「近江、ノート貸してください」
「はいどうぞ」
言葉は毎回微妙に違うが、入学して今日で10日。このやりとりを毎日繰り返している。もはや日常となりつつある。
たった10日、されど10日。毎日遅刻し続けたせいで、しっかりとおれは遅刻魔であるということが浸透したらしい。教室に入ったとき先生に声をかけられることもなくなった。席が近いやつに「重役出勤ー」なんて茶化されたこともあったが、既にない。慣れってすごい。
ノートを写す作業が放課後までかかるとき、近江は一緒に残ってくれるし「わからないところあったら聞いてくれ」って言って、聞けばものすごくわかりやすく教えてくれる。顔が良くて性格も良い。なんだ、非の打ち所がない、すごい。
でもすごいって言ってる場合じゃない。
近江がなぜかものすごく気前よく貸してくれることに甘えているが、申し訳ないというか後ろめたいという気持ちが湧き上がってきた。
「ねぇ、ノートのお礼になんかする。何がいい?」
自分の朝起きれない問題が今すぐに解決できる気がしないので、別の方向から攻めることにした。
おれと近江だけで占領しているボロいベンチに座って、できることはないかと本人に尋ねる。おれも何か助けになれることがあればいいな、と。
「ノートくらいいいよ」
「うん、ありがとう。たぶん確実に明日も借りる」
くらい、なんて簡単に言えるなんてすごい。あ、またすごいって思ってしまった。
ここで明日くらいは頑張って起きるって言えないのがアレだ、ダメだ。だって非常に甘やかしてくれるから、だから頼る方向に行くんだ、うん。
「はは、本当に朝弱いんだな」
「とても。アラームいっぱいつけても気づかないか、止めて寝ちゃう」
今日もアラームは何も聞こえてなかったようで、止めることもなく時間経過で消えていった。起きたときには鳴っていなかったのでそういうことだろう。
「近江は朝強いの?」
「苦に感じたことはないな」
「すごいなー」
スッキリした目覚めを感じた記憶がないなー。毎日眉間に皺を寄せながら必死に目を開ける。
近江の寝起きの気怠げな顔とかはかっこよさそうだ。でもスッと起きれるならそんな雰囲気の顔をすることもないか。なんかちょっと残念。
いちごサンドをぱくりとくわえるのを見て「あ」とひらめく。
「お弁当は? いつも菓子パンじゃん」
おれがずっと遅刻しているように、近江もずっと甘い菓子パンを食べている。
「弁当? 作れるのか?」
「うん。今日も自作だよ」
「え? 意外。いつも肉ばっかだろ」
お弁当を覗き込まれる。今日は生姜焼きが詰め込まれている。THE肉。申し訳程度の玉ねぎが入って入るけど。今日だけじゃなくてずっとこんな感じのお弁当を持ってきて食べている。
「肉美味しいよ」
「それは同意。朝起きれないのによく作ってるな?」
「夜作ってるからね。朝は想像の通り無理だよ」
近江が「あぁやっぱりそうだよな」ってゆるく肩を揺らして笑う。そうだよっておれも笑う。
夕飯を多めに作ってそのままお弁当に詰め込むか、やる気があればお弁当用に、別で食べたいものを作ったりすることもある。
「なるほど。でも負担かけたくないし。甘いの好きで食べてるからな」
「甘いのがいいのかー。じゃあダメだね」
おれもご飯は主に肉がいいから理解できる。近江は甘いものの方が好きなんだな。
甘いものって言ったらお菓子のイメージだ。ちょっと調べてみようかな。作れる自信はあんまりないけど。
しかし負担をかけたくないと、毎日ノートを借り続けているおれのことを考慮してくれるなんて。近江の株の上昇に歯止めがかからない。
ただ、おれにできることがなくなり振り出しに戻った。
「江間は甘いのは食べないのか?」
「そういえばそんなに食べないかも。でも全然好き。ドーナツとかたまに食べたくなる」
ドーナツショップでたくさんある種類の中から選ぶ楽しみも相まってわりと好きかも。
ピアスを選ぶ楽しさと似てるのかな。ドーナツは食べたら消えちゃうけど。
「近江は? 何が好きなの、甘いので」
「ショートケーキ」
「可愛い。美味しいよね」
いけない、可愛いって口をついちゃった。
がっつり甘いものが好きなんだなと頭を切り替えようとするが、ショートケーキを食べている近江を想像してやっぱり可愛いという思考に戻る。いけない、いけない。
「まー、何か考えておいて。何もしないのはおれの気が収まらないから。なんでもやるよ」
「とびきりの考えておく」
「程々の難易度でお願いします」
「ははっ」
近江は意外によく笑う。やんわりと口角を上げて。お昼のマスクを外してる時間に話すから気づいた。
マスクの表情を隠す効果は絶大なんだな。
