お昼ご飯を食べるときはマスクを外す。
この当然のことをしてチョコクロワッサンの最後のひと口を放り込む近江。
左側をあまり見ないように、あまり近江を視界に入れないように気をつける。しかしそう思えば思うほど、吸い寄せられているのは気のせいじゃない。
好意の孕んだ視線を送ることがなければ、おれみたいに苦しめることもないと思う。ただ好意が存在して、消せない時点でそれを行うのは無理だ。だからこそ、せめて顔を見ないように、見つめないようにと思っているのに、それすら難しい。
何も解決しないまま、近江と一緒にいたいという自分の気持ちを優先していた。
「はー……」
このままじゃダメだって思うのに、どうすればいいかわからない。どうしたいかもわからない。
惰性のまま今の関係を壊さないように、解決を先延ばしにしているだけだ。
近江は食べ終わった菓子パンの袋を丁寧に畳んでいた。毎回やっていて律儀だなと思う。
「なに? なんか顔についてる?」
「つ、ついてないよ」
目が合った。やば、また吸い寄せられていた。サッと逸らそうとして、その前に話しかけられる。
「そう? やたら顔見てくるからさ」
「き、気のせいだよ」
見ていたのを誤魔化すように、おれも食べ終えたお弁当箱の蓋を閉める。手を合わせてごちそうさまもすれば、自然な感じが出せているだろう。
「ふぅん? 今日だけじゃないから、俺の顔が好きで見てんのかと思ったのに」
「……」
お弁当箱を袋に入れて、紐を結ぶ自分の手元を見続ける。
そんなに見ていたかな。
とにかくこの流れは良くない。パンのかけらがついているとか言った方がよかったかもしれない。
「違った?」
「すっ、好きだけど……」
尻すぼみになりつつ正直に答える。だって嫌いとは言えないし。なんて言うのが正解なんだ。
なんでこんなこと言ってくるの。これってもしかして俺のそういう視線がバレてて、わかってて聞かれてるってことなの?
「顔だけ?」
「ち、違う! おれは近江が好きなの……!」
めっちゃタイプだけど……!
顔だけじゃない。きっかけは見た目だったけど、それだけが好きなわけじゃない。
見た目で近づいて好意を向けてくる女子に、嫌だと思った自分を隠したくて、自分は違うって言いたくて勢いで言葉を発した。
「俺のことが好きなんだ?」
「あ……。え?」
近江の顔を見て、自分が何を言ったのか、何を言われたのか思い出そうとする。たった数秒前のことに靄がかかっている。
自分が女子にしてきた好意の否定も、ダメだと思いながら近江にした行いも、罪のような行いを少しでも軽くしたいと思った。
今はまだマスクをしていないから、近江の顔を窺うことがことができる。
メガネの奥から向けられる強いのに柔らかさを感じる視線と、口角をゆるく上げて微笑んでいる口元。割と見る近江の表情だ。
それなのに焦燥感が増していく。なんでだろうと靄を晴らした瞬間、言いてはいけないことを言ったと気づいてしまった。
「ち、ちが! なんでもないから!」
「え? なんで青くなんの?」
頭が冷えて、だけど冷静ではいられなくなる。とにかくここから一度逃げたい気持ちでいっぱいだ。
逃げようとして、しかし腰を浮かすだけで終わった。
近江に腕を掴まれて思いっきり引っ張られ、前に倒れそうになってベンチに手をつく。
「は、離して」
「江間」
腕を強く握りこまれていて外せない。近江のことになると何故が真っ先に逃げの選択肢を取りたくなる。
「お、近江……! なんでもないから、忘れて」
「なんで?」
「なんでって」
言うつもりなんてなかった。知られたくなかった。
欲しいと思いながら、具体的なことなんて何も考えていなかったせいでパニックだ。
「好きなやつが好きって言ったんだ。忘れるわけないだろ」
「はっ……?」
なんて言った? 今は何も聞きたくなくて、言葉の意味を理解するのを拒否する。しかし真剣な言葉の調子は聞き取れていて、抵抗を忘れた。
力を抜いたせいで、引かれる力のままに近江の方へ体が傾いて抱きとめられる。
え、何、どういうこと。近江に抱きしめられてる……?
