学校に行くのと同じくらいの時間をかけて近江家の最寄駅に着く。
朝起きられないことがわかっているので、午後1時に近江と会う約束をした。だいぶ余裕を持たせてくれてる。そこまで寝坊助じゃないんだけどね。
近江私服事件が2日前。おれの思いつきで言った「ピアスどう?」が早速実施されることになった。どこでやるか話し合った結果、おれの家がちょっと遠いから移動させるのは忍びないことと、おれが近江家に興味があることが理由で近江家に決着した。
大型連休中だからなのかまぁまぁ人がいるな。視線を感じつつ改札を抜けて、キョロキョロと近江を探す。
「進くんピンクの髪だよ!」
「天! 本当にピンクの髪だぞ!」
ピンクの髪という言葉が耳に入り、声がした方を見ると子ども2人と近江がいる。
近江は今日もメガネとマスク。トップスは白で、全身黒ではない。マスクも白に戻ってる。牛乳を恨むのはやめたのかな。
「ふ、不良か?」
「可愛い色だよ」
「天、騙されるな!」
こどもって純粋で正直ー。
この前見せてもらった写真と同じ顔をしてるから、この子どもたちが近江弟のツインズで合ってるだろう。
無事に交換したメッセージのやり取りで、弟くんたちがおれの見物に来ると伝えられていた。「兄ちゃんが勉強しないで友達と会うなんて!」って言われたって。見物した後は弟くんたちも友人の家に行って遊ぶみたい。
友達。おれのことそう思ってくれてるのか。これは弟くんが勝手に変換してるのか、近江自身がそう言ってくれたのか。後者なら嬉しい。近江の友人ポジション確保という目的達成に3歩くらい近づいてるかも。
おれの髪を見てはしゃいでいるツインズに手を振りながら歩み寄る。
「おはよー。ピンクベージュはあと数日なんだよね」
近江がドジって言ってた方の弟くんは手を振り返してくれた。あ、なんか、初授業の日の手を振り返してくれた近江を思い出す。遺伝子が引き継がれてる。
「おはよ、朝じゃないけど。変えるのか?」
「うん。母さんからお達しが来たから変わるよ」
春色は終いだ!とメッセージが来ていたから。
おれの髪を見て少し首を傾げている。頻繁に変える人なんてそういないから不思議なのかもしれない。
「何色がいい? 普段は母さんの独断だけど言えば反映してくれると思うんだよね、多少は」
近江の返答を待っていると、弟くんの片方、ドジっ子が「あの!」と声を上げ挙手をした。
「ぼく紫が見てみたい!」
「て、天、何言ってるんだ! ころころ変えるなんてやっぱり不良だぞ!」
「でも嵐くんと同じ高校って言ってたから嵐くんと同じくらい頭いいんだよ! すごいね」
「うっ」
おれが返事する前に、もう片方の弟くんが挙手した手を引っ張って2人で会話を始めた。
同じ高校だけど近江の方が全然頭いいよ。ノートを見ても、教えてもらっても、授業中指名されても難無く解いてくから。
遠慮なくおれの前で喋るから、心の中だけだけど、返事をしてみる。
「進くんもほんとは興味あるでしょ? どんな色が見てみたい?」
「べ、別に僕は興味ない!」
「なーに?」
顔を突き合わせ睨めっこをし始めた。
「き、金髪! ほらもういいだろ行くぞ!」
すぐにドジっ子が勝利したみたいだ。おれを不良って言う割に金髪に興味があるなんて、近江の血が流れてるな。
言い放つとくるっと体の向きを変えて走り出す。
「あ! 待って! あっ」
え、転んじゃう、と思い咄嗟に手を出そうする。しかしおれよりも先に、前から腕が伸びてきた。
「天、危ないから急ぐな」
「ありがとう嵐くん」
追いかけようとして足がもつれたのか転びそうになったのを、近江が腕を掴んで回避させた。サッと動いて助けられるなんてよく見てる。お兄ちゃんなんだな。
「天ー!」
「進くんが急に行っちゃうからでしょ! あっ!」
「もう天! 大丈夫かー?」
「だ、大丈夫ー! いつものことー!」
走り出してすぐにまた転んじゃった。コケたというか。でもすぐに立ち上がってまた走り出す。
「だ、大丈夫かな? あの子が牛乳溢したドジっ子の弟くんで合ってる?」
「そう。ドジが天で、ツンケンしてる方が進。あれくらいならいつものことだから大丈夫」
近江が大丈夫って言うならいいのかな? 2人並んで走り去っていってもう見えなくなってるし、わんぱくだ。
「意外と似てるかも。近江も空振りしてたし」
「忘れろ」
鋭くツッコミを入れられた。
あの後ダブルスのゲームは負けた。佐々木が強過ぎてどうにもならなくて、悔しさも湧かないくらいの惨敗。
弟くんは、天くんと進くんね。覚えた。近江の下の名前が嵐で、兄弟で音を似せてるんだ。
あ、自己紹介するべきだったか。最近まで人間関係の構築を放棄してたから忘れてた。機会があったらちゃんとしよう。
「それで、近江は?」
「ん?」
「髪の色。なんか見たいのある?」
最初の質問に戻す。髪色なんていつも適当で、誰かに意見を聞いたことなんてない。でも近江なら、どんなのに興味があるのか知りたいと思う。
「あぁ。そうだな、青系とか?」
「青?」
「天が言ってた紫でもいいけど。シルバーと今のピンクは明るい色だから暗い色見てみたい」
「あ、シルバーのとき知ってるんだっけ?」
なんか言われた覚えがあるな。ついでに綺麗な顔って言われた覚えもある。
そのときはまさか近江の顔の方が美形で、タイプだなんて、知る由もなかったな。
「地毛は黒だよな? 天辺黒になってきてるし」
