私が倒れたその日を皮切りに、雪音は度々屋敷を訪れるようになった。
いつの間にか千賀高さまと親交を深めていたらしく、雪音は私にはわからない高度な呪術の話題などを食卓で繰り広げた。
ついていけない会話に、私は黙々と食事を進める。

「お姉さま、千賀高さまのご飯がなくなるわよ。おかわりをよそわなくていいの?」
「え、ええ。そうね」
「本当にお姉さまはぼんやりしてらっしゃるんだから。ねえ?」

くすくすと笑う雪音に、千賀高さまが困ったような笑顔を浮かべる。

「いえ、せっかくですがおかわりは結構です。ありがとうございます、小夜さん、雪音さん」

私たち姉妹の間に立たされた千賀高さまは、さぞや息苦しい思いをなさっていることだろう。
私は帰宅するために廊下にでた雪音にこっそりと忠告した。

「雪音、あまり長居をしては千賀高さまに迷惑よ。千賀高さまもお忙しいのだから」
「まあ! じゃあお姉さまは私にもうここに来るなっていうの?」

雪音が、千賀高さまに聞こえるような大声をあげる。
ちょうど見送りに廊下に出てきた千賀高さまは目を丸くしていた。雪音が助けを求めるように千賀高さまに駆け寄る。

「聞いてちょうだい千賀高さま、お姉さまがもうここに来るなって」
「そんなこと言ってないでしょう」
「ねえ千賀高さま。私がここにいたら迷惑かしら? 私、少しでも東雲と秋鈴の仲を取り持ちたくて、だから通っていたのに……」

可愛らしい顔を歪めた雪音が、至近距離で千賀高さまを見上げる。千賀高さまは動じることなく微笑まれた。

「迷惑なんかじゃありませんよ。ただ、遅くなると秋鈴の方々も心配なさるでしょうから。どうか小夜さんの気持ちも汲んで差し上げてください」

言った千賀高さまが、やさしい眼差しを私に向けてくださる。それを遮るかのように、雪音が割って入ってきた。

「なら、千賀高さまが家まで送ってくださいませんか? 千賀高さまが一緒なら、父も母も安心すると思いますから」
「雪音……!」
「いいですよ」

流石にそれは、と声を荒げた私に被せるように千賀高さまが頷く。千賀高さまは「それじゃあ急ぎましょう」と雪音を連れて玄関口に向かった。

「千賀高さま、でもお疲れでは」
「お送りするくらい平気ですよ。小夜さんはいつも通り、戸締りと火の用心だけはしっかりなさってくださいね」

門扉へでる刹那、雪音が勝ち誇ったような笑顔で振り返る。

「じゃあね、お姉さま。また来るわ」

もう来ないでほしい。けれどそんな本心を言えるわけがなくて、私はふたりを見送ることしかできなかった。