「近江っ、うぶっ」
「逃げんな」
後頭部をグッと押さえつけられて、近江の肩に鼻が思いっきりぶつかる。
「いいから聞け」
「っ!」
耳元で喋られて息がかかった。
それに、声を耳から直接脳に届けられるようで、ゾクゾクして力が抜ける。
「江間」
「……うん」
逃げたいのに、離してって言いたいのに、抱きしめられているのが心地よくて動けない。
「俺も江間のこと好きだよ」
「…………?」
頭にハテナがたくさん並んだ。
え、好き、って言われた……? それってどういう意味で、どういう意味の好きなんだ……? なんでそう言われたのかわからないし、唐突で、思考が退化していく。ハテナすら消えて頭が真っ白だ。
「聞いてんのか」
「いたっ」
背中を叩かれた。軽く叩かれただけだから全然痛くないけど反射的に言葉が出る。
「江間のことが好きだって言ってんの」
「……」
トリップしかけた思考から戻ってきたのに、また同じ言葉が聞こえてきた。
今度は頭から消えないように何度も反芻する。たっぷり時間をかけて、ようやく、今度こそ、脳が言葉を受け入れて、理解する。
「近江おれのこと好きなの? そういう意味で……?」
「あぁ」
「ま、待って。おれ、男だよ?」
「知ってる」
理解したのにまた別のハテナが浮かんできた。性別は知ってるだろうけど、そうじゃなくて。
おれは男だし近江も男だ。それなのに好きってどういうこと。
「お前もそうだろ」
も……?
聞き直す前にそんな言い方をされる。
「元々お、男が好きな人?」
「うん」
「え……」
こんな近くに性的指向が同じのやつがいるなんて思ってもみなかった。
近江の指向がどうなのかなんて考えることもなく、ヘテロだって決めつけていた。
自分の悩みの起因はここからきているはずなのに。自分がマイノリティだったせいで女子からの好意にしんどさを覚えていたのに、本当に考えが及んでいなかった。
自分のことばかりで相手のことなんて何も考えられていない。
「近江のことヘテロだって思い込んでた……」
「俺もカミングアウトしようとは思ってないからな。ストレートがわざわざ言わないんだから俺だって言わなくていいだろ」
「それは、たしかに」
おれの考え方とは違うけど、おれも言うつもりはない。
「それで悩んでて逃げようとしたのか? 指向が一致してるなら問題ないだろ」
「……」
悩んでいなかった。
マイノリティの人間なら相手の性的指向なんて真っ先に悩むところであろうに。悩んでいたのはそこじゃない。
「違うのか?」
「いや……」
違う、ということもない。指向が関わっているから。
元々男が好きということが一致しているなら、おれは近江に好意を向けていいのだろうか。でも例え一致していても、女子からの好意を否定してきたおれがしていいことなのかな。
おれって何に悩んでいるんだろう。こんがらがってわけわかんなくなってきた。
「あの、近江」
「言うまで離さないよ」
「う……」
抱き留める力が強くなった。
自分でもわからなくなってきたから時間がほしいのに。
「好きなやつが告白してきたのに怯えたみたいな顔されて。ここで離してやるほど優しくないから」
告白なんて烏滸がましい。そんな大層なものじゃない。ただうっかり言葉が漏れただけ。おれがちゃんと向き合わなかったから。
友人以上が欲しいと思ったけど、それを近江に向けるのは苦しめるだけとも思っていたから。好きって気持ちがあるだけで、告白なんて全然考えていなかった。思考停止のまま今に至っていた。
催促するように頭をコツンとぶつけられた後、ベンチに置くだけになっていた手を握られた。
片方は頭を撫でてくれて、片方は手を握ってくれる。これのどこが優しくないんだ。
「っ、お、近江」
「うん」
上から握られている近江の手に、動かせる親指を使っておれから触れる。
もう片方の空いてる手を近江に添える勇気はないけど、今ある、なけなしの勇気を振り絞る。
「その、おれ、なんかすごい女子に受ける顔してるみたいで、寄ってこられることが多くて。でもおれは男を好きになる性質だったから、そういう視線を向けられるのが嫌で、すごいしんどくて。その好意と視線を、ひ、否定してきたんだ」
嫌な言い方しかできない。人によっては嫌味として捉えられるだろう。
おれの汚いところを自ら晒していくなんて恥ずかしくてしたくない。でも心拍数が上がっていくのと一緒に、言葉がボロボロと溢れてくる。
「それなのに近江のこと好きになってて。近江のこと見ちゃうんだ。ダメだよなって思うのに……。おれが嫌だと思ったことを同じことをしてしまうことになるんじゃないかって」
「うん」
「そ、それに視線向けられるの嫌だったのに、近江にならしてほしいって思うし」
結局気持ちを消すことはもちろん、少しも隠すことができずに、近江に言われるくらい視線を向けていた。
「そんなの、ズルくて汚いじゃん」
「俺だけ特別扱いしてくれるってことだろ」
「もっ……」
間髪入れずにおれとは全然違う考えを返された。
近江の言いようにずるずると頭が落ちていく。肩におでこがついた状態で、せめてもの抵抗として小声で「物は言いよう過ぎる」と食い下がる。なんでこんなことに抵抗しているのかわからないけど。
「ポジティブって言え」
「うぅ」
その通りだ……。おれがネガティブで前向きな考え方ができないだけだ。
口で近江に勝とうなんて100年早かった。
「めんどくさい性格してるな」
「うん……」
はっきり言うところが近江らしい。変におれに期待しないで受け止めてくれてるってことなんだと思う。
正直、その言葉におれ自身もしっくりきた。
「まぁ、真面目の裏返しだろ。嫌なことなんて適度に切り捨てればいいのに」
それができればしんどいなんて思わずに済んだのだろうか。
「俺は好きならそれでいいじゃんって考えだけど。視覚に頼って生きてるんだから、見た目で判断するのも、それで好きになるのも、視線寄越すのも仕方ないだろ」
めんどくさいとわかった上で、近江の考えをちゃんと伝えてくれる。
おれに無理に寄り添うことはしないけど、でも、おれをちゃんと気遣ってくれているのがわかる。
「俺もお前が嫌だって言う女子みたいに顔に一目惚れしたわけだけど、俺も否定する?」
「…………しない」
しない。しないからズルいんじゃん。近江だけ。
ズルいってわかっていて、自分のことを優先していた。
「それが好きってことだろ、いいじゃんズルくても」
「うっ……」
肯定と言うには短絡的で、開き直りと言うには優しい近江の言葉に心が軽くなる。
近江の言葉が許しのように感じる。
「なんで泣くんだ。俺はお前に特別扱いされて嬉しいのに」
「あっ、雨降ってきたんだよ……」
「今にも降り出しそうな天気ではあるな」
降ってきたな、でいいじゃん……! そういうところが好きだけど……!
