海斗の提案が部屋に響いた。

「お前が子供の頃に、裏の蔵を改造して作ったボロ工房か」

「そうです。あそこは腐ったボロ工房。雨漏りもする。湿気も酷いしカビも生えてる……寒くて眠れないかもしれないが……そこに萌黄姉さんを住まわせる。どうですか?」

「えっ……! お姉ちゃんの大嫌いなナメクジも出ますかぁ?」

 真白が嬉しそうに聞いた。

「もちろん出ます。古い竈もありますから、そこで食事もさせましょう。臭くて不潔で最悪な場所です」

「きゃー! 海斗様最高ですわ! 惨めで最高! 陸一郎さん、良いのではないでしょうか?」

 やはり海斗も二人の味方……涙が溢れるが、海斗から貰った魔道具が布団に隠れた胸元を温かく包んでくれた。

 『大丈夫、安心して……俺を信じてください』

 そんな優しい言葉が伝わってくるような。
 一瞬、海斗が振り返ってこちらを見て、頷いた。

「あそこはお前が留学してからは、確かに手つかずだ。もともと餓鬼の遊びのような改造蔵。人が住むようなところではないだろう。……よし、いいだろう」

 人が住むようなところではない、と言って妻に住まわせる精神。
 この男は、自分を家畜以下だと思っている……と萌黄は思う。

「それでは、病気を治す間だけは俺の部屋にいてもらいますよ。伝染しても困りますからね」

「え~……海斗様のお部屋に……ずっるい……」

 真白は小声で何か文句を言っている。
 そして思い切り、萌黄を睨んだ。
 海斗が真白とベッドの萌黄の間に入るように、スッと立ち場所を変えた。

「さぁ、萌黄姉さんの風邪がうつりますよ? 出て行ってくださいね」

「……いいだろう。さぁ真白行こう。今日は最高級の鯛を仕入れている」

「まぁ素敵なディナーね。海斗様もご一緒に」

「いえ、俺は……勉強がありますので」

「そういえば、お前、留学先の学校は?」

「半年休学してきました。帝都で学びたいこともあっての一時帰国です。学校のことは俺が決めますので」

「……まぁいい。萌黄、弟に甘えることなく、早く私に似合う妻となるよう反省するがいい」

「……は、はい……」

「さぁさぁ! 風邪がうつりますよ!」

 最後は海斗が強引に二人を部屋から追い出した。
 萌黄は今の二人との会話で、精力がまた抜かれた気がしてぐったりとしてしまう。

「萌黄姉さん……! 疲れましたよね……あまりに酷い話に俺もびっくりしてしまった……」

 海斗がベッドの横の丸椅子にどっかりと座り、ため息をついた。
 
「……すみません……恥ずかしいところを見られてしまって……」

「萌黄姉さんは、何も恥ずかしくありませんよ。兄が、貴女と結婚したと留学先で友人からの手紙を受け取ったのが一週間前。それから急いで帰国しましたが一週間もかかってしまって遅くなってしまいました。怖い思いをさせましたね」

「そんな海斗さんが謝ることではありません……どうして、帰国を?」

「それは……兄が結婚するなどど寝耳に水でしたし、まさか相手が貴女だなんて……耐えきれずに帰国してしまったんです」

「え?」

「いえ、ご挨拶をしたくって……あ、先程の工房の話ですがナメクジなんて一匹もいませんからね!?」

「はい……なんとなくわかりました」

「よかった。俺の宝物の工房なんです。気に入ってくれると嬉しいです。」

「そんな大事な場所に……私を?」

「はい! とりあえず熱が下がるまでは此処で休んでくださいね。……俺が必ず貴女を守ります」

「……あ、ありがとうございます」

 それから三日間、海斗は自室のソファで寝ながら萌黄を献身的に看病してくれた。

 何度か真白が様子を見に来たが、海斗が追い返してくれたのだ。
 熱が下がって元気になって風呂にも入り、海斗が用意してくれた美しい着物を着る。
 
「萌黄姉さん……! 見違えるほど元気になって、着物もよくお似合いです」
 
「海斗さん、何から何までありがとうございます。こんな高価なお着物……すみません。私、一銭ももっていないのです。お支払いができません」

「何を言うのです。これは……俺からの贈り物ですから気になさらずに。本当に綺麗です」

「え……あ、あの大事にいたします。ありがとうございます。なんだか初対面であんなボロボロの汚い姿を見られてしまって……お恥ずかしいです」

「頼って頂けて嬉しかったですよ。これからもお守りしますから俺を頼ってくださいね。萌黄姉さん」

「はい……よろしくお願い致します」

「それではいよいよ。俺の工房へ案内しますね!」