「うん。普通に黒髪」
おれ自身も天辺以外で自分の黒髪なんてもう随分見てない。暗い色もほぼしたことがない。久しぶりにいいかもしれないな。
「そっか。母さんに提案してみる。どうなるかわかんないけど」
「楽しみにしてる」
楽しみにしてくれるんなら、反映してもらえるように母さんにちゃんと伝えよう。おれもどうなるか楽しみだ。
「じゃあおれたちも行こっか。ピアッサーとか買ってないんだよね? 案内よろしく」
「こっち」
ドラッグストアで適当に買うってメッセージで言っていた。
近江にしては行き当たりばったりな感じだ。
***
商品のピアッサーを弄びながら、隣で眺めてるだけの近江に今更なことを聞く。
「開ける場所決めてる?」
「決めてない」
「いくつ開けるかは?」
「決めてないな」
計画性なさすぎじゃない? 思わずジト目で見てしまう。「ははっ」ってこっち見てお手上げって感じで両手を開かれた。
勢いが大事なのもわからなくはないけどさ。
「江間が決めていいよ」
「えー」
決めていいって言われても、どうしよう。
ちょっと考えて、初心者にはやっぱりロブからじゃないかな、とすぐに結論を出す。開けやすくて痛みも比較的少ない。おれも人に開けたことなんてないし安パイからだよ。
「ロブにしよう。耳たぶ左右1個ずつで」
「2つだけ? 江間は少しずつ開けたのか?」
「おれは一気に開けた。でも軟骨とかは病院だし」
初めて髪色を変えて少し経った後、なんかむしゃくしゃして。うん、おれも勢いでやってたな。
好意的な視線は減ったけど、その代わり変とかおかしくなったとか、不良だとかの視線に晒されるようになった。中学は当然校則あったし考えてみれば当然だけど。
全然そっちの視線の方がマシだったから今も続けてる。自分でこの姿が嫌いでもないし。
「もっと開けていいよ」
「えぇ? 近江がたくさん開けてるの興味あるけど、何かあったとき嫌だよ」
なんでこんな乗り気なんだ。実はピアスにそんなに興味があったのか? だから話しかけてくれたとか?
「自分は一気に開けたのに?」
「自分で自分の体にやって何か問題が起こっても自己責任じゃん。近江に怪我させたいわけじゃないから」
おれの健康はここでも発揮されていて、一気に開けても何もなかった。だけど他の人がそうとは限らない。
「優しいな」
「いや、だって提案したのはおれだけど、まさか乗ってくるとは思ってなかったし」
「なんとなくそんな気がしたから逆に開けてもらいたくなった」
「捻くれ者」
ジト目再来。
今度はさっきより大きな声で、肩も揺らして、唯一見えてる目も笑っている。それを隠さないまま、陳列されてるフックからピアッサーを手に取っていく。
「軟骨用も買うの?」
耳たぶ用を手に取った後、隣にあった軟骨用まで手に取った。開ける気なのか。
「ここ、江間と話してるときよく目に入るんだよな」
「どこ?」
「ここ」
ここと指差していた近江の手が耳に触れる。左耳の縁辺り。
そう言われると、教室で話すときもお弁当を食べてるときも、おれの左側にいることが多いかも。今もそうだ。
「ヘリックス、初心者でも開けやすいって」
じんわりと指から熱が伝わってくる。その熱と1歩近づかれた距離に気がついて、なぜか心拍数が上がる。
「一応調べてたんだ」
「まぁ、一応。これいつもつけてるだろ。塩の結晶模したやつ」
「え、よくわかったね」
塩なんて発想、普通出てこないよ。
小学生の頃に家で塩の結晶づくりの実験に挑戦して、かなり綺麗なものができたんだよな。めっちゃ嬉しかった。1センチ角の正方形で厚さはその半分くらい。種結晶がゴーストっぽくなってたのも良かった。でも保存方法が良くなかったみたいで形が崩れちゃって泣く泣く捨てた。
だから偶然それと似たようなのを見つけてつい買っちゃった。サイズは違くて小さいものだけど。ただの透明じゃなくて結晶の成長過程のビスマスっぽい跡もあって、精巧に再現されてるところが気に入ってる。
「つくったことあるし、江間化学の授業好きだろ。だからそうかなって」
近江もやったことあるんだ。作り方自体は難しくないしな。
化学の授業は好き。たぶんこれがきっかけで理科と、勉強することも好きになったんだと思う。
「開けてくれるんだろ?」
耳から手を離して、もう片方の手で持っていたピアッサーを主張するように振られる。
はい。お買い上げ。
ピアッサーの他に消毒液など必要なものも購入し、ついに、やっと、目的の近江家に着いた。住宅街の一角に立つ立派な一軒家。
中に入れてもらうと、玄関の靴棚の上に陶器の鯉のぼりの置物が飾られてる。男3兄弟のためかな。時期のものを飾るなんて素敵な家族だ。
玄関の奥に視線を移して、物音がしないなと気づく。
「家族は今日誰もいないの?」
「うん。父さんは仕事。母さんはそれに拗ねて徒歩10分くらいのばあちゃん家に行った。天たちも友達の家で遊んでる」
そうだった、天くんたちのことは聞いてたんだ。
「可愛らしいお母さまだね」
「わからん」
「あはは」
そんな眉間に皺寄せなくても。まぁ自分の母さん可愛いとは思わないか。
「こっち。俺の部屋は2階」
手を泡でピカピカに洗い、ようやく近江の部屋へ。
家に遊びにいくなんて目的達成に5歩くらい近づいている。
「座って待っててくれ」
「はーい」
おれを部屋に入れて荷物を置くとUターンして行った。忘れ物?