悔しくなって空いている手で近江の背中を叩くが、すぐに笑っただろう振動が伝わってきた。
「うぅ……。一目惚れって、いつ」
「受験のとき。銀髪にたくさんピアス開けた派手な美人が真剣にテスト受けてるんだ。見入るだろ」
「……」
テスト中に何してるの……。
「席順確認して受験番号の当たりつけて、合格発表のとき自分の番号より先に確認もしたな」
「えっと……」
なんか、一瞬で涙が引っ込んだ……。
「入学して早々に一目惚れしたやつにいきなり笑いかけられて、運が味方してるなって期待した」
「そんなことしたっけ……」
「そうやって無意識に愛想振り撒くから悩むんだろ」
「し、してないよ」
ため息が聞こえてきた。
「派手な見た目してるのに真剣な表情してたり、遅刻するのにノートは欠かさず写したり、つらそうな顔しながら笑顔振り撒いたり、不安げなのに誘いに乗ってきたり、アンバランスな繊細さにどんどん嵌った」
捻れて拗れてぐちゃぐちゃになっていたおれの蟠りを、まるで良いところのように言う。しかし言葉にされたことで蟠りと理解できて、しんどさが解かれていくようだ。
「でも真っ直ぐ見られたらどうなんだろうなって。見られたい、見てくるようにしたいって。江間と同じだな」
「お、同じかな……」
「俺が江間にノート貸したのも下心だし、お昼に誘ったのも、強引にピアス開けてもらったのも、かま掛けも、自分本位で動いただけだ。ズルいだろ?」
ズルい、のかもしれない。
でも全部近江にしてもらったと思っていたし、好きになるだけだった。
「たぶん俺の方がズルいし、少なくとも俺に罪悪感を抱く必要はないよ」
「……うん」
近江のこういう優しくて誠実なところが好きって、確信を持って言える。
呼吸を整えるために深く息を吸う。
近江の匂いがおれの中に広がるようで心臓は余計にドキドキしてきたけど、気分は落ち着いてくる。
「ね、近江」
「ダメ」
「まだ何も言ってないよ」
背中を叩いた後そのままにできていた手を、肩に移動させただけでわかったらしい。
逃げないから。ちゃんと顔を見て、今度はちゃんと言わせてほしい。
「近江」
「仕方ないな」
「それでいいから」
本当に仕方なさそうに、渋々という感じが伝わるようにゆっくりと体を離してくれた。
自分がズルいってことを認めて、視線を隠さずに真っ直ぐ向ける。近江だけが特別なんだから。
「おれ近江のことが好き。恋人になってくれる?」
「喜んで」
「え、わっ……!」
近江の返答に反応する暇もなく頭を引き寄せられた。
驚きと期待で反射的に目を瞑って待っていると、ふわりと柔らかい感触が降ってきた。
「おでこ……」
「残念そうな顔してるな。でもそっちはまた今度。それで?」
「それで……?」
いろんな感情が発生してるのに、ひとつとして確認する時間をくれない。
ちょっとひどくない……?
