学校に行けばタイプの顔が見られると知って、学校に行く楽しみができた。そのおかげか若干早く起きたが遅刻を免れるほどではなく。
昨日に引き続いて近江にノートを貸してもらった。授業は真面目に受け、10分休憩にノートを写す。このサイクルを繰り返したが、もう少しを写しきれないまま放課後を迎えた。
「ノートもうちょっと待って。今日中? 明日でもいい?」
「明日でもいいけど。暇だし復習とかやって待つよ」
「ごめん、すぐ終わらせるから」
「な、なぁ制服組!」
声をかけられて近江と一緒にパッとそっちを見る。クラスの男子生徒が2人、並び立っている。
「佐々木が部活紹介出るみたいだから見に行かないか? こっち佐々木、僕は更科だ」
こっちと指をさされた佐々木はがっしり目の体格にジャージを着ている、おれの隣の席のやつ。
更科は近江の隣の席のやつで合ってるはず。暗めの茶髪にシンプルな上下の私服だ。
「そういえばあったな」
「1人じゃさみしいしつまらないだろ! どう?」
「俺は暇だから行こうかな。江間どうする?」
制服組って声のかけ方されたからおれも含まれているんだろうけど、更科の腰がちょっと引けてる。髪色とピアスが発揮する威嚇の効果が邪魔しているな。
ノート借りてるのもあるし、行かないって言うのは簡単。でも久しぶりに人と関わろうと思ったばかりだ。それに近江が行くなら行こうかなって気になる。
更科の方を向いて、柔らかい表情を意識して微笑んで無害をアピールしてみる。
「おれも一緒に行っていいの?」
「も、もちろん! 行こうぜ!」
逆効果だったかな? ぎこちなく返されてしまった。でも一応おれも一緒に行くことを了承してくれた。
「俺は先に行く」
「おう! 頑張ってな!」
佐々木が更科に声をかけて頷いてから教室を出ていく。その背中をチラッと目で追う。
見られてたなー、結構しっかりと。派手な見た目をしてるが実際どんなやつなのかって確認してる感じだった。
「なぁ、え、江間は自分で髪染めてるのか?」
「ううん。母親が美容師で染めてもらってる。というか実験台にされてるんだ。ね、別におれ怖くないよ」
更科の方から話しかけてくれて、目を合わせて話す。でもせっかく話すならビクビクされない方が嬉しい。まだ若干腰の引けてる更科に、いたずらっぽく笑っておどけた雰囲気を出しつつストレートに伝える。自分で言うと胡散臭いけど。
「うっ、ごめんそんなつもりは」
「うん、紹介してあげようか? ピンクにする?」
「興味はある、けど勇気はない! 江間みたいな綺麗な顔じゃないと似合わないよ!」
「あはは。ありがとう」
興味はあるんだ。だから話しかけてくれたのかな。
「僕高校デビューで髪染めてコンタクトにしたんだ。だから気にはなるけどオシャレとか派手な感じはまだ慣れなくて。正直に言うと近江の姿は親近感ある! 似たようなメガネしてたんだ!」
「高校デビューって自分で言うのか」
「バラしていく方が楽だと思う……!」
控えめに染められた更科の髪と真っ黒な近江の髪を見比べたり、目が悪いらしい2人の目元を見比べたりしながら並んで体育館へ向かう。
近江はメガネもマスクも必要だからしてるだけみたいだし、あんまり自分の容姿に興味ないのかな。たまたま見れた素顔を思い出して、改めて美形だったと思う。
「近江もかなり悪そうだよな。どんくらい? 僕は0.1を切って0.09だ!」
「0.04」
更科も近江も数字だけ聞けば相当悪いんだろうけどわかんないな。どんな視界をしてるんだろう。小数点第二位ってもうほとんど見えてなくない?
