触れた指先を、海斗が動かし……少し重なる指先。

「……っ! すみません。それでは一旦失礼します」

「はっはい……!」
 
 海斗が立ち上がり、刀を腰に刺す。
 萌黄も飛び上がって立ち上がる。
 心臓がドキドキしているのがわかった。
 
「工房、好きに見て使ってくださいね。材料も消費してかまいませんので」

「は、はい」

 お互いに赤い頬のまま、頷きあう。

「あの、安心してください。今はまだ、貴女が兄の妻であるという事は重々承知しております」

「は、はい。もちろんでございます。私も、貴方が夫の弟である事は肝に銘じております」

 慌てて、萌黄は返事をする。
 また海斗が一礼して、階段を降りて行くのを萌黄も追いかけた。

 ……今はまだ……?

 海斗が出て行ったあとも、なんだか胸が熱くドキドキする。
 この感情は一体……。

 最悪な場所から救い出してもらった、そしてこの工房。

「本当に素敵な工房だわ」

 萌黄には確かに『匠姫』と呼ばれる才能があった。
 祖父に教わった事を吸収し、何度も練習し学ぶ努力と忍耐の才能もあった。

 しかし真白には、才能も努力も忍耐も一切なかった。
 真白は姉の萌黄に注目が集まることを嫌がり、何度も両親に萌黄が学ぶのをやめさせろと訴えていた。
 当然に祖父が生きている間は萌黄は守られていたが、祖父の死後に両親は萌黄に学ぶのを禁止した。

 数年前に何故か、真白が魔道具技師の塾へ通いたいと言い出し通い始めたのを聞いたが、いつの間にかやめたようだった。

「すごいわ……この材料の品揃えに、この資料……! 胸がワクワクする!」

 萌黄はボストンバッグから、祖父から譲り受けた工具を取り出す。
 手のひらサイズで持ち運びが可能だ。
 着物をたすき掛けして、祖父が愛用していた前掛けをする。

「材料をお借りして、御礼にはならないけれど……海斗さんは祓魔騎士だから刀を持っていたわね」

 妖魔という人を襲う存在が未だに脅威の世界。
 茶会の合間に、海斗は妖魔を滅する祓魔騎士としても登録をして帯刀しているのだという話を聞いた。
 妖魔と対峙した場合は、祓魔する義務が発生する。
 
 祓魔師の命である刀の鍔に特別な力を付与させる護符は、人気のある魔道具だ。
 
「綺麗な鍔が沢山……これに似合う魔道具を作ろうかしら……よし!」

 萌黄が最後にハチマキを額に結び、気合を入れる。
 そして数時間後……。

「萌黄姉さん、食材もってきま……」

 海斗が工房に入ってきても、萌黄は夢中で魔道具を作っていた。
 キラキラと材料が喜び、沢山の力が萌黄の手のなかに集まってくる様子がわかる。

「……匠姫……」

 萌黄が作り終えて気付くまで、海斗はずっと萌黄を見つめ続けていた。

「ふぅ~~! 途中まで完成! って……あっ!? 海斗さん!!」