「他は? まだ悩みとか心配事あんの? 聞いておきたいんだよ。江間にまた逃げられるなんて嫌だから」
「ないよ、あ」
ないと思って即答したのに、すぐに浮かんできてしまった。
「あるんだな」
「いや、えっと……」
「言え」
首ごと逸らした視線を、顔を掴んで元の位置に戻される。
本当にめんどくさい性格してるよおれ……。うじうじと悩むような事柄がまだあった。
近江の方がやっぱり一枚上手で、ひどいんじゃなくておれのことを考えた結果、この対応が最善だったらしい。
「あー、あの。その、速水さんとはよく話すの?」
「あぁ、割と話しかけられるな」
「え……」
おれの不安は的中していた。
遅刻するせいで、おれのいない間の近江の交友関係を全然知らない。おれの知らないところでこれまでたくさん話して仲良くなっていたってことかな……。
不快な音を毎朝聞いているのに、いまだに遅刻は解消されていなくて、不安が募る。
若干登校する時間は早くなっている、はず。
「ほらその表情。聞いといて良かった」
「う……」
気分が沈んで、おれのおでこが近江の肩に逆戻りする。
「鷲尾さんと更科がまぁまぁ仲良いから、その延長線で、速水さんのお手伝い的な。どうやったら江間に懐かれるんだって」
「懐くって」
はたから見たらそんな感じだったのかな。でも懐くって、そんな犬猫みたいなニュアンスで言わなくても。
「なんか、近江、ちょっと口悪くなったね」
「……」
やられっぱなしじゃないぞ、と言い返してみたが反応がない。
下げた顔を上げ直して近江の顔を見ようとする。これはやり込めたのだろうか、それとも言っちゃまずいことだったのか。
「おうみ、うっ」
また後頭部を掴んで、肩に顔を押しつけられた。もう少しおれの頭を丁寧に扱ってよ。
でも少し見えた。おれが開けたピアスと一緒に、赤く染まった耳が、見えた。
このタイミングで赤くなるのか。不思議だなぁ。
「近江、耳赤い」
そろそろロブはホールが安定してきたんじゃないかなんて余裕をかましていたら、小さく舌打ちが聞こえてきた。
ずっと余裕な感じだったから、ちょっと崩せて嬉しくなる。
しかしそれも束の間、ブレザーが下に引っ張られた感覚がして、顔を上げる。
「ちょ、何してるの」
感覚があったところに手をやると、近江がおれのブレザーのポケットに手を突っ込んでいた。すぐに引き抜かれたけど何をしたんだ。
「やっぱりあった」
「何が、あ、飴? 忘れてた」
体を離されたことによって、飴を持った近江の手元が見えるようになる。
速水さんから貰ったやつ。その包装の口を切って中身を出し始めた。食べるの?
「はい、口開けて」
「え、別にいらなむぐ」
無理やり押し込まれた。
仕方なしに舌の上で転がすとミルクの甘い味が口の中に広がってくる。
「大事にとってないでさっさと消費してくれ」
「そういうわけじゃないよ」
飴を端に避けて言い訳をする。本当に忘れてただけだ。
余裕が戻ってきて再度顔を見ると、もう赤みが引いていた。さっき少し見えたのが幻みたいだ。
「速水さんに江間をあげるつもりはないけど、あの人悪い人じゃないよ。利用すれば? 江間が女子と話してれば他の女子からは話しかけられにくくなるだろ」
「利用ってそんなの」
「いい子ちゃんだな」
「棘がある」
でもおれのために言ってるってわかるから、すんなり受け止められる。
遠慮なくはっきりと伝えてくる近江の言葉には、おれも自然と言いたいことを言いたいように返せている気がする。
「いい子ちゃん同士友達にはなれるかもな。恋人ポジションは渡さないから、安心しな」
「!」
近江から恋人って言葉を使ってくれた。そう言葉にしてもらえただけで本当に心が穏やかになってくる。
しかも恋人ポジションって言い方が、ずっと欲しかった近江との居場所を得たことを示してくれてるようですごく嬉しい。
「はは、顔赤い」
指摘されて赤くなってるらしいことを知る。
これ、おれがしたことをやり返されたのか。言い返そうとして、でも言葉が思いつかない。せめてもと睨もうとしたところで、間延びした機械の鐘の音に邪魔された。
「あれ……? これなんのチャイム?」
「5限の終わりだな」
「えっ!」
5限? お昼休憩の終わりじゃなくて?
そんなに長く話していたんだ。じゃなくて、おれがサボるのはいいけど近江にまでそんなことをさせるなんて……!
