連休最終日。母さんが勤める閉店後の美容室に向かう。髪の色を変更するために、母さんの練習台として。
 本物の髪でコンスタントに実験と練習できるなんて羨ましいと、おれはもう練習台と見なされ割と店を自由に使わせてもらってる。というか母さんが自由に使ってる。

「来たか息子よ」

 ドアを開けると、両手を腰に当て仁王立ちで待ち構えていた母さん。
 グレージュの髪を後ろで1つ結びにしている。今はおれより落ち着いたカラーだ。

「なんか母さんに会うの久しぶりな感じする」
「夜は会ってるだろ」
「でもここ最近は飲み明かしてたじゃん」
「私は朝も夜も見てるからいつも通りだ」

 学校がないことをいいことにアラームの設定をオフにして、いつも以上に存分に朝寝坊してた。起きたときには当然母さんはいないので、おれはあんまり顔を合わせてる感じがない。

「まぁいい。それで? 珍しくカラーの要望してきたけどどういう風の吹き回し?」
「どういうって、よく話すクラスメイトに青系とか暗い色が見てみたいって言われたから」

 数日前にした会話を思い出しながら母さんに伝える。近江と、弟くんたちが提案してくれた。暗い色はしたことがないけど、明るいラベンダー系の紫と金髪はしたことがある。
 一緒に夕飯を食べたのも思い出して、そのときの楽しさも同時に蘇ってきた。

「ふぅーん。仲良いの?」
「たぶんそれなりに」
「学校楽しい?」
「楽しい」
「それは僥倖」

 腕を組んで下から覗き込むように睨めつけられるが、正直に答えていくと腕を下ろして満足げな表情に変わった。
 中学の途中から遅刻が目立つようになって、校則もあるのに見た目も変わっていったし。校則あるのに髪色変えるのを提案してきたのは母さんだけど。
 今も続いているからいろいろバレてるんだろうな。特に何も言ってこないのはありがたい。
 実際、学校は前ほど嫌じゃない。

「あんたの要望を聞いてネイビーブルーにしようと思うんだ。暑くなってきたから見た目は涼しげにするかって感じ」
「へぇー。いいんじゃないかな」

 結構しっかり要望を聞いてくれたみたいだ。

「ただね」
「ただ?」
「これまでみたいにハイトーンカラーとか派手な感じじゃなくなるけどいいの?」
「うん」

 せっかく近江が提案してくれて、母さんもそれを汲んでくれたんだし。

「いいの?」
「え、うん」

 肩に両手を置かれて再度睨めつけられ聞かれる。なんで2回も聞かれたんだろう。

「わかった。でもインナーカラーは派手にしていい? 基本は見えないよ」
「自由にやっていいよ」

 大人しくおれの要望を聞いてくれるだけじゃないのが母さんだ。
 色に拘りがあるわけじゃないから、いつも通り好き勝手にやってもらう。完全にお任せでも自分の仕事に誇りを持ってやってるから変にされることはない。

「よしっ! 遊ぶか。じゃあ始めるぞ」

 遊ぶって言い方。練習できるって言い方にしておこうよ。
 ちらほらと残っていた店の人に軽く挨拶して、母さんの指示に従い椅子に座る。
 この人たちの視線はそんなに気にならない。年が離れてるからそういう対象に入らないというか、練習台を微笑ましく見る感じだ。
 髪をいじられている最中はやることがないので、スマホをいじり、雑誌を読み、たまに母さんと話をして時間を潰す。
 待ち時間が長いのに毎回やることがなくて無為に過ごしてる。何か有効な暇つぶし手段を得たいなと考えて、近江の本棚が頭に過った。
 今度おすすめの本でも教えてもらおうかな。
 途中記憶を飛ばし肩を叩かかれ、薬剤を流すためにシャンプー台に移動したり、ドライヤーで髪を乾かして最後の仕上げを鏡越しに観察したり。
 約2時間経ってようやく「完成だ!」と母さんが宣言した。

「今日も我ながら良い腕前」
「違和感すごいんだけど」

 鏡に映る自分が苦笑いを浮かべている。
 暗い色が久しぶりすぎて違和感。仕上げの時点で薄々思ってた。前言撤回したい、変じゃない? どうなんだろう、これ。
 髪全体はネイビーブルー。手で髪を持ち上げて内側を晒すと、派手なエメラルドグリーン。根本から毛先にかけて青味から緑味が強くなるグラデーションだ。
 手を離すとまた全体が暗い色で覆われる。

「私がやったんだから似合ってるに決まってる」
「そっかー」
魁成(かいせい)、自信持て。その仲良いやつも最高って言うから大丈夫だ」
「うん」

 いつでも自信満々で、我が母親ながらかっこよくて羨ましい。
 近江はどんな反応するかな。最高とは言わないだろうけど、似合ってるって言ってくれたら嬉しい。でも変なら変で、それも話題になるか。
 会うの楽しみだな。

「遅い時間だけどご飯食べて帰るぞ。何がいい?」
「に」
「肉以外」
「聞いたくせに。肉以外って何食べるの」
「もっと野菜食え」

 遅い時間にやってる店なんてほぼなく、ファミレスでハンバーグ食べた。結局は肉に落ち着く。