お前の縁談が決まりましたよ。
義母(はは)からそうすげなく告げられたのが三日前。
夕暮れのことだった。
滅多に立ち入りを許されない居間に呼び出されたその時から嫌な予感はしていたけれど、まさか縁談だとは夢にも思わなかった。
しかも相手は『あの東雲(しののめ)家』の嫡男だと言われ、私は自分の耳を疑う。けれど、問い返すことはできなかった。

「お気の毒ね、お姉さま」

なぜかその場にいた義妹の雪音(ゆきね)が、人形のように可愛らしい顔を歪めて笑ったからだ。
私はそっと、雪音と、その隣に座る両親から逃げるように俯いた。
『東雲家』は私たち『秋鈴(あきすず)家』と家業を同じくする呪術師の一族だった。けれどその仲は険悪で、互いに互いの家を毛嫌いしている。かつては呪い合い、命を落としたものもいると風の噂で聞いたことがあった。
そんな家へ嫁ぐなんて、恐ろしくてたまらない。でも、私に拒否権はなかった。

「返事は? 小夜(さよ)

苛立った義母に言われて、私は壊れたカラクリのようにぎこちなく頷く。

「ありがたく、お受けいたします」

言葉を発した途端、義母と雪音の呆れたような声が続いた。

「全く、本当に愚図なんだから。こんなんでお嫁に行って大丈夫かしら?」
「ダメなんじゃない? お姉さまって何にも出来ないんですもの」

くすくすと笑う雪音を見上げる。波打った黒髪の耳元に、桜を模した簪が挿してあった。
見覚えのある形に、私は思わず腰を浮かす。

「雪音……それ」
「ああ、これ? 素敵だから借りたの。今度のお祭りにつけていこうかなって、いいでしょ?」

ふふ、と笑う雪音を見つめ返す。
雪音が挿しているその簪は、見間違えようもない、私の実母の忘れ形見だった。
大切に行李の奥にしまっていたはずなのに、どうして。

「か、返して。硝子細工なの、割れやすいのよ」
「きゃっ。やめてお姉さま」

手を伸ばした私に、雪音が身を翻す。

「雪音、お願い返して」

くるくると走り回る雪音に、簪が落ちはしないかと気が気ではなかった。けれど。

「止めなさい小夜! 簪ひとつでみっともない」

義母に怒鳴られ、私は身をすくめる。

「雪音も雪音ですよ。そんな安物つけて出歩かないでちょうだい。秋鈴家が笑われてしまうわ」
「まあ、それもそうね。返すわ、お姉さま」

雪音がすっと簪を外し、投げ捨てるように畳の上に放り出す。
瞬間、繊細な花弁の先が一片、欠けてしまった。