ローテーブルのところの座布団に座ればいいのかな。2つあるし用意しておいてくれたのか。卓上の三面鏡もあるし準備万端だ。ピアッサーは買ってないのに。
奥に勉強机が、中央にローテーブルが、それ以外は本棚!って部屋だ。本が多くてもきちんと仕舞ってあるから整然としてる。
教科書、参考書はもちろん、小説も漫画も読むんだな。図鑑もある。元素図鑑とか気になる。
近江の目の悪さは本の読みすぎのせいか。
「お待たせ。なんで立ってんの」
「おかえり、部屋見てた」
マスク外してるじゃん。ヒノキもイネあるって言ってたからまだまだ花粉は飛んでる。
でもさすがに家の中ではしないか。
手にはペットボトルのお茶とコップ2つ。飲み物持ってきてくれたんだ。優しい。
「何もなくてすまんな」
「本いっぱいあるよ。見ていい?」
図鑑も気になるし、流行りの漫画が最新刊まで揃ってる。なんでも読むっぽくてジャンルはバラバラだ。
「いいよ、でも先に開けてからゆっくりしよう。天たち唐突に帰ってくるかもしれないし」
「帰ってきたら何かあるの?」
「突撃される」
「元気だなー」
針みたいな物だし、危ないからね。駅で会った楽しげなツインズが過った。
ピアスを開けるという大役の荷を先に下ろすのは賛成だ。ソワソワして落ち着かない。
「ここ座って」
「うん、ありがと」
近江の横に並んで座らせてもらう。
お茶も注いでくれる。無糖の紅茶、いつも飲み物は甘くないやつだ。ありがたくいただいてから、買ってきた物を開封していく。
消毒液は近江に渡して、自分でやってもらおう。ピアッサーはローテーブルの上にとりあえず置いておく。
「メガネ外した方がいいか?」
「んー、まだかけてて。位置決めたら外してほしい」
ロブだけなら大丈夫だと思うけど、ヘリックスも開けるなら邪魔になりそう。
ヘリックスの位置的にメガネのつるにぶつからないように調整しないと。メガネの人って大変だな。
あ、メガネかけてない近江が見れるじゃん。棚ぼたに背中を押されやる気が増した。
さぁやりますか。まずは位置決めだ。
座ったけどやりづらいから膝立ちになる。「失礼します」と小さく呟き、ちょっと笑われてから、近江の耳に触れる。
「江間はピアスとかアクセサリーつけてる子のほうが好き?」
「え? 考えたことない」
何、恋愛の話? 近江からそんな話題が出るなんて驚く。
たぶん女子のこと言ってるんだよな。あんまりしたくないな。マイノリティを積極的に表に出すつもりはない。
気合を入れた途端出鼻を挫かれた。
「そうなんだ? 江間はたくさんしてるだろ」
「なるほど。ピアス好きだけど拘りはないなー」
今は好きでしてるとはいえ、もともとただの勢いで開けただけで。その後は人避けに使えるっていう自分のためなんだよな。だから他人のピアスなんて気にして見たことない。
「近江がピアスしてる姿はちゃんと興味あるよ」
「はは、そうか。変じゃないといいけど」
「美形だから大丈夫。この辺でいいかな?」
一緒に買った安いアイライナーで近江の耳に印をつける。話をしながら手も動かしていた。
左右の耳たぶは中央より少し下のところ。ヘリックスは左耳の、内側に巻いてるところに沿うような感じで。おれと同じような位置でいいだろう。
開いた三面鏡の角度を調整して近江に見てもらう。
「見える? 写真撮ろうか?」
テーブルの上に置かれた近江のスマホを指差して提案する。
「江間のセンスに任せる」
「プレッシャー」
おれがピアスたくさんしてるからってピアスに関して信頼を寄せすぎだと思う。専門家ではないんだから、まったく……。
うーんと唸りながら再確認していく。近江の右に回り、左に回り、右に回り。
良い、と思う。
「開けるの痛い?」
「おれは痛くなかったよ。ただ音はうるさいかも。バチンッて衝撃くる感じ」
「耳元だからか」
「そう。それにちょっとびっくりするかもね」
近江にメガネを外してもらい、おれはピアッサーを手に取る。
一旦手を離した耳にもう1度触れ、ピアッサーの角度を調整する。
つるりとした柔らかい、傷のない綺麗な耳だ。これに今から穴開けるなんて、なんか、背徳感ある……。
緊張してきた。でも耳たぶ薄めだから開けやすいと思うし、大丈夫。
「3、2、1で開けるよ。耳たぶからね」
横目におれを見て、目を閉じて頷かれる。
