トーコが後宮の部屋に戻った直後、遠くからカン、カン、カーンッと(かね)が鳴る音が聞こえた。

(今、太陽が南中する頃かな。王宮前の大庭、今年も人がいっぱいだろーな……)



 トーコの心の(つぶや)き通り、王宮の正面の庭には、多くの人々が集まっていた。
 セイシュ目当ての者が多いが、本当は別の理由で、大庭が開放されているのだ。

 王宮の真ん前で、使用人が三回、鐘を鳴らした後、乗馬場の方からエドガーが飛んできた。
 使用人が(たる)に入っているセイシュを土製の容器に入れ、多くの人々に手渡しているようだ。セイシュを片手に、羽ばたきながら悠然(ゆうぜん)と空中を飛んでいるエドガーを見て、歓声を上げた。

 エドガー、つまり竜は、自然そのものの『神の化身』として、大地の恩恵に感謝をするために、王宮に呼ばれたのである。


 鐘を鳴らした使用人の近くに降りると、エドガーは行儀(ぎょうぎ)良く座った。

 すると、アイザック王がオスカーと護衛、数名の使用人を引き連れて、王宮から出てきた。
 アイザック王の一行がエドガーの隣に行くと、人々の視線は国王の方に集まった。もちろん、護衛のオズワルドも一緒だ。


 最初に、アイザック王はぎこちない表情で、エドガーに感謝の言葉を述べた。
 そして、アイザック王とオスカーは、使用人たちから植物の(つる)で作られた大きな(かんむり)を受け取った。冠は、木の実やドライフラワーで飾られている。

 二人で、首を下げたエドガーに冠を被《かぶ》せた後、アイザック王は大庭に居る人々に向けて、「それでは、収穫祭とセイシュを楽しんでくれ」と、短くスピーチをした。


 スピーチが終わると、何十人もの使用人や侍女が、巨大な皿に入った何種類もの料理と、巨大な酒器に入ったブドウ酒を、次々とエドガーの前に運んできた。

 エドガーは、それぞれのものを口に入れると、ゆっくりと味わっているようだ。
 人々の談笑が心地良い音楽のように聞こえるようで、エドガーは機嫌が良さそうだった。



 ひと仕事を終えた後、国王の一行は、サーとすぐに王宮に戻っていったのだった。
 アイザックは、歩きながら()め息をついた後、小さな声で呟いた。

「はあ……。でかすぎる顔に、鋭い()と牙がなぁ……。相変わらず、アイツは何だか苦手だ」

 アイツというのは、もちろんエドガーである。
 オスカーは優しく微笑みながら、「お疲れ様でした、国王陛下」と(ささや)いた。

「全くだ……。あの娘は、本当に変わっているっ! 『竜よりも、グレースや王宮の女たちの方が怖い』というのが、(いま)だに理解できん……」

「兄さん、トーコのことは別に言わなくても――」

「悪口を言った訳じゃないぞっ! グレースが、今もあの娘を冷遇しているのは知っているし、()()()()()気にしているっ」

 オスカーは苦笑いをしながら、「気にしているのなら、結構ですよ」と、アイザックの真横でポツリと言った。


 オスカーと使用人たちの間に居たオズワルドは、アイザックたちの会話を真剣に聞いていたようだ。
 アイザックが婚約者のことを『変わっている』と言ったことに対して、彼は複雑な気持ちになっていた。

 しかし、ざっくばらんなアイザックが、トーコの心の傷の原因について、少しは気にかけていることも分かり、オズワルドは心の中では安堵(あんど)したのだった。