「負けた! 近江の方が全然悪いわ」
「そっちが負けなのか?」
「ん? 近江が負けなのか? あの、江間はどう?」
「2.0。すこぶる健康なのおれ」
視力も良いし、風邪も引かないし、髪も強い。あ、花粉症もない。
「すご! メガネかけても2.0の世界なんて見れないぞ!」
更科にあれ何かわかるか?って遠くを指されて、おれが迷いなく答えることを繰り返す。視力の良さで打ち解けられるなんて、健康な体に感謝しないと。
そんなことをしているうちに体育館に到着した。入り口で配っているビラを受け取りつつ中へと入ったおれたちは、3人揃ってキョロキョロとする。
部活必須ではないのに結構人がいる。おれたちみたいに部活紹介そのものを見物することが目的の生徒も多いのかな。
ビラで佐々木が出る部活を確認しようとしてはた、と気づく。
「佐々木って何部?」
「空手だぞ」
「空手部じゃないか」
更科に続いて近江も答えてくれた。近江も知ってたんだ。
「なんで近江も知ってるんだ?」
「ジャージの背中にでっかく書いてあるからな」
「そういやそうだったな!」
頭の中で思い返して、そうだったかもと思う。
「春休みから参加してたらしいぞ。すごいやる気だよな!」
「すごいね。うちって空手強いんだ?」
「知らない!」
声をあげて笑う更科につられて、おれもなんだかよくわからないけど楽しくなる。
「あ、鷲尾さん。と速水さんだっけ」
「知り合い?」
「どっちもクラスメイトだぞ」
「あれ?」
よく覚えてるな。まだ入学して数日しか経ってないのに。更科が見ている方向を見てもどの人がそうなのかわからない。
「鷲尾さんは同じ中学だったんだ。僕と一緒で黒髪で、僕よりひどい瓶底メガネ。今やクラスで江間の次に派手になってるが。ま、江間には遠く及ばないけど!」
瓶底メガネの言葉に反応してつい近江のメガネを見てしまった。瓶底ではないな。
視線を前に戻すと、手を振りながら近寄ってきている女子がいる。元瓶底メガネの鷲尾さんともう1人速水さんって人かな。
「やっほーん。更科ん髪茶色くなってるね」
「わ、鷲尾さんもじゃん!」
軽薄な感じの口調とオレンジブラウンの髪色、そこにさっき教えてくれた昔瓶底メガネだったという情報が頭の中で交錯する。想像の斜め上を行ってて頭が混乱するな。
「お互い高校デビューだね。んで、何目当て?」
「佐々木だぞ!」
「また空手? ていうか紹介に出るんだ?」
「おう。応援してくれ!」
更科と鷲尾さんが会話しているのを隣で静観する。脳内はちょっと忙しいけど。
会話の流れ的に佐々木も含めた3人が同じ中学だったのかな?
「おけおけ、うちらはバスケだよん。あ、ほら、速水ん」
「あ、ちょっと! あっ、あの、江間くんは部活入るの?」
「え? 入んないよ」
「そっ、そうなんだね。あの、えっと……」
聞きに徹していたら急にこっちに急に話を振られて適当に答えちゃった。部活に入るつもりがないのは本当だからいいかな。笑って誤魔化しておこう。
女子に話しかけられたの久しぶりだな。あ、いや、女子だけじゃないか。
「あのっ。え、江間くん、あっ……?」
速水さんが何か言いかけたところで、楽器の盛大な音が鳴り始めた。開始の挨拶もなくいきなりだ。ファンファーレのような音が響いている。
「始まったみたいだから、またっ!」
「あ! 待ってよ速水ん。あ、じゃあね更科ん」
「おう、またなー!」
人の海の中に走り去っていく2人。
何を言いかけてたんだろう。必要があればまた話しかけてくるだろうけど、速水さんみたいな人に瓶底メガネがあればいいのに。
「バッサリ切ったな」
「え? いや、うん」
吹奏楽の演奏が鳴り響いているからか少し近づいて話しかけられる。瓶底とまではいかなくても近江みたいなメガネがあればいいかもしれない。おれより少しだけ高い位置にある近江の顔、というかメガネを見て逃避しそうになる。
まぁ、言われるよね。自分でももう少し対応の仕方あったと思う。気をつけなきゃ。
久しぶりに女子からの視線を間近で受けて動揺した。見た目をガラッと変えた後からは話しかけてくる人が徐々に減って、最近はもう全然いなかったから油断していたというか。
校則なしの高校は少し違う人がいるのか、入学したばかりという時期がそうさせるのか。近江や更科も含めて話しかけてくるなんて本当に意外。
「速水さん嫌いなのか?」
「いや、話したの初めてだし嫌いとかないけど、んー、女子が苦手で」
直接的な言葉を使うんだな。言葉を正面から受け取るには重くて、視線を外して考える。
好意を孕んだ視線とか、期待したような目が、あんまり好きじゃない。おれは女子受けがそれなりに良い顔をしているらしくて、比較的そういう視線を受けることが多かった。
でも自分は男が好きな人間だから、しんどい。好意もその視線も。
恋をしたことはないけれど、女子に触れられるより、男子に触れられたい、と気づいてしまった。
そういう視線を受けたことで気づいたってのがなかなか皮肉だけど。
気持ちを隠して接しているうちに、いつからか総じて女子が苦手って感じるようになった。
「ふぅん。まぁ意外でもないかも」
「え……、そう?」
「僕もわかる気がする。モテ過ぎたんだろう!」
「そんなことはないんだけど、あはは」
思考を振り払うと周りの音が聞こえてくる。いつの間にか曲の終わりに差し掛かっているのか、金管楽器の激しい音が轟いていた。
「江間、トランペットとか似合いそう」
「おれめっちゃ音痴。音痴でも楽器できるかな」
「どうだろうな……」
「音痴は意外だった……!」
そこは「できるんじゃないか」って言ってくれるところでは?