「ご、ごめん! おれのせいで授業サボらせちゃって」
「江間の方が大事だから」
「っ……」
真っ直ぐに伝えられて顔が熱くなる。
「このまま6限もサボってもいいけど、どうする?」
「受けるよちゃんと……」
それも魅力的だけど、近江を不良にするわけにはいかない。テストも近いし。
「残念。真面目だな」
「別に、また進くんに不良! って言われちゃうから」
「俺より進か? 妬ける」
「ちが! 近江の家族に嫌われたくないだけだから!」
「ふぅん? それってどういうことか説明できる?」
「……っ!」
言い合いをしている内に次のチャイムが鳴り、結局6限もサボった。
遠慮なく言い返せるっていうのは、おれにとって特別なことだと思う。
この当然のことをしてチョコクロワッサンの最後のひと口を放り込む近江。
左側をあまり見ないように、あまり近江を視界に入れないように気をつける。しかしそう思えば思うほど、吸い寄せられているのは気のせいじゃない。
好意の孕んだ視線を送ることがなければ、おれみたいに苦しめることもないと思う。ただ好意が存在して、消せない時点でそれを行うのは無理だ。だからこそ、せめて顔を見ないように、見つめないようにと思っているのに、それすら難しい。
何も解決しないまま、近江と一緒にいたいという自分の気持ちを優先していた。
「はー……」
このままじゃダメだって思うのに、どうすればいいかわからない。どうしたいかもわからない。
惰性のまま今の関係を壊さないように、解決を先延ばしにしているだけだ。
近江は食べ終わった菓子パンの袋を丁寧に畳んでいた。毎回やっていて律儀だなと思う。
「なに? なんか顔についてる?」
「つ、ついてないよ」
目が合った。やば、また吸い寄せられていた。サッと逸らそうとして、その前に話しかけられる。
「そう? やたら顔見てくるからさ」
「き、気のせいだよ」
見ていたのを誤魔化すように、おれも食べ終えたお弁当箱の蓋を閉める。手を合わせてごちそうさまもすれば、自然な感じが出せているだろう。
「ふぅん? 今日だけじゃないから、俺の顔が好きで見てんのかと思ったのに」
「……」
お弁当箱を袋に入れて、紐を結ぶ自分の手元を見続ける。
そんなに見ていたかな。
とにかくこの流れは良くない。パンのかけらがついているとか言った方がよかったかもしれない。
「違った?」
「すっ、好きだけど……」
尻すぼみになりつつ正直に答える。だって嫌いとは言えないし。なんて言うのが正解なんだ。
なんでこんなこと言ってくるの。これってもしかして俺のそういう視線がバレてて、わかってて聞かれてるってことなの?
「顔だけ?」
「ち、違う! おれは近江が好きなの……!」
めっちゃタイプだけど……!
顔だけじゃない。きっかけは見た目だったけど、それだけが好きなわけじゃない。
見た目で近づいて好意を向けてくる女子に、嫌だと思った自分を隠したくて、自分は違うって言いたくて勢いで言葉を発した。
「俺のことが好きなんだ?」
「あ……。え?」
近江の顔を見て、自分が何を言ったのか、何を言われたのか思い出そうとする。たった数秒前のことに靄がかかっている。
自分が女子にしてきた好意の否定も、ダメだと思いながら近江にした行いも、罪のような行いを少しでも軽くしたいと思った。
今はまだマスクをしていないから、近江の顔を窺うことがことができる。
メガネの奥から向けられる強いのに柔らかさを感じる視線と、口角をゆるく上げて微笑んでいる口元。割と見る近江の表情だ。
それなのに焦燥感が増していく。なんでだろうと靄を晴らした瞬間、言いてはいけないことを言ったと気づいてしまった。
「ち、ちが! なんでもないから!」
「え? なんで青くなんの?」
頭が冷えて、だけど冷静ではいられなくなる。とにかくここから一度逃げたい気持ちでいっぱいだ。
逃げようとして、しかし腰を浮かすだけで終わった。
近江に腕を掴まれて思いっきり引っ張られ、前に倒れそうになってベンチに手をつく。
「は、離して」
「江間」
腕を強く握りこまれていて外せない。近江のことになると何故が真っ先に逃げの選択肢を取りたくなる。
「お、近江……! なんでもないから、忘れて」
「なんで?」
「なんでって」
言うつもりなんてなかった。知られたくなかった。
欲しいと思いながら、具体的なことなんて何も考えていなかったせいでパニックだ。
「好きなやつが好きって言ったんだ。忘れるわけないだろ」
「はっ……?」
なんて言った? 今は何も聞きたくなくて、言葉の意味を理解するのを拒否する。しかし真剣な言葉の調子は聞き取れていて、抵抗を忘れた。
力を抜いたせいで、引かれる力のままに近江の方へ体が傾いて抱きとめられる。
え、何、どういうこと。近江に抱きしめられてる……?