横から見るとまつ毛の長さが際立つ。メガネもマスクもしてない近江の顔をまじまじ見るの久しぶりだ。こんなにかっこよかったっけ。
やば、余計に緊張増す。体がカッと熱くなって、体温が指から近江に伝わりそう。
ブレたら大変、煩悩退散と脳内の手で振り払う。
近江の耳に触れてた手をピアッサーを持つ右手に添えて、位置を固定する。深呼吸をして、いざ。
「いくよー。3、2、1」
バチンッと音が響く。ピアッサーを最後までグッと押し込んで、それから手を離す。
貫通してピアスがしっかりと着いている。
「痛かった? 大丈夫そう?」
「大丈夫」
顔を覗くと、平然とした表情をしてる。大丈夫そうだ。
「よかった、次いくよ」
カウントするおれの声だけで、会話をせず黙って開ける。それを2回繰り返して、行き当たりばったりで決めた3つの箇所にファーストピアスが着けられた。
開けるのは一瞬だったな。
軟骨部分もバッチリ。
「よし。触ったり引っ掛けたりしないようにね」
「了解」
膝立ちのまま机に手をついて、上半身だけ正面に回りこませ近江の顔とピアスの両方を視界に入れる。
「変?」
「ううん、いい感じ」
満足の出来に自然と口角が上がってしまう。
おれのタイプの美形がおれの開けたピアスしてるなんて、5割増くらいでかっこいい。シンプルなシルバーボールのファーストピアスまでキラリと光っているように見えてくる。
「メガネかけて自分でも確認してみて。見えてないでしょ」
目細めてるから視界がぼやけてるんじゃないかな。
近江がメガネをかけ直して、一通り確認したところでもう1度再確認。
「ここ、ぶつかんない?」
「あぁ」
「バッチリだね。ホール完成するの楽しみ」
どんなのが似合うかなー。シンプルなスタッドピアスもいいけど、フープとかちょっと揺れる感じのやつとかも見てみたいな。
大役を務めきった安堵感と満足感を覚えていると、近江のスマホがピコンと音を立ててメッセージが表示された。
音に反応してつい見てしまったスマホから視線を逸らし座り直す。
スマホをいじる近江って珍しい。
「今日何時までいられる?」
「暇だからいつまでも」
何時まで一緒にいるかとか決めてなかったな。
用事なんて何もないし、母さんは連休最終日以外は仕事仲間と飲み明かすって言ってた。父さんは単身赴任で今、あれ、どこにいるんだろう。まぁどちらも世の休日が繁忙期の人たちだ。
おれ1人だから本当に暇。
「飯作って欲しい。天と進の分も」
「夕飯? いいけど、なんかあった?」
用事でもできて解散になるのかと思っていたら、予想外のことを言われた。
「父さんから、母さんの機嫌取るために仕事早く切り上げてデートしてくるから天と進任せたって」
「仲良いなー」
ここで解散にならなくて良かったと喜んでるおれがいる。近江の可愛らしい両親に感謝。
「ノートのお礼の使用権を使わせてもらおうと思って」
「使用権て。ピアス開けるのよりお安い御用だね。ただおれが作るの肉!って感じのになるけどいい?」
「いいよ。江間が作った料理食べたいから」
むず痒いな。結構ストレートに言葉を使う。受け取らざるを得なくて、だからおれの中に近江の言葉が溜まっていくような気がする。
でも、ちょうどいい機会なので張り切ってやらせていただきます。
気前よくノートを貸してくれて、なんなら最近はおれが貸してほしいっていう前に渡してくれるから、本当にずっと頼りきっている。
1回くらいじゃ全然足りないな。
「頑張るね」
その後、好き嫌いや冷蔵庫の物を確認して、作ったメニューは甘めの照り焼きチキン。
帰ってきた天くんはお昼に会ったときより絆創膏が増えていて、ピアスが増えている近江に進くんが「兄ちゃんが不良に!」って叫んだ。
おれが夕飯を作ったと近江が2人に伝えたら、尊敬の眼差しで見られた。
近江は料理できないみたいで作ってる間、応援だけされた。できないことあるんだな。
ツインズにちゃんと自己紹介をして、おれも一緒に夕飯をいただいた。
男児たち、想像以上によく食べた。
材料を買いに行ったときに量が多いなとは思っていたけど、普段のお昼の様子からは想像がつかなかった。
濃厚な1日を過ごして名残惜しくも家に帰ってから、「そもそも近江にピアスを勧めたのは、おれみたいにたくさん開けさせて人避け効果を期待するためだったじゃん」と思い出した。
3つって美形度が増しただけでは?