ともあれ話の流れが変わってくれてよかった。変えてくれたのかなと近江を見てみるが、そもそも聞いてきたのも近江だった。
今日もメガネとマスクでガードされていて表情はわからないな。
『吹奏楽部の皆さん、ありがとうございました! オープニングの素晴らしい演奏に拍手を! えー、それでは! 部活紹介を開始いたします!』
マイクを通した大声量が体育館内に響き、ジロジロと表情を探っていたのをやめる。見すぎるのは良くない。
視線を舞台の方へ移すと、奇抜な格好をした司会者が立っていた。
『トップバッターは空手部です! 順番は公平にくじ引きで決めております。ですのでカテゴリーごとに分けて行うことはありません! ビラを参考にしてください。では、よろしくお願いしま〜す!』
司会が宣言をして舞台袖に退き、反対側の袖から空手衣を着た生徒たちが入ってくる。
「早速佐々木がいるな!」
「おれ空手のルール知らないんだけど」
「大丈夫! 僕も知らないから」
それは大丈夫と言っていいのかなんて思ったところで、真ん中の生徒が宣言のような気合の入った声をあげた。
なんて言ったかは、聞き取れなかった。
でもその一言でみんな舞台に惹きつけられているようだ。
1対1で戦う試合形式だと思っていたけど、演武みたいな感じだ。形っていうんだっけ?
つい息を止めて見入る。衣摺れの音や踏み込み、着地の強い音が耳に心地いい。
春休みから参加してたって言ってたけど、それだけでこんなに人を引きつけるものにはならない。努力の積み重ねなんだろうな。月並みな言葉だけどかっこいい。
「佐々木ー! いいぞー! かっこいい!」
「かっこいいな」
「ね、おれも思った」
メンバーが入れ替わり、今度は入り乱れて殺陣のようなものが始まった。こっちも迫力があって、さっきのとは違ったかっこよさがある。やられる側まで最高に決まってる。
拍手や歓声を浴びながら入れ替わり立ち替わり行われた。時間としては短かったはずなのに、迫力満点で満足感がすごい。最後に全員で一糸乱れぬお辞儀をして、足と歩幅を揃えて舞台から消えていく。
部活紹介だけど、勧誘はしなくて良いのかな? 背中で語る的な感じなのか。部員募集とか新人歓迎みたいな、そういった言葉は発さず美しい毅然とした姿勢で去っていった。
「よっしゃ、じゃあ佐々木の勇姿見たし帰るかー」
「あれ、他はいいの?」
空手部が部活紹介の一発目だったからまだこれしか見てない。
「僕に部活のキラキラは無理だから! 江間と一緒で全く部活に入る気はないんだ」
「そうだったんだ。同じだね」
「おう!」
元気よくにこやかに返された。
「教室戻るか」
近江の言葉が音頭になって、3人でぞろぞろと体育館を去る。茶道部の紹介が始まっているが誰も後ろ髪を引かれることがない。みんな部活に入る気はなかったなんて、ちょっと面白い。
「あ。おれまだノート写し終わってないんだった」
階段に差しかかったところで、忘れていたことがハッと頭に浮かんだ。
「いいよ。ゆっくりやって」
「僕も暇だから1限の内容教えてあげるよ!」
「ほんと? ありがとう」
近江と更科からの提案をありがたく受け取ることにして、階段を上り始める。1段先を行く2人を見て、人と関わるのってそういえば楽しかったなと思い出す。