「近江っ、うぶっ」
「逃げんな」
後頭部をグッと押さえつけられて、近江の肩に鼻が思いっきりぶつかる。
「いいから聞け」
「っ!」
耳元で喋られて息がかかった。
それに、声を耳から直接脳に届けられるようで、ゾクゾクして力が抜ける。
「江間」
「……うん」
逃げたいのに、離してって言いたいのに、抱きしめられているのが心地よくて動けない。
「俺も江間のこと好きだよ」
「…………?」
頭にハテナがたくさん並んだ。
え、好き、って言われた……? それってどういう意味で、どういう意味の好きなんだ……? なんでそう言われたのかわからないし、唐突で、思考が退化していく。ハテナすら消えて頭が真っ白だ。
「聞いてんのか」
「いたっ」
背中を叩かれた。軽く叩かれただけだから全然痛くないけど反射的に言葉が出る。
「江間のことが好きだって言ってんの」
「……」
トリップしかけた思考から戻ってきたのに、また同じ言葉が聞こえてきた。
今度は頭から消えないように何度も反芻する。たっぷり時間をかけて、ようやく、今度こそ、脳が言葉を受け入れて、理解する。
「近江おれのこと好きなの? そういう意味で……?」
「あぁ」
「ま、待って。おれ、男だよ?」
「知ってる」
理解したのにまた別のハテナが浮かんできた。性別は知ってるだろうけど、そうじゃなくて。
おれは男だし近江も男だ。それなのに好きってどういうこと。
「お前もそうだろ」
も……?
聞き直す前にそんな言い方をされる。
「元々お、男が好きな人?」
「うん」
「え……」
こんな近くに性的指向が同じのやつがいるなんて思ってもみなかった。
近江の指向がどうなのかなんて考えることもなく、ヘテロだって決めつけていた。
自分の悩みの起因はここからきているはずなのに。自分がマイノリティだったせいで女子からの好意にしんどさを覚えていたのに、本当に考えが及んでいなかった。
自分のことばかりで相手のことなんて何も考えられていない。
「近江のことヘテロだって思い込んでた……」
「俺もカミングアウトしようとは思ってないからな。ストレートがわざわざ言わないんだから俺だって言わなくていいだろ」
「それは、たしかに」
おれの考え方とは違うけど、おれも言うつもりはない。
「それで悩んでて逃げようとしたのか? 指向が一致してるなら問題ないだろ」
「……」
悩んでいなかった。
マイノリティの人間なら相手の性的指向なんて真っ先に悩むところであろうに。悩んでいたのはそこじゃない。
「違うのか?」
「いや……」
違う、ということもない。指向が関わっているから。
元々男が好きということが一致しているなら、おれは近江に好意を向けていいのだろうか。でも例え一致していても、女子からの好意を否定してきたおれがしていいことなのかな。
おれって何に悩んでいるんだろう。こんがらがってわけわかんなくなってきた。
「あの、近江」
「言うまで離さないよ」
「う……」
抱き留める力が強くなった。
自分でもわからなくなってきたから時間がほしいのに。
「好きなやつが告白してきたのに怯えたみたいな顔されて。ここで離してやるほど優しくないから」
告白なんて烏滸がましい。そんな大層なものじゃない。ただうっかり言葉が漏れただけ。おれがちゃんと向き合わなかったから。
友人以上が欲しいと思ったけど、それを近江に向けるのは苦しめるだけとも思っていたから。好きって気持ちがあるだけで、告白なんて全然考えていなかった。思考停止のまま今に至っていた。
催促するように頭をコツンとぶつけられた後、ベンチに置くだけになっていた手を握られた。
片方は頭を撫でてくれて、片方は手を握ってくれる。これのどこが優しくないんだ。
「っ、お、近江」
「うん」
上から握られている近江の手に、動かせる親指を使っておれから触れる。
もう片方の空いてる手を近江に添える勇気はないけど、今ある、なけなしの勇気を振り絞る。
「その、おれ、なんかすごい女子に受ける顔してるみたいで、寄ってこられることが多くて。でもおれは男を好きになる性質だったから、そういう視線を向けられるのが嫌で、すごいしんどくて。その好意と視線を、ひ、否定してきたんだ」
嫌な言い方しかできない。人によっては嫌味として捉えられるだろう。
おれの汚いところを自ら晒していくなんて恥ずかしくてしたくない。でも心拍数が上がっていくのと一緒に、言葉がボロボロと溢れてくる。
「それなのに近江のこと好きになってて。近江のこと見ちゃうんだ。ダメだよなって思うのに……。おれが嫌だと思ったことを同じことをしてしまうことになるんじゃないかって」
「うん」
「そ、それに視線向けられるの嫌だったのに、近江にならしてほしいって思うし」
結局気持ちを消すことはもちろん、少しも隠すことができずに、近江に言われるくらい視線を向けていた。
「そんなの、ズルくて汚いじゃん」
「俺だけ特別扱いしてくれるってことだろ」
「もっ……」
間髪入れずにおれとは全然違う考えを返された。
近江の言いようにずるずると頭が落ちていく。肩におでこがついた状態で、せめてもの抵抗として小声で「物は言いよう過ぎる」と食い下がる。なんでこんなことに抵抗しているのかわからないけど。
「ポジティブって言え」
「うぅ」
その通りだ……。おれがネガティブで前向きな考え方ができないだけだ。
口で近江に勝とうなんて100年早かった。
「めんどくさい性格してるな」
「うん……」
はっきり言うところが近江らしい。変におれに期待しないで受け止めてくれてるってことなんだと思う。
正直、その言葉におれ自身もしっくりきた。
「まぁ、真面目の裏返しだろ。嫌なことなんて適度に切り捨てればいいのに」
それができればしんどいなんて思わずに済んだのだろうか。
「俺は好きならそれでいいじゃんって考えだけど。視覚に頼って生きてるんだから、見た目で判断するのも、それで好きになるのも、視線寄越すのも仕方ないだろ」
めんどくさいとわかった上で、近江の考えをちゃんと伝えてくれる。
おれに無理に寄り添うことはしないけど、でも、おれをちゃんと気遣ってくれているのがわかる。
「俺もお前が嫌だって言う女子みたいに顔に一目惚れしたわけだけど、俺も否定する?」
「…………しない」
しない。しないからズルいんじゃん。近江だけ。
ズルいってわかっていて、自分のことを優先していた。
「それが好きってことだろ、いいじゃんズルくても」
「うっ……」
肯定と言うには短絡的で、開き直りと言うには優しい近江の言葉に心が軽くなる。
近江の言葉が許しのように感じる。
「なんで泣くんだ。俺はお前に特別扱いされて嬉しいのに」
「あっ、雨降ってきたんだよ……」
「今にも降り出しそうな天気ではあるな」
降ってきたな、でいいじゃん……! そういうところが好きだけど……!
