海斗の『影工房』。
何故、『影工房』かという話になった。
「萌黄姉さん。この世には光があるから影があるでしょう」
「はい」
「だから、この影工房の本来の意味は強い光なんです。俺の心が激しく燃えて光って、この工房が影となって受け止めてくれる……そういう意味での『影工房』という名前です」
「影でも光という意味なのですね。とても素敵ですね」
「あ、すみません。俺はこういう話になると、つい夢中で……」
「とても楽しいです」
「……本当ですか?」
「はい」
もうお茶を何杯飲んだことだろう。
海斗の海外土産だというお菓子もとても美味しく、まだ珍しいサンドイッチは海斗の手作りだという。
「もう、こんな時間ですね。今日は萌黄姉さんの引っ越しという事で、兄に報告をするように言われているのです」
「ご迷惑ばかりおかけして申し訳ありません」
「萌黄姉さん、俺に謝ることは何もありません。俺が勝手に好きでやっている事なのですから」
「……好きで……」
「あっ、いや、この影工房は毎日火が灯っている方が、具合がいいですし、もちろん萌黄姉さんが酷い目に合うことなど俺には我慢ができません」
「毎日、この影工房を磨き上げますね」
「ありがとうございます! では夕飯の材料を持ってきますね。保存食なども! あ、兄達には適当に言っておきます。でもあまり表面上でも萌黄姉さんを虐めている方に加担するのも我慢できなくなりそうだ」
「海斗さん。お気になさらずに、どうか二人に歯向かうことなくお願い致します。真白は……ああいう子で……私が不甲斐ない姉だから……」
「萌黄姉さんは、立派ですよ。この工房の手入れをずっと任せている庭師の友人がいるんですが、姉さんを助けられなかった事を詫びながらも、メイドの仕事を完璧にこなしていたと聞きました。凛として美しく、その姿は醜い虐めを繰り返すメイド達ですら、たまに見惚れていたと……」
「そんな……実家でも同じように働いていたからメイド仕事は慣れていたので……それだけです」
「……萌黄姉さんは、奥ゆかしい人だ。それでは、一旦席を外しますね。ほしい材料とかあったら教えてください」
「あの……海斗さんは、これからは陸一郎さん達とお食事を?」
「え? いや、まさか。俺は兄とは、折り合いが悪いんです。俺は武芸と魔道具作りを命としておりますが、兄は経営と利益になる事しか興味がない。両親が存命の間は我慢しておりましたが、今は顔を合わせて食事などしたくありませんね」
海斗は苦笑する。
「それでは食事はお一人で……どうなされるのですか?」
「まぁ適当に」
「では、海斗さんの分も私がご用意してもよろしいですか?」
「えっ……萌黄姉さんが俺の分も? 嬉しいです! お言葉に甘えてもよろしいですか?」
「もちろんです。私にできることがあればなんでも致します」
「萌黄姉さん……」
夕陽が入ってくる部屋。
穏やかな温かさ。
二人で自然に微笑み合う。
魔道具塾では職人気質な老人達は、細腕で魔道具を作り上げる萌黄を『匠姫』として可愛がった。
しかし、それ以降に出会う同年代の男子たちは、女性を見下し威圧的に自分を誇示する人間ばかりだった。
真白が、友人だと言って家に連れて来る男子たちだけがそうだったかもしれない。
だが、萌黄には『男性は苦手』という印象がくっきり刻まれていた。
陸一郎など、不気味で恐ろしい第一印象はだったし、今はそれよりも最悪な化け物のようにしか思えない。
だけど海斗は違う……。
こんなに優しい男性がいるだなんて初めて知った。
小さな丸テーブルに置いてあった手が触れた。