昨日に引き続いて近江にノートを貸してもらった。授業は真面目に受け、10分休憩にノートを写す。このサイクルを繰り返したが、もう少しを写しきれないまま放課後を迎えた。
「ノートもうちょっと待って。今日中? 明日でもいい?」
「明日でもいいけど。暇だし復習とかやって待つよ」
「ごめん、すぐ終わらせるから」
「な、なぁ制服組!」
声をかけられて近江と一緒にパッとそっちを見る。クラスの男子生徒が2人、並び立っている。
「佐々木が部活紹介出るみたいだから見に行かないか? こっち佐々木、僕は更科だ」
こっちと指をさされた佐々木はがっしり目の体格にジャージを着ている、おれの隣の席のやつ。
更科は近江の隣の席のやつで合ってるはず。暗めの茶髪にシンプルな上下の私服だ。
「そういえばあったな」
「1人じゃさみしいしつまらないだろ! どう?」
「俺は暇だから行こうかな。江間どうする?」
制服組って声のかけ方されたからおれも含まれているんだろうけど、更科の腰がちょっと引けてる。髪色とピアスが発揮する威嚇の効果が邪魔しているな。
ノート借りてるのもあるし、行かないって言うのは簡単。でも久しぶりに人と関わろうと思ったばかりだ。それに近江が行くなら行こうかなって気になる。
更科の方を向いて、柔らかい表情を意識して微笑んで無害をアピールしてみる。
「おれも一緒に行っていいの?」
「も、もちろん! 行こうぜ!」
逆効果だったかな? ぎこちなく返されてしまった。でも一応おれも一緒に行くことを了承してくれた。
「俺は先に行く」
「おう! 頑張ってな!」
佐々木が更科に声をかけて頷いてから教室を出ていく。その背中をチラッと目で追う。
見られてたなー、結構しっかりと。派手な見た目をしてるが実際どんなやつなのかって確認してる感じだった。
「なぁ、え、江間は自分で髪染めてるのか?」
「ううん。母親が美容師で染めてもらってる。というか実験台にされてるんだ。ね、別におれ怖くないよ」
更科の方から話しかけてくれて、目を合わせて話す。でもせっかく話すならビクビクされない方が嬉しい。まだ若干腰の引けてる更科に、いたずらっぽく笑っておどけた雰囲気を出しつつストレートに伝える。自分で言うと胡散臭いけど。
「うっ、ごめんそんなつもりは」
「うん、紹介してあげようか? ピンクにする?」
「興味はある、けど勇気はない! 江間みたいな綺麗な顔じゃないと似合わないよ!」
「あはは。ありがとう」
興味はあるんだ。だから話しかけてくれたのかな。
「僕高校デビューで髪染めてコンタクトにしたんだ。だから気にはなるけどオシャレとか派手な感じはまだ慣れなくて。正直に言うと近江の姿は親近感ある! 似たようなメガネしてたんだ!」
「高校デビューって自分で言うのか」
「バラしていく方が楽だと思う……!」
控えめに染められた更科の髪と真っ黒な近江の髪を見比べたり、目が悪いらしい2人の目元を見比べたりしながら並んで体育館へ向かう。
近江はメガネもマスクも必要だからしてるだけみたいだし、あんまり自分の容姿に興味ないのかな。たまたま見れた素顔を思い出して、改めて美形だったと思う。
「近江もかなり悪そうだよな。どんくらい? 僕は0.1を切って0.09だ!」
「0.04」
更科も近江も数字だけ聞けば相当悪いんだろうけどわかんないな。どんな視界をしてるんだろう。小数点第二位ってもうほとんど見えてなくない?
