お祭りの夜から、私と千賀高さまは寝室をともにするようになった。
早朝、目が覚めて彼が隣にいることに安堵し、一日が始まる。千賀高さまは相変わらずお忙しく、夜の帰宅は遅かった。

「お祭りのプレゼント大作戦! うまく行ったみたいでよかったです」

そう元気よく言ったのは佐武さん。お屋敷に寄ってくださった折、私の指で輝く指輪を見て「俺も色々手伝ったんですよー」と話してくださったのだ。

「しかも千賀高さま。お祭りだってのに軍服のまま行こうとしてましたからね、俺、慌てて浴衣を着せたんですよ」
「そうだったのですか。……と、とても素敵でした」

頬を赤らめて言った私に、佐武さんは揶揄うような口笛を吹き、亜子さんは「あらあら」と笑顔になり、千賀高さまは照れくさそうに首元をかいていた。


あやかしを『視る』修行も順調に進んでいて、このところの私は順風満帆だった。自分でも少し怖いくらいに。

そんな私に、神さまが調子に乗ってはいけないと忠告をしたのかもしれない。

その夜。また雪音が約束も無しにやてきた。
千賀高さまは仕事で不在だと告げると、「じゃあ帰るわ」と背を向けようとする。ほっとしたその時。雪音が目ざとく私の指輪に気づいた。

「なあに、それ」
「……結婚指輪よ。千賀高さまにいただいたの」
「へえ。綺麗ね」

私の手をとり、まじまじと見つめた雪音が、とつぜん笑顔になる。

「ねえお姉さま、これ、一晩でいいから貸してくれない? 今度夜会に誘われているのだけれど、ちょうどいいのがないの。これだったらドレスにも合うだろうし……」
「だ、だめよ。貸せないわ」
「いいじゃない一晩くらい。ケチね」
「ケチでもいいわ。絶対に貸さないから」

簪を()られたことは今でも許していない。それに、一度貸したら雪音は壊したりなくしたりしてしまうのだ。この宝物だけは、絶対に嫌だと首を振る。
すると予想通り、雪音はひどく不機嫌になった。

「……妾の子の癖に。生意気よ」
「!」
「誰のおかげで何不自由なく生きてこられたと思ってるの? 何さまのつもり?」

雪音の声には、本当に言霊の力があるのかもしれない。言葉が心の奥底に食い込み、気分がどんどん落ち込んでいく。

「ねえ、一晩だけでいいの。ちゃんと返すから」

今度は雪音が猫撫で声で擦り寄ってくる。左手を両手で握られ、怖気だった。

「お願い、お姉さま」

それでも私は抗った。

「嫌」

雪音から距離をとり、拒絶を示す。途端、恐ろしいほど無表情になった雪音が「そう」と呟き、背を向けた。

「後悔するわよ」

吐かれた言葉は負け惜しみと言うにはあまりにも冷静すぎて、私はその夜の出来事を千賀高さまと亜子さんに相談せずにはいられなかった。