その日、常夜(とこよ)の国は静かな緊張に包まれていた。
春の光は柔らかく降り注ぎ、庭の藤の花は薄紫の香りを揺らせている。
屋敷の広間は神殿からの使者を迎えるために飾り付けられ、紅白の布が天井から流れ落ち、朱鷺の家門にとっての最大の晴れ舞台を演出していた。
「これで最後よ、浅葱。今日の選定で私が選ばれなければ、この家も終わりなのだから」
朱鷺は自信に満ちた笑みを浮かべながらも、どこか焦りが隠せずにいた。
浅葱はその横で、正座を崩さずに静かに耳を傾けている。
彼女の心はどこか落ち着かず、しかし何かが動き始めていることを感じていた。
やがて、重厚な和太鼓の音とともに、神殿の使者が屋敷の門をくぐる。
黒漆の甲冑に身を包み、漆黒の長髪を揺らす男――夜叉王の到来である。
その姿は神話の獣の如く、威厳と冷酷さをたたえていた。
目は夜の闇のように深く、誰もが一瞬で言葉を失う。
「花嫁候補の者よ、前に出よ」
その声は凛としていて、どこか神聖さを帯びていた。
朱鷺は胸を張り、浅葱の前を歩き出す。
彼女は自らの運命を疑わなかった。
「わたくしが、神の花嫁にふさわしいと、神々が認めてくださるはず――」
しかし、夜叉王の視線は朱鷺には止まらなかった。
それはまるで、薄い霧を抜けて真実を見透かすように、浅葱の胸元へと向けられた。
「浅葱よ、お前の心、そして魂は澄み渡っているか?」
周囲の者たちはどよめいた。
あの冷酷な夜叉王が、こんな言葉を――?
浅葱は驚きのあまり動けなかったが、その目は揺るがなかった。
胸の奥に、小さな炎が灯るように温かい感覚が広がっていた。
朱鷺は顔を曇らせた。
嫉妬と焦りが彼女を支配する。
「なぜ、私ではないの? 私は美しく、家の誇りよ。あの醜い妹など――」
「言葉を慎め、朱鷺」
夜叉王の声は鋭く響き渡った。誰もがその威圧に震え上がった。
「神の花嫁は、美しさだけで選ばれるわけではない。真に清らかで、己を知り、他を思いやる者こそが選ばれるのだ」
浅葱は静かに息を吐き、心の奥の力が揺らめくのを感じた。
彼女の足元に、淡い光が宿ったように見えた――それは神の加護の証であり、選ばれし者の印。
「私は、私の居場所を探していた。誰かに認められたい、愛されたいと思っていた。でも、それだけじゃない。私は自分で歩くの」
夜叉王はその言葉を聞き、ゆっくりと浅葱に向かって頷いた。
「よい。これが真の神の花嫁の心だ」
朱鷺の表情は崩れ落ち、周囲の期待は大きく揺らいだ。
この瞬間から、常夜の国の運命が大きく動き出したのだった。
春の光は柔らかく降り注ぎ、庭の藤の花は薄紫の香りを揺らせている。
屋敷の広間は神殿からの使者を迎えるために飾り付けられ、紅白の布が天井から流れ落ち、朱鷺の家門にとっての最大の晴れ舞台を演出していた。
「これで最後よ、浅葱。今日の選定で私が選ばれなければ、この家も終わりなのだから」
朱鷺は自信に満ちた笑みを浮かべながらも、どこか焦りが隠せずにいた。
浅葱はその横で、正座を崩さずに静かに耳を傾けている。
彼女の心はどこか落ち着かず、しかし何かが動き始めていることを感じていた。
やがて、重厚な和太鼓の音とともに、神殿の使者が屋敷の門をくぐる。
黒漆の甲冑に身を包み、漆黒の長髪を揺らす男――夜叉王の到来である。
その姿は神話の獣の如く、威厳と冷酷さをたたえていた。
目は夜の闇のように深く、誰もが一瞬で言葉を失う。
「花嫁候補の者よ、前に出よ」
その声は凛としていて、どこか神聖さを帯びていた。
朱鷺は胸を張り、浅葱の前を歩き出す。
彼女は自らの運命を疑わなかった。
「わたくしが、神の花嫁にふさわしいと、神々が認めてくださるはず――」
しかし、夜叉王の視線は朱鷺には止まらなかった。
それはまるで、薄い霧を抜けて真実を見透かすように、浅葱の胸元へと向けられた。
「浅葱よ、お前の心、そして魂は澄み渡っているか?」
周囲の者たちはどよめいた。
あの冷酷な夜叉王が、こんな言葉を――?
浅葱は驚きのあまり動けなかったが、その目は揺るがなかった。
胸の奥に、小さな炎が灯るように温かい感覚が広がっていた。
朱鷺は顔を曇らせた。
嫉妬と焦りが彼女を支配する。
「なぜ、私ではないの? 私は美しく、家の誇りよ。あの醜い妹など――」
「言葉を慎め、朱鷺」
夜叉王の声は鋭く響き渡った。誰もがその威圧に震え上がった。
「神の花嫁は、美しさだけで選ばれるわけではない。真に清らかで、己を知り、他を思いやる者こそが選ばれるのだ」
浅葱は静かに息を吐き、心の奥の力が揺らめくのを感じた。
彼女の足元に、淡い光が宿ったように見えた――それは神の加護の証であり、選ばれし者の印。
「私は、私の居場所を探していた。誰かに認められたい、愛されたいと思っていた。でも、それだけじゃない。私は自分で歩くの」
夜叉王はその言葉を聞き、ゆっくりと浅葱に向かって頷いた。
「よい。これが真の神の花嫁の心だ」
朱鷺の表情は崩れ落ち、周囲の期待は大きく揺らいだ。
この瞬間から、常夜の国の運命が大きく動き出したのだった。