「負けた! 近江の方が全然悪いわ」
「そっちが負けなのか?」
「ん? 近江が負けなのか? あの、江間はどう?」
「2.0。すこぶる健康なのおれ」
視力も良いし、風邪も引かないし、髪も強い。あ、花粉症もない。
「すご! メガネかけても2.0の世界なんて見れないぞ!」
更科にあれ何かわかるか?って遠くを指されて、おれが迷いなく答えることを繰り返す。視力の良さで打ち解けられるなんて、健康な体に感謝しないと。
そんなことをしているうちに体育館に到着した。入り口で配っているビラを受け取りつつ中へと入ったおれたちは、3人揃ってキョロキョロとする。
部活必須ではないのに結構人がいる。おれたちみたいに部活紹介そのものを見物することが目的の生徒も多いのかな。
ビラで佐々木が出る部活を確認しようとしてはた、と気づく。
「佐々木って何部?」
「空手だぞ」
「空手部じゃないか」
更科に続いて近江も答えてくれた。近江も知ってたんだ。
「なんで近江も知ってるんだ?」
「ジャージの背中にでっかく書いてあるからな」
「そういやそうだったな!」
頭の中で思い返して、そうだったかもと思う。
「春休みから参加してたらしいぞ。すごいやる気だよな!」
「すごいね。うちって空手強いんだ?」
「知らない!」
声をあげて笑う更科につられて、おれもなんだかよくわからないけど楽しくなる。
「あ、鷲尾さん。と速水さんだっけ」
「知り合い?」
「どっちもクラスメイトだぞ」
「あれ?」
よく覚えてるな。まだ入学して数日しか経ってないのに。更科が見ている方向を見てもどの人がそうなのかわからない。
「鷲尾さんは同じ中学だったんだ。僕と一緒で黒髪で、僕よりひどい瓶底メガネ。今やクラスで江間の次に派手になってるが。ま、江間には遠く及ばないけど!」
瓶底メガネの言葉に反応してつい近江のメガネを見てしまった。瓶底ではないな。
視線を前に戻すと、手を振りながら近寄ってきている女子がいる。元瓶底メガネの鷲尾さんともう1人速水さんって人かな。
「やっほーん。更科ん髪茶色くなってるね」
「わ、鷲尾さんもじゃん!」
軽薄な感じの口調とオレンジブラウンの髪色、そこにさっき教えてくれた昔瓶底メガネだったという情報が頭の中で交錯する。想像の斜め上を行ってて頭が混乱するな。
「お互い高校デビューだね。んで、何目当て?」
「佐々木だぞ!」
「また空手? ていうか紹介に出るんだ?」
「おう。応援してくれ!」
更科と鷲尾さんが会話しているのを隣で静観する。脳内はちょっと忙しいけど。
会話の流れ的に佐々木も含めた3人が同じ中学だったのかな?
「おけおけ、うちらはバスケだよん。あ、ほら、速水ん」
「あ、ちょっと! あっ、あの、江間くんは部活入るの?」
「え? 入んないよ」
「そっ、そうなんだね。あの、えっと……」
聞きに徹していたら急にこっちに急に話を振られて適当に答えちゃった。部活に入るつもりがないのは本当だからいいかな。笑って誤魔化しておこう。
女子に話しかけられたの久しぶりだな。あ、いや、女子だけじゃないか。
「あのっ。え、江間くん、あっ……?」
速水さんが何か言いかけたところで、楽器の盛大な音が鳴り始めた。開始の挨拶もなくいきなりだ。ファンファーレのような音が響いている。
「始まったみたいだから、またっ!」
「あ! 待ってよ速水ん。あ、じゃあね更科ん」
「おう、またなー!」
人の海の中に走り去っていく2人。
何を言いかけてたんだろう。必要があればまた話しかけてくるだろうけど、速水さんみたいな人に瓶底メガネがあればいいのに。
「バッサリ切ったな」
「え? いや、うん」
吹奏楽の演奏が鳴り響いているからか少し近づいて話しかけられる。瓶底とまではいかなくても近江みたいなメガネがあればいいかもしれない。おれより少しだけ高い位置にある近江の顔、というかメガネを見て逃避しそうになる。
まぁ、言われるよね。自分でももう少し対応の仕方あったと思う。気をつけなきゃ。
久しぶりに女子からの視線を間近で受けて動揺した。見た目をガラッと変えた後からは話しかけてくる人が徐々に減って、最近はもう全然いなかったから油断していたというか。
校則なしの高校は少し違う人がいるのか、入学したばかりという時期がそうさせるのか。近江や更科も含めて話しかけてくるなんて本当に意外。
「速水さん嫌いなのか?」
「いや、話したの初めてだし嫌いとかないけど、んー、女子が苦手で」
直接的な言葉を使うんだな。言葉を正面から受け取るには重くて、視線を外して考える。
好意を孕んだ視線とか、期待したような目が、あんまり好きじゃない。おれは女子受けがそれなりに良い顔をしているらしくて、比較的そういう視線を受けることが多かった。
でも自分は男が好きな人間だから、しんどい。好意もその視線も。
恋をしたことはないけれど、女子に触れられるより、男子に触れられたい、と気づいてしまった。
そういう視線を受けたことで気づいたってのがなかなか皮肉だけど。
気持ちを隠して接しているうちに、いつからか総じて女子が苦手って感じるようになった。
「ふぅん。まぁ意外でもないかも」
「え……、そう?」
「僕もわかる気がする。モテ過ぎたんだろう!」
「そんなことはないんだけど、あはは」
思考を振り払うと周りの音が聞こえてくる。いつの間にか曲の終わりに差し掛かっているのか、金管楽器の激しい音が轟いていた。
「江間、トランペットとか似合いそう」
「おれめっちゃ音痴。音痴でも楽器できるかな」
「どうだろうな……」
「音痴は意外だった……!」
そこは「できるんじゃないか」って言ってくれるところでは?
