「大変遅くなりました!本日、朗読会の読者でご依頼いただきました田辺です」
「あぁ田辺さん!ご無事で何よりです。店長の菅原です」
「不測の事態とはいえ、こんなに到着が遅れてしまって申し訳ありません。朗読会の方ですが、今どういった状況ですか?」
「えぇ、それがですね……」
田辺は案内された会場の光景に目を見張った。観客の誰もが前方の席に座って朗読する青年に目を向けている。会場にいる全員が、その青年の声に、じっと耳を傾け集中して聞いている。まるで心を奪われているかのように。
「……彼、経験者ですか?本の読み方を知っている。それに、彼の声……」
田辺は観客と同じように真澄の声に耳をすませた。
「澄み渡った、綺麗な声ですね」
一ページ、また一ページと、ゆっくりとページが捲られていく。捲るごとに物語が終わりに近づく。まだこうしていたい。読んでいたい。あぁ、終わってしまう。辿り着いた最後の一ページ。名残惜しさが残る中、真澄は感情を乗せ、最後の一文を読み上げた。
全てを読み終わり、真澄はそっと本を閉じて物語に幕を下ろした。
一呼吸おいて顔を上げると、真澄は眼前に広がる景色に目を見開いた。沸き起こる温かい歓声と拍手の嵐。会場はまるで晴れ上がった青空のように笑顔に包まれていた。胸いっぱいに広がる達成感。込み上げてくる熱い想い。
もう二度と、こんなふうに読むことなど出来ないと思っていた。過去に追いやったその景色は、真っ暗闇で何も見えなくて、恐ろしさのあまりしゃがみ込んで目を瞑るしかなかった。そんな場所に彼が光を照らしてくれたのだ。差し出されたその手が、どんなに心強かったか。傍にいてくれたおかげで、どんなに安心したか。
もう一度この場所に戻って来ることが出来たのは、紛れもなく遼が導いてくれたからだ。
嬉しさと愛しさと充足感。瞳の奥がじんわりと熱を帯び、堪えきれなかった感情が形を持って溢れ出す。
「真澄くん」
背中を撫でる遼の優しい手。その手に促されるように真澄はゆっくりと顔を上げた。まだ止まらぬ涙を瞳に残しながら、真澄は愛情のこもった満面の笑みを浮かべた。そして遼に伝えた。ありったけの想いを込めて。
「ありがとう、遼くん」
その笑顔はあまりにも穏やかで、まるで春の陽だまりのようだった。遼の心の中に一筋の風が吹き抜ける。彩色鮮やかな花びらが、風に揺られて宙を舞った。高鳴る胸の鼓動。胸の奥で抑えていた感情の泉が溢れて湧き出てくる。込み上げる熱が遼の全身を覆った。
朗読後、店長や朗読家の田辺、そして真澄の朗読に感銘を受けた客が真澄の元に集まった。次々にかけられる賛辞に、真澄は戸惑いながらも頬を染めながら、その言葉一つ一つを受け取った。
ふと、真澄は遼の姿が見えないことに気付いた。先に会場を出たのだろうか。あとでもう一度お礼を言おう。そう思いながら、くしゃくしゃの泣き顔のまま真澄は周りの対応に追われていた。
一階のトイレの個室。息を切らし、目を見開いて口元を覆っている遼がそこにいた。耳まで顔を真っ赤に染め上げ、未だ冷め止まないその熱を一身に感じ取る。先ほどまで触れていた真澄の感触が蘇る。胸元をぎゅっと掴んで握り締めた。その感情に、遼はただただ困惑するばかりだった。
「うそ……僕、真澄くんのこと……」
「あぁ田辺さん!ご無事で何よりです。店長の菅原です」
「不測の事態とはいえ、こんなに到着が遅れてしまって申し訳ありません。朗読会の方ですが、今どういった状況ですか?」
「えぇ、それがですね……」
田辺は案内された会場の光景に目を見張った。観客の誰もが前方の席に座って朗読する青年に目を向けている。会場にいる全員が、その青年の声に、じっと耳を傾け集中して聞いている。まるで心を奪われているかのように。
「……彼、経験者ですか?本の読み方を知っている。それに、彼の声……」
田辺は観客と同じように真澄の声に耳をすませた。
「澄み渡った、綺麗な声ですね」
一ページ、また一ページと、ゆっくりとページが捲られていく。捲るごとに物語が終わりに近づく。まだこうしていたい。読んでいたい。あぁ、終わってしまう。辿り着いた最後の一ページ。名残惜しさが残る中、真澄は感情を乗せ、最後の一文を読み上げた。
全てを読み終わり、真澄はそっと本を閉じて物語に幕を下ろした。
一呼吸おいて顔を上げると、真澄は眼前に広がる景色に目を見開いた。沸き起こる温かい歓声と拍手の嵐。会場はまるで晴れ上がった青空のように笑顔に包まれていた。胸いっぱいに広がる達成感。込み上げてくる熱い想い。
もう二度と、こんなふうに読むことなど出来ないと思っていた。過去に追いやったその景色は、真っ暗闇で何も見えなくて、恐ろしさのあまりしゃがみ込んで目を瞑るしかなかった。そんな場所に彼が光を照らしてくれたのだ。差し出されたその手が、どんなに心強かったか。傍にいてくれたおかげで、どんなに安心したか。
もう一度この場所に戻って来ることが出来たのは、紛れもなく遼が導いてくれたからだ。
嬉しさと愛しさと充足感。瞳の奥がじんわりと熱を帯び、堪えきれなかった感情が形を持って溢れ出す。
「真澄くん」
背中を撫でる遼の優しい手。その手に促されるように真澄はゆっくりと顔を上げた。まだ止まらぬ涙を瞳に残しながら、真澄は愛情のこもった満面の笑みを浮かべた。そして遼に伝えた。ありったけの想いを込めて。
「ありがとう、遼くん」
その笑顔はあまりにも穏やかで、まるで春の陽だまりのようだった。遼の心の中に一筋の風が吹き抜ける。彩色鮮やかな花びらが、風に揺られて宙を舞った。高鳴る胸の鼓動。胸の奥で抑えていた感情の泉が溢れて湧き出てくる。込み上げる熱が遼の全身を覆った。
朗読後、店長や朗読家の田辺、そして真澄の朗読に感銘を受けた客が真澄の元に集まった。次々にかけられる賛辞に、真澄は戸惑いながらも頬を染めながら、その言葉一つ一つを受け取った。
ふと、真澄は遼の姿が見えないことに気付いた。先に会場を出たのだろうか。あとでもう一度お礼を言おう。そう思いながら、くしゃくしゃの泣き顔のまま真澄は周りの対応に追われていた。
一階のトイレの個室。息を切らし、目を見開いて口元を覆っている遼がそこにいた。耳まで顔を真っ赤に染め上げ、未だ冷め止まないその熱を一身に感じ取る。先ほどまで触れていた真澄の感触が蘇る。胸元をぎゅっと掴んで握り締めた。その感情に、遼はただただ困惑するばかりだった。
「うそ……僕、真澄くんのこと……」
