初夜。
 夫の豪華な天蓋付きベッドで寝ていたのは、妹だった――。

「ごっめ~ん。萌黄お姉ちゃんの旦那さん、寝取っちゃった~うふふ」

 妹が嬉しそうに、夫の胸元で笑う。
 嫉妬や悲観などではなく、ただ恐怖を感じた夜。

 ◇◇◇
 
 この結婚は、最初から何かがおかしかった。

 祖父の代まで沢山あった財産を、道楽者の両親が食いつぶした地方の元資産家――それが萌黄の実家・咲花(さくはな)家だ。
 
 両親は萌黄を、二十歳まで結婚もさせずに使用人のように働かせていた。
 しかし金が尽きかけてきた今、人身御供にするかのように縁談先を探し回った。

『あ、お父様、お母様。この人なんか、いいんじゃなーい? 帝都に住んでる冠崎さん』

 お見合い写真を見ながら、最新の洋装を着て断髪パーマ姿の真白が言った。

『……真白、私の結婚なのよ? あなたが決める話じゃないと思うの……』

 困惑しながら萌黄は言うが、真白も両親も無視して話を進める。
 
『真白が言うなら、そうしよう』

『お父様……私の結婚なのに……私の意志など……関係ないのですね』

 萌黄は古い着物の裾をギュッと握る。
 この家に萌黄の人権などないのだ。

 そして、お見合い当日。
 
 帝都で販売業を営む資産家、25歳の冠崎(かんざき)陸一郎(りくいちろう)
 丸メガネを自信ありげに中指で直す、インテリ系の爬虫類のような男。
 萌黄は彼に何の魅力も感じなかった。
 寒気すら感じた。
 
 そして、お見合いにも同席した真白が言った一言。

『私、帝都に住みたいなぁ~この御方がいいんじゃない? お姉ちゃんこの人と結婚しなさい!』

『ふふ、面白い妹さんだ。うちの屋敷で一緒に暮らせばいい』

 これで縁談が決まった。
 両親はだらしなく、遊び好きで派手好きだ。なので同類の真白を溺愛している。
 逆に、控えめで真面目な萌黄を可愛げがないと虐げていた。
 
 そして明日の結婚式を前に、真白と二人で冠崎家屋敷に引っ越してきた。

「私は明日、本当に結婚するの……?」
 
 飾り気のない和室には、明日着る白無垢が飾ってある。
 両親がどこからか持ってきた古びた白無垢は、黄ばんでいた。
 
 望んでもいない結婚だ。
 この先に、幸福などあるわけはないとわかっていた。

 しかし萌黄を待っていたのは、裏切りの初夜から始まる地獄だったのだ。