ともあれ話の流れが変わってくれてよかった。変えてくれたのかなと近江を見てみるが、そもそも聞いてきたのも近江だった。
今日もメガネとマスクでガードされていて表情はわからないな。
『吹奏楽部の皆さん、ありがとうございました! オープニングの素晴らしい演奏に拍手を! えー、それでは! 部活紹介を開始いたします!』
マイクを通した大声量が体育館内に響き、ジロジロと表情を探っていたのをやめる。見すぎるのは良くない。
視線を舞台の方へ移すと、奇抜な格好をした司会者が立っていた。
『トップバッターは空手部です! 順番は公平にくじ引きで決めております。ですのでカテゴリーごとに分けて行うことはありません! ビラを参考にしてください。では、よろしくお願いしま〜す!』
司会が宣言をして舞台袖に退き、反対側の袖から空手衣を着た生徒たちが入ってくる。
「早速佐々木がいるな!」
「おれ空手のルール知らないんだけど」
「大丈夫! 僕も知らないから」
それは大丈夫と言っていいのかなんて思ったところで、真ん中の生徒が宣言のような気合の入った声をあげた。
なんて言ったかは、聞き取れなかった。
でもその一言でみんな舞台に惹きつけられているようだ。
1対1で戦う試合形式だと思っていたけど、演武みたいな感じだ。形っていうんだっけ?
つい息を止めて見入る。衣摺れの音や踏み込み、着地の強い音が耳に心地いい。
春休みから参加してたって言ってたけど、それだけでこんなに人を引きつけるものにはならない。努力の積み重ねなんだろうな。月並みな言葉だけどかっこいい。
「佐々木ー! いいぞー! かっこいい!」
「かっこいいな」
「ね、おれも思った」
メンバーが入れ替わり、今度は入り乱れて殺陣のようなものが始まった。こっちも迫力があって、さっきのとは違ったかっこよさがある。やられる側まで最高に決まってる。
拍手や歓声を浴びながら入れ替わり立ち替わり行われた。時間としては短かったはずなのに、迫力満点で満足感がすごい。最後に全員で一糸乱れぬお辞儀をして、足と歩幅を揃えて舞台から消えていく。
部活紹介だけど、勧誘はしなくて良いのかな? 背中で語る的な感じなのか。部員募集とか新人歓迎みたいな、そういった言葉は発さず美しい毅然とした姿勢で去っていった。
「よっしゃ、じゃあ佐々木の勇姿見たし帰るかー」
「あれ、他はいいの?」
空手部が部活紹介の一発目だったからまだこれしか見てない。
「僕に部活のキラキラは無理だから! 江間と一緒で全く部活に入る気はないんだ」
「そうだったんだ。同じだね」
「おう!」
元気よくにこやかに返された。
「教室戻るか」
近江の言葉が音頭になって、3人でぞろぞろと体育館を去る。茶道部の紹介が始まっているが誰も後ろ髪を引かれることがない。みんな部活に入る気はなかったなんて、ちょっと面白い。
「あ。おれまだノート写し終わってないんだった」
階段に差しかかったところで、忘れていたことがハッと頭に浮かんだ。
「いいよ。ゆっくりやって」
「僕も暇だから1限の内容教えてあげるよ!」
「ほんと? ありがとう」
近江と更科からの提案をありがたく受け取ることにして、階段を上り始める。1段先を行く2人を見て、人と関わるのってそういえば楽しかったなと思い出す。
