ラストノート

『五月七日
 忙しさが激しくなっていく。要はちゃんと自分の体の事を考えているのだろうか。最近、少し痩せたみたいだ。
 何か栄養のあるものを作って置いておこうと思う。何が良いかな、ポトフなら温めるだけでいつでも食べられるし、肉も野菜も入れられるな。減量はしてないはずだけど、やっぱり体系は気にしているみたいだから。』


 久しぶりに彼の合い鍵を使って入った部屋で、俺は泥棒でもするかのように、あのメモを探し出すと、更新されている内容を読んでいく。あの日から日記はほぼ毎日のように更新されていた。
 クローゼットから投げるように出した彼の服の上に倒れ込んで、彼の香りに包まれながら、印残されている愛情の欠片を拾い集める。
 メモ帳はクローゼットの奥にある、時計入れの小箱の中に隠されていた。見つけた瞬間は、恐怖に似た戸惑いが身体を震わせるけれど、伸ばした手は引っ込める事はできなかった。
 手に取った瞬間力が抜けて、部屋を片付けなくては、と思う反面、体が全ての機能を失ったかのように崩れ落ちる。俺はその場に座り込み、寝転ぶと、唯一動く指先を擦ってメモ帳を開いた。
 居ない俺の事を、愛してくれているという奇跡が、そこには惜しげもなく綴られている。
 会えない日々が嘘のように胸の内側が、温かく満たされていく。
 何人前だよ、と笑ってしまった、鍋に大量に残されていたポトフ。
 綺麗に畳んでアイロンまで掛けてくれた服。
 俺が出ている番線の、バラエティーからニュース、俺が主演しているドラマまで。
 何を一つとっても、彼の愛がそこら中に散らばっている。
 こんなメモ帳の中にまで、煌めきが隠されている。
 やはり、終わりなんて信じられない。
 俺はページを捲った。

『五月十二日
 要から電話を貰うたびに、彼が俺に対して時間を作れない事を悔いている事が通じてくる。隠してるつもりなのかな、俳優のくせに、俺に嘘を吐くのは苦手なようだ。
 要のかわいいところ。
 きっとこんな不器用な人なんて、みんな知らないんだろうな。』


「知る訳ねえじゃん」
 俺は優越感に浸っている彼の文字が微笑ましくて、思わず笑ってしまう。可愛いのはどっちだよ。
 俺はページを捲った。


『五月十三日
今日は検査日。
 何度検査しても、検査結果は変わらないけれど、治療してれば治るかもしれない。
 治ったら、このメモも不要になる。』

 検査?
 初めて出てくる単語に起き上がると、俺は日付を確認した。
 ——五月十四日。
 ――検査、治療?
 俺はメモをその場に置くと、彼の机のペン立てから引き出しの中、全てを探った。しかし、検査という言葉にたどり着きそうなものは出てこない。それからテーブルやベッドサイドのありとあらゆる死角を漁った。
 なんだよ、検査とか治療って。
 何一つ聞いたことのない言葉に、俺は何を考えればいいのかすらわからず、ただ慌ただしく警鐘のように鳴り響く鼓動を落ち着かせたくて、夢中で何か手がかりを探した。
 部屋を荒らしてあとで葵が、怒るだろうな、なんて、今はそんな事を言ってる場合じゃないのに。浮かんでくる葵の、子供を叱るような笑顔が、浮かんで、滲んで、俺は叫びたくなった。
 なんだよ。
 何の話だよ!
 俺は掴んだクッションを壁に投げつけた。
 微かな衝撃音を出して床に落ちたそれを、荒くなる息のまま見つめてから、俺は再びしゃがみ込んで、ベッドの下や参考書の間を確認する。
 治療、検査というのだから、保険証や診察券があるはずだ。
いや、今日検査結果というのだから、それらは持って家を出ているだろう。なら学校へ行けば捕まるだろうか。
 時計を確認すれば、時間は午前十時半を指していた。今から行けば授業に当たるはずだ。
俺は考えるよりも早く、そのメモを握りしめたまま、部屋を飛び出した。