夜叉王に選ばれた浅葱の名は、常夜の国じゅうに広まっていった。
かつては影のように生きてきた少女が、一夜にして運命の中心に躍り出たのだ。
それは朱鷺にとって、あまりに耐えがたい屈辱だった。

「浅葱が、私の居場所を奪うだなんて……！」

朱鷺の瞳は激しい嫉妬に燃え上がっていた。
彼女にとって神の花嫁の座は単なる名誉ではなく、父母の愛情と尊敬を勝ち取る唯一の手段だった。
だが、あの薄汚れた妹が、己の座を奪い取った。

「絶対に許さない――！」

朱鷺は呪詛のような言葉を呟きながら、屋敷の奥深くで密かに動き始める。
表向きは従順な令嬢の顔を保ちつつ、裏ではあらゆる策略を巡らせた。

まずは浅葱の評判を地に落とすことから始めた。
使用人たちにこっそり「神の花嫁にふさわしくない汚れた血筋」と吹き込む。
ある夜には、浅葱の手紙を偽造し、夜叉王に「浅葱は偽りの加護を使っている」という密告を装って送りつけた。

しかし、そのどれもが失敗に終わる。
夜叉王は冷静に調査し、浅葱の潔白を証明したのだ。
むしろ、彼の信頼は浅葱へと深まっていった。

焦りは朱鷺の心をむしばんだ。
嫉妬はやがて恐怖に変わり、「このままでは全てを失う」という絶望が襲う。

一方、浅葱もまた、心の奥で変化を感じていた。

「わたしは、選ばれたいのではない……自分の力で、この人生を生きたい」

そう強く思うようになったのだ。母が残した言葉、夜叉王の視線、そして何より自分自身の目覚める力が彼女を支えていた。

「私が弱いままでいたら、誰かの犠牲になるだけだもの」

浅葱は掃除用の雑巾を握りしめ、静かに決意を固める。

だが、悪意はまだ終わらない。朱鷺は次第に陰険で執拗な罠を用意し、浅葱の前に立ちはだかった。

「浅葱、お前の正体がばれたら、どうなるかわかっているだろう？」

朱鷺の言葉は刃のように鋭く、周囲の人間を巻き込んで浅葱を孤立させようとした。

それでも浅葱は折れなかった。支えてくれる夜叉王の存在と、自らの覚悟が、彼女の胸を強くしていた。

そして何よりも、浅葱は気づき始めていた。
悪役である朱鷺の嫉妬や策略は、決して単なる憎しみではない。
それは「誰かに認められたい」という切実な欲望の裏返しだということを。

だが、だからこそ、彼女たちの道は決して交わらない。

「わたしはわたしの道を行く」

浅葱の目には、かつてない強さが宿っていた。