◇
「はいどうぞ」
言葉は毎回微妙に違うが、入学して今日で10日。このやりとりを毎日繰り返している。もはや日常となりつつある。
たった10日、されど10日。毎日遅刻し続けたせいで、しっかりとおれは遅刻魔であるということが浸透したらしい。教室に入ったとき先生に声をかけられることもなくなった。席が近いやつに「重役出勤ー」なんて茶化されたこともあったが、既にない。慣れってすごい。
ノートを写す作業が放課後までかかるとき、近江は一緒に残ってくれるし「わからないところあったら聞いてくれ」って言って、聞けばものすごくわかりやすく教えてくれる。顔が良くて性格も良い。なんだ、非の打ち所がない、すごい。
でもすごいって言ってる場合じゃない。
近江がなぜかものすごく気前よく貸してくれることに甘えているが、申し訳ないというか後ろめたいという気持ちが湧き上がってきた。
「ねぇ、ノートのお礼になんかする。何がいい?」
自分の朝起きれない問題が今すぐに解決できる気がしないので、別の方向から攻めることにした。
おれと近江だけで占領しているボロいベンチに座って、できることはないかと本人に尋ねる。おれも何か助けになれることがあればいいな、と。
「ノートくらいいいよ」
「うん、ありがとう。たぶん確実に明日も借りる」
くらい、なんて簡単に言えるなんてすごい。あ、またすごいって思ってしまった。
ここで明日くらいは頑張って起きるって言えないのがアレだ、ダメだ。だって非常に甘やかしてくれるから、だから頼る方向に行くんだ、うん。
「はは、本当に朝弱いんだな」
「とても。アラームいっぱいつけても気づかないか、止めて寝ちゃう」
今日もアラームは何も聞こえてなかったようで、止めることもなく時間経過で消えていった。起きたときには鳴っていなかったのでそういうことだろう。
「近江は朝強いの?」
「苦に感じたことはないな」
「すごいなー」
スッキリした目覚めを感じた記憶がないなー。毎日眉間に皺を寄せながら必死に目を開ける。
近江の寝起きの気怠げな顔とかはかっこよさそうだ。でもスッと起きれるならそんな雰囲気の顔をすることもないか。なんかちょっと残念。
いちごサンドをぱくりとくわえるのを見て「あ」とひらめく。
「お弁当は? いつも菓子パンじゃん」
おれがずっと遅刻しているように、近江もずっと甘い菓子パンを食べている。
「弁当? 作れるのか?」
「うん。今日も自作だよ」
「え? 意外。いつも肉ばっかだろ」
お弁当を覗き込まれる。今日は生姜焼きが詰め込まれている。THE肉。申し訳程度の玉ねぎが入って入るけど。今日だけじゃなくてずっとこんな感じのお弁当を持ってきて食べている。
「肉美味しいよ」
「それは同意。朝起きれないのによく作ってるな?」
「夜作ってるからね。朝は想像の通り無理だよ」
近江が「あぁやっぱりそうだよな」ってゆるく肩を揺らして笑う。そうだよっておれも笑う。
夕飯を多めに作ってそのままお弁当に詰め込むか、やる気があればお弁当用に、別で食べたいものを作ったりすることもある。
「なるほど。でも負担かけたくないし。甘いの好きで食べてるからな」
「甘いのがいいのかー。じゃあダメだね」
おれもご飯は主に肉がいいから理解できる。近江は甘いものの方が好きなんだな。
甘いものって言ったらお菓子のイメージだ。ちょっと調べてみようかな。作れる自信はあんまりないけど。
しかし負担をかけたくないと、毎日ノートを借り続けているおれのことを考慮してくれるなんて。近江の株の上昇に歯止めがかからない。
ただ、おれにできることがなくなり振り出しに戻った。
「江間は甘いのは食べないのか?」
「そういえばそんなに食べないかも。でも全然好き。ドーナツとかたまに食べたくなる」
ドーナツショップでたくさんある種類の中から選ぶ楽しみも相まってわりと好きかも。
ピアスを選ぶ楽しさと似てるのかな。ドーナツは食べたら消えちゃうけど。
「近江は? 何が好きなの、甘いので」
「ショートケーキ」
「可愛い。美味しいよね」
いけない、可愛いって口をついちゃった。
がっつり甘いものが好きなんだなと頭を切り替えようとするが、ショートケーキを食べている近江を想像してやっぱり可愛いという思考に戻る。いけない、いけない。
「まー、何か考えておいて。何もしないのはおれの気が収まらないから。なんでもやるよ」
「とびきりの考えておく」
「程々の難易度でお願いします」
「ははっ」
近江は意外によく笑う。やんわりと口角を上げて。お昼のマスクを外してる時間に話すから気づいた。
マスクの表情を隠す効果は絶大なんだな。
◇
