迎えた婚儀の日。
空は雲ひとつない快晴だった。
けれど並ぶ顔ぶれは薄暗い。
東雲家の方々は皆冷ややかだったし、父を初め、秋鈴家の縁者も無言。
そんな中、義母と雪音だけが異様なほど明るかった。派手に着飾り、「立派なお社」だとか「これで安泰ね」だとか、延々とおしゃべりを続けている。東雲家の者に馬鹿にされてはならないと、一等上質な着物を取り出してきたらしい。

一方私は、借り物の白無垢姿で夫となるその人を待っていた。

婚儀の場に選ばれたのは、七百年の歴史を誇るお社の一室。
三十畳はあるだろう静謐に整えられた部屋の左右に両家の列席者が座り、私は一番奥で三つ指をついていた。

「失礼いたします」

低い声と共に装飾の施された襖が引かれ、ひとりの青年が現れる。

ーー東雲千賀高(ちかたか)さま。

東雲家の次期当主にして、天才と謳われている呪術師さまだった。
澄んだまっすぐな黒瞳と視線が合い、私は小さく息を呑む。

艶やかな黒髪に、凛とした切れ長の瞳、まっすぐに伸ばされた背筋、固く弾き結ばれた唇。歳は七つ年上の二十四歳だとお伺いしていたけれど、精悍な顔立ちと落ち着いた雰囲気のせいか、もう少し上に思えた。

この方が、私の旦那さまになるお方。

目の前に腰を下ろした千賀高さまに、私はゆっくりと頭を下げる。

「秋鈴家が長子、小夜と申します。不束者ではございますが、どうぞ末長く宜しくお願い申し上げます」
「こちらこそ。宜しく頼みます」

ついひと月前まで西洋に留学に行っていたという千賀高さまは、慣例の紋付き袴ではなく、軍部の方が召されているような詰襟に深い緑色の軍服を纏っていた。それがなんともよく似合っていて、私は数秒見惚れてしまう。お社の厳かな雰囲気とも相まって、まるで古の神さまのように視えた。

「秋鈴さま、杯を……」

進行役の神主さまに神酒を注ぐように言われて私は慌てて用意されていた徳利を手に取った。

「失礼します」

緊張でみっともなく震える私を見て、東雲家の方々が目を細める。義母は今にも怒りだしそうに眉間に皺を寄せ、その隣で雪音が笑いを堪えるように口元を袖で隠すのが見えた。ここでもし失敗して千賀高さまにお酒をかけてしまったりしたら、どうなるのだろう。

知らず息が浅くなっていた私に、千賀高さまが私にだけ聞こえるような声音で言った。

「落ち着いて。ゆっくりで構いませんから」

低く芯のある声に、思わず彼を見上げる。
こんなに穏やかな人を、私は他に知らなかった。

義母にはいつも『早くしなさい』と急かされてきたし、失敗をすれば『愚図ね』と雪音に嗤われてきた。

なのに千賀高さまは、初対面にも関わらず、やさしいお言葉をかけてくださった。

先ほど会ったばかりなのだ。本当はどう思っているのかも、ひととなりもわかりはしない。
けれど千賀高さまのその一言で私は、平常心を取り戻すことができた。おかげでこぼすことなくお神酒を注ぎ、注ぎ返され、その後も滞りなく式を進めることができた。
最後に神主さまから祝いの言葉をもらい、ほっとする。

千賀高さまは長い間異国にいらしたそうだから、秋鈴家に対する怨恨も薄れていたのだろうか?
終始列席者の視線は冷たいままだったけれど、隣にいる千賀高さまだけは私を侮蔑することなく接してくれた。
それがとても、嬉しかった。