降りれば、全く問題は無い。


 温泉の周りは、楽々エドガーが丸まって休めるくらい、広々と開けた場所がある。
 ある快晴の日、トーコが朝食を取った後のことだ。エドガーは、温泉の横の平らの大岩の上にトーコを降ろすと、豪快に欠伸(あくび)をした。

「ああぁ~。極楽、極楽っ♪」

婆婆(ばば)臭いぞ、トーコ……」

 岩の湯船に背中を付けて、ボーッと遠くを(なが)めているトーコに向かって、エドガーは()め息をついた。

()せぬぞ、全く……。年頃の若い娘が、外が明るい時、のうのうと全裸でおると、(ぞく)に襲われるかもしれんぞっ」

「あはは。何言ってるの、エドガー? こ~んな奇妙な髪色の奴っ、むしろ避けられる対象だって!」



 そのように、トーコが温泉を満喫(まんきつ)している背後で、トーコたちの会話を聞いている人物が居た。
 すぐ近くではないが、長身でガタイが良さそうな青年が、後ろ向きで木にもたれて、こっそりと静かに様子を見ているようだ。

獰猛(どうもう)で、巨大な竜を手懐(てなづ)けるなんて、ホントに大した奴だな……)

 青年は、そう心の中で(つぶや)いた後、ゆっくりと広い山道の方向に、一歩()み出そうとした。

(……戻るか)

 その時、エドガーは青年の気配に気が付いた。

「誰だ、其処(そこ)に居るのはっ!? (のぞ)きをしに来たのなら、許さぬぞっ!」

「んな悪趣味、ねーよ」

 青年は、エドガーに向かって、続けて言葉を発した。

「この角度と距離じゃ、覗きなんて無理だしな」

「……本当に、覗きでは無いのだな?」

 エドガーは青年を(にら)むと、小さく(うな)り声を出した。

「エドガー、落ち着いてっ! ケンカふっかけちゃ、ダメだよっ! そろそろ服着るしね。……温泉に入りに来た方ですよね?」

「そんな感じだ」

「ごめんなさい。もうすぐ行くので、どうぞーっ!」


 その直後、トーコを乗せたエドガーは空に向かい、北の方角に飛び去っていったのだった。