更科の「策士策に溺れるか!」がリフレインした。でもものすごく楽しかったから!という気持ちで即上書きした。
朝起きられないことがわかっているので、午後1時に近江と会う約束をした。だいぶ余裕を持たせてくれてる。そこまで寝坊助じゃないんだけどね。
近江私服事件が2日前。おれの思いつきで言った「ピアスどう?」が早速実施されることになった。どこでやるか話し合った結果、おれの家がちょっと遠いから移動させるのは忍びないことと、おれが近江家に興味があることが理由で近江家に決着した。
大型連休中だからなのかまぁまぁ人がいるな。視線を感じつつ改札を抜けて、キョロキョロと近江を探す。
「進くんピンクの髪だよ!」
「天! 本当にピンクの髪だぞ!」
ピンクの髪という言葉が耳に入り、声がした方を見ると子ども2人と近江がいる。
近江は今日もメガネとマスク。トップスは白で、全身黒ではない。マスクも白に戻ってる。牛乳を恨むのはやめたのかな。
「ふ、不良か?」
「可愛い色だよ」
「天、騙されるな!」
こどもって純粋で正直ー。
この前見せてもらった写真と同じ顔をしてるから、この子どもたちが近江弟のツインズで合ってるだろう。
無事に交換したメッセージのやり取りで、弟くんたちがおれの見物に来ると伝えられていた。「兄ちゃんが勉強しないで友達と会うなんて!」って言われたって。見物した後は弟くんたちも友人の家に行って遊ぶみたい。
友達。おれのことそう思ってくれてるのか。これは弟くんが勝手に変換してるのか、近江自身がそう言ってくれたのか。後者なら嬉しい。近江の友人ポジション確保という目的達成に3歩くらい近づいてるかも。
おれの髪を見てはしゃいでいるツインズに手を振りながら歩み寄る。
「おはよー。ピンクベージュはあと数日なんだよね」
近江がドジって言ってた方の弟くんは手を振り返してくれた。あ、なんか、初授業の日の手を振り返してくれた近江を思い出す。遺伝子が引き継がれてる。
「おはよ、朝じゃないけど。変えるのか?」
「うん。母さんからお達しが来たから変わるよ」
春色は終いだ!とメッセージが来ていたから。
おれの髪を見て少し首を傾げている。頻繁に変える人なんてそういないから不思議なのかもしれない。
「何色がいい? 普段は母さんの独断だけど言えば反映してくれると思うんだよね、多少は」
近江の返答を待っていると、弟くんの片方、ドジっ子が「あの!」と声を上げ挙手をした。
「ぼく紫が見てみたい!」
「て、天、何言ってるんだ! ころころ変えるなんてやっぱり不良だぞ!」
「でも嵐くんと同じ高校って言ってたから嵐くんと同じくらい頭いいんだよ! すごいね」
「うっ」
おれが返事する前に、もう片方の弟くんが挙手した手を引っ張って2人で会話を始めた。
同じ高校だけど近江の方が全然頭いいよ。ノートを見ても、教えてもらっても、授業中指名されても難無く解いてくから。
遠慮なくおれの前で喋るから、心の中だけだけど、返事をしてみる。
「進くんもほんとは興味あるでしょ? どんな色が見てみたい?」
「べ、別に僕は興味ない!」
「なーに?」
顔を突き合わせ睨めっこをし始めた。
「き、金髪! ほらもういいだろ行くぞ!」
すぐにドジっ子が勝利したみたいだ。おれを不良って言う割に金髪に興味があるなんて、近江の血が流れてるな。
言い放つとくるっと体の向きを変えて走り出す。
「あ! 待って! あっ」
え、転んじゃう、と思い咄嗟に手を出そうする。しかしおれよりも先に、前から腕が伸びてきた。
「天、危ないから急ぐな」
「ありがとう嵐くん」
追いかけようとして足がもつれたのか転びそうになったのを、近江が腕を掴んで回避させた。サッと動いて助けられるなんてよく見てる。お兄ちゃんなんだな。
「天ー!」
「進くんが急に行っちゃうからでしょ! あっ!」
「もう天! 大丈夫かー?」
「だ、大丈夫ー! いつものことー!」
走り出してすぐにまた転んじゃった。コケたというか。でもすぐに立ち上がってまた走り出す。
「だ、大丈夫かな? あの子が牛乳溢したドジっ子の弟くんで合ってる?」
「そう。ドジが天で、ツンケンしてる方が進。あれくらいならいつものことだから大丈夫」
近江が大丈夫って言うならいいのかな? 2人並んで走り去っていってもう見えなくなってるし、わんぱくだ。
「意外と似てるかも。近江も空振りしてたし」
「忘れろ」
鋭くツッコミを入れられた。
あの後ダブルスのゲームは負けた。佐々木が強過ぎてどうにもならなくて、悔しさも湧かないくらいの惨敗。
弟くんは、天くんと進くんね。覚えた。近江の下の名前が嵐で、兄弟で音を似せてるんだ。
あ、自己紹介するべきだったか。最近まで人間関係の構築を放棄してたから忘れてた。機会があったらちゃんとしよう。
「それで、近江は?」
「ん?」
「髪の色。なんか見たいのある?」
最初の質問に戻す。髪色なんていつも適当で、誰かに意見を聞いたことなんてない。でも近江なら、どんなのに興味があるのか知りたいと思う。
「あぁ。そうだな、青系とか?」
「青?」
「天が言ってた紫でもいいけど。シルバーと今のピンクは明るい色だから暗い色見てみたい」
「あ、シルバーのとき知ってるんだっけ?」
なんか言われた覚えがあるな。ついでに綺麗な顔って言われた覚えもある。
そのときはまさか近江の顔の方が美形で、タイプだなんて、知る由もなかったな。