悔しくなって空いている手で近江の背中を叩くが、すぐに笑っただろう振動が伝わってきた。
「うぅ……。一目惚れって、いつ」
「受験のとき。銀髪にたくさんピアス開けた派手な美人が真剣にテスト受けてるんだ。見入るだろ」
「……」
テスト中に何してるの……。
「席順確認して受験番号の当たりつけて、合格発表のとき自分の番号より先に確認もしたな」
「えっと……」
なんか、一瞬で涙が引っ込んだ……。
「入学して早々に一目惚れしたやつにいきなり笑いかけられて、運が味方してるなって期待した」
「そんなことしたっけ……」
「そうやって無意識に愛想振り撒くから悩むんだろ」
「し、してないよ」
ため息が聞こえてきた。
「派手な見た目してるのに真剣な表情してたり、遅刻するのにノートは欠かさず写したり、つらそうな顔しながら笑顔振り撒いたり、不安げなのに誘いに乗ってきたり、アンバランスな繊細さにどんどん嵌った」
捻れて拗れてぐちゃぐちゃになっていたおれの蟠りを、まるで良いところのように言う。しかし言葉にされたことで蟠りと理解できて、しんどさが解かれていくようだ。
「でも真っ直ぐ見られたらどうなんだろうなって。見られたい、見てくるようにしたいって。江間と同じだな」
「お、同じかな……」
「俺が江間にノート貸したのも下心だし、お昼に誘ったのも、強引にピアス開けてもらったのも、かま掛けも、自分本位で動いただけだ。ズルいだろ?」
ズルい、のかもしれない。
でも全部近江にしてもらったと思っていたし、好きになるだけだった。
「たぶん俺の方がズルいし、少なくとも俺に罪悪感を抱く必要はないよ」
「……うん」
近江のこういう優しくて誠実なところが好きって、確信を持って言える。
呼吸を整えるために深く息を吸う。
近江の匂いがおれの中に広がるようで心臓は余計にドキドキしてきたけど、気分は落ち着いてくる。
「ね、近江」
「ダメ」
「まだ何も言ってないよ」
背中を叩いた後そのままにできていた手を、肩に移動させただけでわかったらしい。
逃げないから。ちゃんと顔を見て、今度はちゃんと言わせてほしい。
「近江」
「仕方ないな」
「それでいいから」
本当に仕方なさそうに、渋々という感じが伝わるようにゆっくりと体を離してくれた。
自分がズルいってことを認めて、視線を隠さずに真っ直ぐ向ける。近江だけが特別なんだから。
「おれ近江のことが好き。恋人になってくれる?」
「喜んで」
「え、わっ……!」
近江の返答に反応する暇もなく頭を引き寄せられた。
驚きと期待で反射的に目を瞑って待っていると、ふわりと柔らかい感触が降ってきた。
「おでこ……」
「残念そうな顔してるな。でもそっちはまた今度。それで?」
「それで……?」
いろんな感情が発生してるのに、ひとつとして確認する時間をくれない。
ちょっとひどくない……?
