伯父の家で十分に休憩をしてから、オズワルドは余裕を持って、王宮まで来た。
 トーコよりも、先に乗馬場に着いたようだ。

 馬小屋の前で作業をしているジョンを見つけると、オズワルドはジョンの(そば)に行った。

「お久しぶりです、ジョン閣下(かっか)

 オズワルドに声をかけられると、ジョンは「おお、オズワルドくんか」と、穏やかに優しい声で(つぶや)いた。

()()なんて、恐縮するよ。何年ぶりかな……、元気そうで何よりだ」

「ジョン様も、お元気そうで良かったです」

「数日前、エドガーが教えてくれたんだけど、本当に驚いたよ。……トーコの夫になってくれるんだね、ありがとう」

「いえ……。ご挨拶(あいさつ)がなかなかできず、申し訳ありませんでした」

「気にしなくていーよ。本当に嬉しいから、ね……」



 ジョンはゆっくりと空を(あお)いだ。そして、彼は若き日の記憶を思い起こしたのだった。

(……ユーコ。別世界に居る君も、喜んでくれるかな?)

 ユーコというのは、トーコの亡き母親である。東方の『タイヨウ皇国(こうこく)』の生まれであった。
 また、彼女の顔はトーコと瓜二つだった。

 ジョンが初めてユーコと出会ったのは、彼女が十四歳の時。ジョンは、九つ年上だった。
 ハンゲツ王国の王家が、タイヨウ皇国を年に数回訪れていた頃、ジョンと御者(ぎょしゃ)見習いだったユーコは、皇宮(こうぐう)の乗馬場で心を通わせていた。

『……三年間ずっーと、アナタのことを慕っておりました。大好きです、どうかわたしと結婚してくださいっ!』

 ユーコが十七歳の時、彼女の方から求婚した。お互いに両想いだった故、すぐに婚姻(こんいん)に進んだ。
 そして、ユーコは迷わずハンゲツ王国に渡る決心をしたのだった。

 数ヶ月後には、ユーコは出産をした。
 タイヨウ皇国とハンゲツ王国の良い関係が末永く続くことを願い、両国を(つな)燈火(ともしび)のような温かい心を持って欲しいと、ユーコの母国語で、産んだ子どもを『燈子(とうこ)』と名付けたのだった。


 しかし、ユーコがトーコを産んで間もない頃、彼女には疫病(えきびょう)にかかってしまう惨事(さんじ)が起こった。
 別世界に()ってしまう直前、布団に横たわっていたユーコは、衝立(ついたて)越しに、弱々しくも凛とした声で、ジョンに語りかけたのだった。

『わたしのことは気にしなくていーから、この子と一緒に国に帰って。燈子には、わたしの分まで幸せになって欲しいな。だから、大大切に育ててねっ!
 ジョン……、アナタと出会えて、結婚もして、わたし、すっごく幸せだった。本当に、本当に、ありがとう……』


 ユーコの葬式(そうしき)後、ジョンを含めた王家の人々はハンゲツ王国に戻った。
 非常に長い船旅だったが、ジョンは何晩も涙が止まらなかった……。

 王国に着いてからも、しばらくジョンは(うつ)状態に近い、ひどい落ち込みが続いたそうだ。
 だが、オスカーやハンナ、そして故ルークの支援で、何とか立ち上がることができ、トーコを立派に育てて、今に至るのである。



(あの子が王宮暮らしの頃は、周りとは違う外見のせいで辛い思いをさせたが、本当に、本当に良かった……)

 ユーコを亡くして間もない頃は、現実を受け止めきれず、苦しい想いばかりしていたジョンだった。
 しかし、今になって思い返すと、ユーコとの想い出を懐かしく感じるのであった。

「……まあ、立ち話も良くないから、トーコが来るまで、あそこのベンチに座ろうか」

「はい」

 ジョンが馬小屋の横、木陰(こかげ)の下のベンチに向かうと、オズワルドも彼のあとについて行った。