贄の花嫁 和平の条件として天才呪術師に差し出されましたが、この上なく幸せになってしまいました

「あ……」
「あら、ごめんなさいお姉さま。でもこんなに簡単に割れちゃうなんて本当に安物だったのねえ」

鈴を転がすようなーーと褒められる雪音の愛らしい声が、耳にじっとりとまとわりつく。
簪を拾いあげることもできず固まる私を横目に、ずっと押し黙っていた父が立ち上がる。母の形見を壊されたのだ。流石に何か言ってくれるのかと期待したけれど、自分の愚かさを知らされるだけだった。父は私にも雪音にも目もくれず、無言のまま部屋を後にする。

「じゃあ、お式は三日後ですからね。ああそこ、片しておくんですよ。カケラでも残っていたら事ですから」
「そうよお姉さま、ちゃんと掃除しておいてね」

次いで義母と雪音も出ていき、私は居間にひとりきりになる。
涙も浮かんではこなかった。
膝をつき、割れてしまった簪を慎重に手に取る。母さんが残してくれた、唯一の品。

私は破片を集めて、丁寧にハンカチの中に包んだ。

父はいつもそうだ、何も言わない。

どんなに私が罵倒されても、物を盗られても、壊されても、泣いて縋って、助けてと訴えても。私の声は、誰にも届きはしない。

妾腹の子供である私の声はこの家で、ないのと同じだった。



帝の覚えもめでたい呪術師の一族ーー秋鈴家。
その現当主が父で、十七年前、父が愛人に産ませた子供が私、秋鈴小夜だった。

私の本当のお母さまは、呪術とはなんの関係もない、普通の街娘だったらしい。
それがなんの因果か父と知り合い、恋をし、私を身籠り、そうしてその数年後、私が五つの歳、不慮の事故に遭い命を落としてしまった。
天涯孤独の身だった母に縁者はなく、父は仕方なしに私を秋鈴家へと迎え入れた。

しかしそこでの暮らしは、幸福とは程遠いものだった。
義母はことあるごとに折檻してくるし、父には数えるほどしか話しかけられたことがない。
雪音も自分の母親を苦しめる私のことをとても嫌っていて、毎日のように『愚図』だとか『いなければいいのに』と罵ってくる。
でもそれは全て、当然のことなのだ。
私は『妻ある男を誑かした、ふしだらな女の娘』だから。

義母や雪音から言われ続けた呪いのような言葉は、いつだって私を縛っている。

誰も幸せにすることができない。
存在するだけで周囲を不快にさせてしまう不義の子供。

引き取られたばかりの頃は、どうして生まれてしまったのだろうと悲しみに暮れたこともあった。
誰にも望まれないのに、どうして、と。布団の中で真っ暗な天井を見上げて、ぽろぽろと泣いた。

それでも両親は、疎ましいはずの私を今日まで家においてくれた。それだけでもとてもありがたいことだと思う。

だから急なこの結婚も、断ることなど出来はしない。

できればいつかは、この家を出て、母のように仕事を見つけ、ひとり逞しく生きていく未来も夢見ていたけれど、それはどうやら難しいらしい。

ーー犬猿の仲のはずの東雲家との、不自然なほど性急な婚姻。その背景は、薄々理解できていた。

このところ毎日のように届いている督促状。
秋鈴家の人々が身の丈に合わない生活を続けたツケが回ってきたのだ。
だから秋鈴家は、借金の肩代わりをしてもらう代わりに憎い東雲家の傘下に降る。
私はその契約の証として、東雲家に嫁がされるのだった。