神花の姫と夜叉王の加護

霧が立ちこめる深夜、屋敷の闇はいつもより一層重く、沈んでいた。
浅葱はいつものようにひっそりと庭を掃いていたが、心の中には不安が渦巻いていた。

朱鷺の策は執拗を極め、ついに浅葱の命を狙う段階にまで達していたのだ。
密かに仕組まれた罠が、彼女を絶体絶命の危機へと追い込んだ。

「浅葱、お前が死ねば、全てが丸く収まるのよ」

朱鷺の冷ややかな笑いが、遠く闇の中から響く。
だが浅葱はまだ知らなかった。
背後に迫る危機の気配も、その手が自分の命を奪おうとしていることも。

「くっ……!」

突然、足元の土が崩れ、浅葱は深い穴に落ちてしまう。
冷たい闇に包まれ、息も詰まりそうになる。
身体は動かず、心は折れそうだった。

「もう終わりなのか……?」

涙が頬を伝い、膝を抱えて縮こまるその時、闇の中から一筋の光が射し込んだ。
夜叉王が現れたのだ。

「浅葱!」

彼の声は静かで強く、命の灯火のように彼女の胸に届く。
夜叉王は黒い甲冑の手を伸ばし、浅葱を掴みあげた。

「まだ終わりではない。お前にはまだ、立つべき場所がある」

浅葱の目が光を受けて揺れた。
だが、もはや彼の救いだけを待ってはいられない。
彼女の中に眠る神の加護が、激しく燃え始めていた。

「私の力……」

身体を包む温かさと光の奔流が全身を駆け巡る。
冷たく締めつけていた絶望が、熱い希望に変わった。
自らの意志で、彼女は内なる力を解き放ったのだ。

輝く蒼白の光が、穴の闇を切り裂き、浅葱の身体を包み込む。
まるで神々の祝福そのものが降り注ぐように。

「私は、誰かに選ばれるだけの存在じゃない――」

その声は震えながらも、どこか凛としていて力強かった。
浅葱は夜叉王の手をしっかりと握り返し、深い闇から這い上がった。

夜叉王は彼女の覚醒を見届けて、穏やかに微笑んだ。

「これからは、お前自身の力で道を切り開け」

そう言うと、闇の中に消えていった。
浅葱は残された光の中で、これまでの自分を振り返った。

「依存ではない。私が私であるために――」

覚醒した浅葱の目には、もう迷いも弱さもなかった。
彼女の物語は、ここから本当の意味で始まるのだ。