「地毛は黒だよな? 天辺黒になってきてるし」
「うん。普通に黒髪」
おれ自身も天辺以外で自分の黒髪なんてもう随分見てない。暗い色もほぼしたことがない。久しぶりにいいかもしれないな。
「そっか。母さんに提案してみる。どうなるかわかんないけど」
「楽しみにしてる」
楽しみにしてくれるんなら、反映してもらえるように母さんにちゃんと伝えよう。おれもどうなるか楽しみだ。
「じゃあおれたちも行こっか。ピアッサーとか買ってないんだよね? 案内よろしく」
「こっち」
ドラッグストアで適当に買うってメッセージで言っていた。
近江にしては行き当たりばったりな感じだ。
***
商品のピアッサーを弄びながら、隣で眺めてるだけの近江に今更なことを聞く。
「開ける場所決めてる?」
「決めてない」
「いくつ開けるかは?」
「決めてないな」
計画性なさすぎじゃない? 思わずジト目で見てしまう。「ははっ」ってこっち見てお手上げって感じで両手を開かれた。
勢いが大事なのもわからなくはないけどさ。
「江間が決めていいよ」
「えー」
決めていいって言われても、どうしよう。
ちょっと考えて、初心者にはやっぱりロブからじゃないかな、とすぐに結論を出す。開けやすくて痛みも比較的少ない。おれも人に開けたことなんてないし安パイからだよ。
「ロブにしよう。耳たぶ左右1個ずつで」
「2つだけ? 江間は少しずつ開けたのか?」
「おれは一気に開けた。でも軟骨とかは病院だし」
初めて髪色を変えて少し経った後、なんかむしゃくしゃして。うん、おれも勢いでやってたな。
好意的な視線は減ったけど、その代わり変とかおかしくなったとか、不良だとかの視線に晒されるようになった。中学は当然校則あったし考えてみれば当然だけど。
全然そっちの視線の方がマシだったから今も続けてる。自分でこの姿が嫌いでもないし。
「もっと開けていいよ」
「えぇ? 近江がたくさん開けてるの興味あるけど、何かあったとき嫌だよ」
なんでこんな乗り気なんだ。実はピアスにそんなに興味があったのか? だから話しかけてくれたとか?
「自分は一気に開けたのに?」
「自分で自分の体にやって何か問題が起こっても自己責任じゃん。近江に怪我させたいわけじゃないから」
おれの健康はここでも発揮されていて、一気に開けても何もなかった。だけど他の人がそうとは限らない。
「優しいな」
「いや、だって提案したのはおれだけど、まさか乗ってくるとは思ってなかったし」
「なんとなくそんな気がしたから逆に開けてもらいたくなった」
「捻くれ者」
ジト目再来。
今度はさっきより大きな声で、肩も揺らして、唯一見えてる目も笑っている。それを隠さないまま、陳列されてるフックからピアッサーを手に取っていく。
「軟骨用も買うの?」
耳たぶ用を手に取った後、隣にあった軟骨用まで手に取った。開ける気なのか。
「ここ、江間と話してるときよく目に入るんだよな」
「どこ?」
「ここ」
ここと指差していた近江の手が耳に触れる。左耳の縁辺り。
そう言われると、教室で話すときもお弁当を食べてるときも、おれの左側にいることが多いかも。今もそうだ。
「ヘリックス、初心者でも開けやすいって」
じんわりと指から熱が伝わってくる。その熱と1歩近づかれた距離に気がついて、なぜか心拍数が上がる。
「一応調べてたんだ」
「まぁ、一応。これいつもつけてるだろ。塩の結晶模したやつ」
「え、よくわかったね」
塩なんて発想、普通出てこないよ。
小学生の頃に家で塩の結晶づくりの実験に挑戦して、かなり綺麗なものができたんだよな。めっちゃ嬉しかった。1センチ角の正方形で厚さはその半分くらい。種結晶がゴーストっぽくなってたのも良かった。でも保存方法が良くなかったみたいで形が崩れちゃって泣く泣く捨てた。
だから偶然それと似たようなのを見つけてつい買っちゃった。サイズは違くて小さいものだけど。ただの透明じゃなくて結晶の成長過程のビスマスっぽい跡もあって、精巧に再現されてるところが気に入ってる。
「つくったことあるし、江間化学の授業好きだろ。だからそうかなって」
近江もやったことあるんだ。作り方自体は難しくないしな。
化学の授業は好き。たぶんこれがきっかけで理科と、勉強することも好きになったんだと思う。
「開けてくれるんだろ?」
耳から手を離して、もう片方の手で持っていたピアッサーを主張するように振られる。
はい。お買い上げ。
ピアッサーの他に消毒液など必要なものも購入し、ついに、やっと、目的の近江家に着いた。住宅街の一角に立つ立派な一軒家。
中に入れてもらうと、玄関の靴棚の上に陶器の鯉のぼりの置物が飾られてる。男3兄弟のためかな。時期のものを飾るなんて素敵な家族だ。
玄関の奥に視線を移して、物音がしないなと気づく。
「家族は今日誰もいないの?」
「うん。父さんは仕事。母さんはそれに拗ねて徒歩10分くらいのばあちゃん家に行った。天たちも友達の家で遊んでる」
そうだった、天くんたちのことは聞いてたんだ。
「可愛らしいお母さまだね」
「わからん」
「あはは」
そんな眉間に皺寄せなくても。まぁ自分の母さん可愛いとは思わないか。
「こっち。俺の部屋は2階」
手を泡でピカピカに洗い、ようやく近江の部屋へ。
家に遊びにいくなんて目的達成に5歩くらい近づいている。
「座って待っててくれ」
「はーい」
おれを部屋に入れて荷物を置くとUターンして行った。忘れ物?
