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翌朝。目を覚ました私の部屋に、椅子に座り腕を組んだたまま眠っている千賀高さまの姿があった。
悲鳴をあげそうになった私は、すんでのところでなんとか堪える。
状況はうっすらと理解できていた。

昨日、買い物の最中具合が悪くなった私は千賀高さまにおぶわれ屋敷に帰ってきたのだ。

それからお医者さまにも診ていただき、雪音の作った卵粥を食べて、また具合が悪くなって眠ってしまったらしい。

千賀高さまきっと、私の身を案じて夜通しそばにいてくださったのだろう。

あまりの情けなさと迷惑ぶりに、土下座をしたくなる。

「……千賀高さま」

ベッドの上で半身を起こし、恐る恐る千賀高さまに声をかける。
熟睡しているのか、彼は全く起きる様子はない。
でも今日もお仕事のはずで、しかも昨日は私を看病するために早退されたようだから、とてもお忙しいに違いなくて。起こさない訳にはいかない。

「千賀高さま、お、おはようございます。ごめんなさい、起きてください」

私は半泣きになりながら彼の腕に触れた。

「ん」

と、一瞬強く眉根を寄せた千賀高さまがゆっくりと目を開き、私の姿を見つけて覚醒した。

「小夜さん、具合は?」
「……もう平気みたいです。すみません心配をおかけしてしまって」

私の顔色を見て安心したのか、千賀高さまは「よかった」と呟いた。
よほど心配してくださったに違いなく、私は改めてお礼を告げた。

「申し訳ありません。昨日のことは途切れ途切れにしか覚えていなくて、雪音と会ったような気がしたのですが……」
「ええ、お会いしましたよ。往来で偶然」

千賀高さまは昨日の出来事をかいつまんで話してくださった。
私が寝込んでいる間に雪音が屋敷に来ていたのは夢ではなかったようで、「ご迷惑をおかけしました」ともう一度頭を下げる。

「迷惑だなんて思っていませんよ。ところで、一つ気になったのですが」
「はい」
「雪音さんはもしかして『言霊(ことだま)』の呪術を使えるのでは……?」
「『言霊』ですか?」

問われて私は首を傾ぐ。雪音は確かに呪術師の才能があって、お父さまの仕事の手伝いもしていた。けれどあの子が実際に呪術を使っているところは見たことがなくて、私は答えることができなかった。

「わかりません。でも、どうしてそう思われたのですか?」
「昨日話している時に感じまして。……もしかしたら、自分でも気づいていないのかもしれませんね。言葉に力があることに」

言葉に力。それは呪術の基礎本にも書いてある事柄だった。古来より言葉には人の心を動かす力があり、呪術の中にはそうした『声』を用い、人やあやかしを意のままに操るものもいるのだとか。

「俺の勘違いかもしれません。気にしないでください」
「はい……」

千賀高さまはそう言って話を流したけれど、私はいつまでもこの会話を忘れることができなかった。