「他は? まだ悩みとか心配事あんの? 聞いておきたいんだよ。江間にまた逃げられるなんて嫌だから」
「ないよ、あ」
ないと思って即答したのに、すぐに浮かんできてしまった。
「あるんだな」
「いや、えっと……」
「言え」
首ごと逸らした視線を、顔を掴んで元の位置に戻される。
本当にめんどくさい性格してるよおれ……。うじうじと悩むような事柄がまだあった。
近江の方がやっぱり一枚上手で、ひどいんじゃなくておれのことを考えた結果、この対応が最善だったらしい。
「あー、あの。その、速水さんとはよく話すの?」
「あぁ、割と話しかけられるな」
「え……」
おれの不安は的中していた。
遅刻するせいで、おれのいない間の近江の交友関係を全然知らない。おれの知らないところでこれまでたくさん話して仲良くなっていたってことかな……。
不快な音を毎朝聞いているのに、いまだに遅刻は解消されていなくて、不安が募る。
若干登校する時間は早くなっている、はず。
「ほらその表情。聞いといて良かった」
「う……」
気分が沈んで、おれのおでこが近江の肩に逆戻りする。
「鷲尾さんと更科がまぁまぁ仲良いから、その延長線で、速水さんのお手伝い的な。どうやったら江間に懐かれるんだって」
「懐くって」
はたから見たらそんな感じだったのかな。でも懐くって、そんな犬猫みたいなニュアンスで言わなくても。
「なんか、近江、ちょっと口悪くなったね」
「……」
やられっぱなしじゃないぞ、と言い返してみたが反応がない。
下げた顔を上げ直して近江の顔を見ようとする。これはやり込めたのだろうか、それとも言っちゃまずいことだったのか。
「おうみ、うっ」
また後頭部を掴んで、肩に顔を押しつけられた。もう少しおれの頭を丁寧に扱ってよ。
でも少し見えた。おれが開けたピアスと一緒に、赤く染まった耳が、見えた。
このタイミングで赤くなるのか。不思議だなぁ。
「近江、耳赤い」
そろそろロブはホールが安定してきたんじゃないかなんて余裕をかましていたら、小さく舌打ちが聞こえてきた。
ずっと余裕な感じだったから、ちょっと崩せて嬉しくなる。
しかしそれも束の間、ブレザーが下に引っ張られた感覚がして、顔を上げる。
「ちょ、何してるの」
感覚があったところに手をやると、近江がおれのブレザーのポケットに手を突っ込んでいた。すぐに引き抜かれたけど何をしたんだ。
「やっぱりあった」
「何が、あ、飴? 忘れてた」
体を離されたことによって、飴を持った近江の手元が見えるようになる。
速水さんから貰ったやつ。その包装の口を切って中身を出し始めた。食べるの?
「はい、口開けて」
「え、別にいらなむぐ」
無理やり押し込まれた。
仕方なしに舌の上で転がすとミルクの甘い味が口の中に広がってくる。
「大事にとってないでさっさと消費してくれ」
「そういうわけじゃないよ」
飴を端に避けて言い訳をする。本当に忘れてただけだ。
余裕が戻ってきて再度顔を見ると、もう赤みが引いていた。さっき少し見えたのが幻みたいだ。
「速水さんに江間をあげるつもりはないけど、あの人悪い人じゃないよ。利用すれば? 江間が女子と話してれば他の女子からは話しかけられにくくなるだろ」
「利用ってそんなの」
「いい子ちゃんだな」
「棘がある」
でもおれのために言ってるってわかるから、すんなり受け止められる。
遠慮なくはっきりと伝えてくる近江の言葉には、おれも自然と言いたいことを言いたいように返せている気がする。
「いい子ちゃん同士友達にはなれるかもな。恋人ポジションは渡さないから、安心しな」
「!」
近江から恋人って言葉を使ってくれた。そう言葉にしてもらえただけで本当に心が穏やかになってくる。
しかも恋人ポジションって言い方が、ずっと欲しかった近江との居場所を得たことを示してくれてるようですごく嬉しい。
「はは、顔赤い」
指摘されて赤くなってるらしいことを知る。
これ、おれがしたことをやり返されたのか。言い返そうとして、でも言葉が思いつかない。せめてもと睨もうとしたところで、間延びした機械の鐘の音に邪魔された。
「あれ……? これなんのチャイム?」
「5限の終わりだな」
「えっ!」
5限? お昼休憩の終わりじゃなくて?
そんなに長く話していたんだ。じゃなくて、おれがサボるのはいいけど近江にまでそんなことをさせるなんて……!
「ご、ごめん! おれのせいで授業サボらせちゃって」
「江間の方が大事だから」
「っ……」
真っ直ぐに伝えられて顔が熱くなる。
「このまま6限もサボってもいいけど、どうする?」
「受けるよちゃんと……」
それも魅力的だけど、近江を不良にするわけにはいかない。テストも近いし。
「残念。真面目だな」
「別に、また進くんに不良! って言われちゃうから」
「俺より進か? 妬ける」
「ちが! 近江の家族に嫌われたくないだけだから!」
「ふぅん? それってどういうことか説明できる?」
「……っ!」
言い合いをしている内に次のチャイムが鳴り、結局6限もサボった。
遠慮なく言い返せるっていうのは、おれにとって特別なことだと思う。