ローテーブルのところの座布団に座ればいいのかな。2つあるし用意しておいてくれたのか。卓上の三面鏡もあるし準備万端だ。ピアッサーは買ってないのに。
奥に勉強机が、中央にローテーブルが、それ以外は本棚!って部屋だ。本が多くてもきちんと仕舞ってあるから整然としてる。
教科書、参考書はもちろん、小説も漫画も読むんだな。図鑑もある。元素図鑑とか気になる。
近江の目の悪さは本の読みすぎのせいか。
「お待たせ。なんで立ってんの」
「おかえり、部屋見てた」
マスク外してるじゃん。ヒノキもイネあるって言ってたからまだまだ花粉は飛んでる。
でもさすがに家の中ではしないか。
手にはペットボトルのお茶とコップ2つ。飲み物持ってきてくれたんだ。優しい。
「何もなくてすまんな」
「本いっぱいあるよ。見ていい?」
図鑑も気になるし、流行りの漫画が最新刊まで揃ってる。なんでも読むっぽくてジャンルはバラバラだ。
「いいよ、でも先に開けてからゆっくりしよう。天たち唐突に帰ってくるかもしれないし」
「帰ってきたら何かあるの?」
「突撃される」
「元気だなー」
針みたいな物だし、危ないからね。駅で会った楽しげなツインズが過った。
ピアスを開けるという大役の荷を先に下ろすのは賛成だ。ソワソワして落ち着かない。
「ここ座って」
「うん、ありがと」
近江の横に並んで座らせてもらう。
お茶も注いでくれる。無糖の紅茶、いつも飲み物は甘くないやつだ。ありがたくいただいてから、買ってきた物を開封していく。
消毒液は近江に渡して、自分でやってもらおう。ピアッサーはローテーブルの上にとりあえず置いておく。
「メガネ外した方がいいか?」
「んー、まだかけてて。位置決めたら外してほしい」
ロブだけなら大丈夫だと思うけど、ヘリックスも開けるなら邪魔になりそう。
ヘリックスの位置的にメガネのつるにぶつからないように調整しないと。メガネの人って大変だな。
あ、メガネかけてない近江が見れるじゃん。棚ぼたに背中を押されやる気が増した。
さぁやりますか。まずは位置決めだ。
座ったけどやりづらいから膝立ちになる。「失礼します」と小さく呟き、ちょっと笑われてから、近江の耳に触れる。
「江間はピアスとかアクセサリーつけてる子のほうが好き?」
「え? 考えたことない」
何、恋愛の話? 近江からそんな話題が出るなんて驚く。
たぶん女子のこと言ってるんだよな。あんまりしたくないな。マイノリティを積極的に表に出すつもりはない。
気合を入れた途端出鼻を挫かれた。
「そうなんだ? 江間はたくさんしてるだろ」
「なるほど。ピアス好きだけど拘りはないなー」
今は好きでしてるとはいえ、もともとただの勢いで開けただけで。その後は人避けに使えるっていう自分のためなんだよな。だから他人のピアスなんて気にして見たことない。
「近江がピアスしてる姿はちゃんと興味あるよ」
「はは、そうか。変じゃないといいけど」
「美形だから大丈夫。この辺でいいかな?」
一緒に買った安いアイライナーで近江の耳に印をつける。話をしながら手も動かしていた。
左右の耳たぶは中央より少し下のところ。ヘリックスは左耳の、内側に巻いてるところに沿うような感じで。おれと同じような位置でいいだろう。
開いた三面鏡の角度を調整して近江に見てもらう。
「見える? 写真撮ろうか?」
テーブルの上に置かれた近江のスマホを指差して提案する。
「江間のセンスに任せる」
「プレッシャー」
おれがピアスたくさんしてるからってピアスに関して信頼を寄せすぎだと思う。専門家ではないんだから、まったく……。
うーんと唸りながら再確認していく。近江の右に回り、左に回り、右に回り。
良い、と思う。
「開けるの痛い?」
「おれは痛くなかったよ。ただ音はうるさいかも。バチンッて衝撃くる感じ」
「耳元だからか」
「そう。それにちょっとびっくりするかもね」
近江にメガネを外してもらい、おれはピアッサーを手に取る。
一旦手を離した耳にもう1度触れ、ピアッサーの角度を調整する。
つるりとした柔らかい、傷のない綺麗な耳だ。これに今から穴開けるなんて、なんか、背徳感ある……。
緊張してきた。でも耳たぶ薄めだから開けやすいと思うし、大丈夫。
「3、2、1で開けるよ。耳たぶからね」
横目におれを見て、目を閉じて頷かれる。
横から見るとまつ毛の長さが際立つ。メガネもマスクもしてない近江の顔をまじまじ見るの久しぶりだ。こんなにかっこよかったっけ。
やば、余計に緊張増す。体がカッと熱くなって、体温が指から近江に伝わりそう。
ブレたら大変、煩悩退散と脳内の手で振り払う。
近江の耳に触れてた手をピアッサーを持つ右手に添えて、位置を固定する。深呼吸をして、いざ。
「いくよー。3、2、1」
バチンッと音が響く。ピアッサーを最後までグッと押し込んで、それから手を離す。
貫通してピアスがしっかりと着いている。
「痛かった? 大丈夫そう?」
「大丈夫」
顔を覗くと、平然とした表情をしてる。大丈夫そうだ。
「よかった、次いくよ」
カウントするおれの声だけで、会話をせず黙って開ける。それを2回繰り返して、行き当たりばったりで決めた3つの箇所にファーストピアスが着けられた。
開けるのは一瞬だったな。
軟骨部分もバッチリ。
「よし。触ったり引っ掛けたりしないようにね」
「了解」
膝立ちのまま机に手をついて、上半身だけ正面に回りこませ近江の顔とピアスの両方を視界に入れる。
「変?」
「ううん、いい感じ」
満足の出来に自然と口角が上がってしまう。
おれのタイプの美形がおれの開けたピアスしてるなんて、5割増くらいでかっこいい。シンプルなシルバーボールのファーストピアスまでキラリと光っているように見えてくる。
「メガネかけて自分でも確認してみて。見えてないでしょ」
目細めてるから視界がぼやけてるんじゃないかな。
近江がメガネをかけ直して、一通り確認したところでもう1度再確認。
「ここ、ぶつかんない?」
「あぁ」
「バッチリだね。ホール完成するの楽しみ」
どんなのが似合うかなー。シンプルなスタッドピアスもいいけど、フープとかちょっと揺れる感じのやつとかも見てみたいな。
大役を務めきった安堵感と満足感を覚えていると、近江のスマホがピコンと音を立ててメッセージが表示された。
音に反応してつい見てしまったスマホから視線を逸らし座り直す。
スマホをいじる近江って珍しい。
「今日何時までいられる?」
「暇だからいつまでも」
何時まで一緒にいるかとか決めてなかったな。
用事なんて何もないし、母さんは連休最終日以外は仕事仲間と飲み明かすって言ってた。父さんは単身赴任で今、あれ、どこにいるんだろう。まぁどちらも世の休日が繁忙期の人たちだ。
おれ1人だから本当に暇。
「飯作って欲しい。天と進の分も」
「夕飯? いいけど、なんかあった?」
用事でもできて解散になるのかと思っていたら、予想外のことを言われた。
「父さんから、母さんの機嫌取るために仕事早く切り上げてデートしてくるから天と進任せたって」
「仲良いなー」
ここで解散にならなくて良かったと喜んでるおれがいる。近江の可愛らしい両親に感謝。
「ノートのお礼の使用権を使わせてもらおうと思って」
「使用権て。ピアス開けるのよりお安い御用だね。ただおれが作るの肉!って感じのになるけどいい?」
「いいよ。江間が作った料理食べたいから」
むず痒いな。結構ストレートに言葉を使う。受け取らざるを得なくて、だからおれの中に近江の言葉が溜まっていくような気がする。
でも、ちょうどいい機会なので張り切ってやらせていただきます。
気前よくノートを貸してくれて、なんなら最近はおれが貸してほしいっていう前に渡してくれるから、本当にずっと頼りきっている。
1回くらいじゃ全然足りないな。
「頑張るね」
その後、好き嫌いや冷蔵庫の物を確認して、作ったメニューは甘めの照り焼きチキン。
帰ってきた天くんはお昼に会ったときより絆創膏が増えていて、ピアスが増えている近江に進くんが「兄ちゃんが不良に!」って叫んだ。
おれが夕飯を作ったと近江が2人に伝えたら、尊敬の眼差しで見られた。
近江は料理できないみたいで作ってる間、応援だけされた。できないことあるんだな。
ツインズにちゃんと自己紹介をして、おれも一緒に夕飯をいただいた。
男児たち、想像以上によく食べた。
材料を買いに行ったときに量が多いなとは思っていたけど、普段のお昼の様子からは想像がつかなかった。
濃厚な1日を過ごして名残惜しくも家に帰ってから、「そもそも近江にピアスを勧めたのは、おれみたいにたくさん開けさせて人避け効果を期待するためだったじゃん」と思い出した。
3つって美形度が増しただけでは?
更科の「策士策に溺れるか!」がリフレインした。でもものすごく楽しかったから!という気持ちで即上書きした。
