胸の辺りがモヤモヤする。何故こんなにもイライラしているのだろうか。真澄はその苛立ちを抱えたまま、バックヤードで在庫表をチェックしていた。何度もペンを突き立てると、バインダーの音がカツカツと繰り返し反響した。雑念のせいでなかなか集中ができない。とうとう、真澄の手が止まってしまった。
結局、遼はお酒を飲むと性格が変わって、翌日記憶が飛ぶタイプだと分かった。飲み会でもそういうタイプはよくいる。普段、感情を抑えていたり静かなタイプがお酒を飲むと豹変することがある。そういうタガが外れて、愚痴りだしたり、泣いたり、陽気になったりと色んな変化を見せる。その中で一番タチが悪いのが記憶を飛ばすタイプだ。遼が正にそれだった。
つまり、遼の中であの時間はきれいさっぱり無かったことになっているのだ。
「あんなことしておいて、覚えてないって何だよ……」
「あんなことって何ですか?」
背後からかけられた声に真澄は心臓が飛び出そうになった。振り向くと、笑みを浮かべて、うかがい見るように真澄を見つめる夏美がいた。
「な、なっちゃん!いつからそこに居たの?」
「ついさっきですよ。どうしたんですか本田さん。彼女と何かあったんですか?」
「彼女って……だから俺、彼女なんかいないって」
「じゃあ、本田さんの片思いですか?」
「へ!?」
夏美は、にんまりと口元を緩ませて真澄に言う。
「だって、本田さんずっと乙女の顔してるんですもん」
「お、乙女って……、俺、男だよ?」
夏美は、分かってないなぁ、と言わんばかりに溜め息をつくと、真澄の目の前に人差し指を立てて身を乗り出した。
「そうじゃなくて、『恋』してる顔って意味ですよ」
「こ、恋!?」
恋とは、つまり青春を感じさせるような、甘酸っぱい感じのドラマが起こるアレだ。
恋愛小説をあまり読んでこなかったせいか、恋とか愛というものがよく分からない。真澄には、いまいち共感もできなかった。それよりも男友達と過ごす方が楽しかったし、気が楽だった。だから、そういうものとは無縁なのだと真澄は思っていたのだ。
それが突然恋だと言われてもピンと来ない。そもそも恋をしている顔とはどういう顔なのだろうと、真澄には見当もつかなかった。
「で?あんなことって何ですか!?」
夏美は目を光らせて詰め寄る。好奇心で溢れたその目がまぶしい。
「えっ、いや、それは……」
返答に困っていたその時、真澄の無線にレジ応援の声が入った。助かったと言わんばかりに、真澄は彼女の問答をかわし、急いでレジへ向かった。
混雑していたレジの人だかりが大分捌けてきた頃だった。真澄は客から差し出された文庫本を手に取り、流れ作業のようにブックカバーの取り付け有無を尋ねた。しかし、客から返答がない。聞こえなかったのだろうか。そう思って顔を上げると、真澄はそこで手が止まった。
目の前に立っていたのは、帽子を深く被った長身の男。彼は帽子のつばを掴み、ゆっくりと持ち上げると、その顔を露わにした。漆黒の美しい目元、鼻筋が通った高い鼻、薄い唇を緩ませて、照れながらこちらを見ている。目の前に立っていたのは、遼だった。
「カバー、お願いします」
「……あっ、ハイ!」
真澄は慌ててカバーの取り付け作業にかかった。まさか遼が居るとは思わなかった。帽子を被っているとはいえ、顔を出して一人で外を出歩くのは、彼にはまだ抵抗があるものだと思っていたからだ。
ふと疑問に思う。
――あれ?一人?
遼は距離感が掴めないほど近眼のはずだ。それなのに、一人でどうやってこの本屋まで来ることができたのだろうか。
「バイト姿」
「え?」
「真澄くんのバイト姿、かっこいいね」
そう言って微笑みを向ける遼に、真澄はまるで真っ赤に熟れたトマトのように頬を染め上げた。
そういうことか、と合点がいく。今、遼はコンタクトをつけている。真澄の姿もはっきりと見えているのだ。
「なっ!……んでコンタクトつけて……!」
思わず張り上げそうになった声を抑えて真澄は聞いた。
「何でって……、真澄くん昨日、映画見に行こうって言ってたから」
そういえばそんな話をしていた。けれど映画を見にいくのは夜なのだ。今日は朗読会当日なのもあって、勤務時間が普段よりも長い。会場準備や客入れ作業など、通常業務に加えてやることが多く、バイトが終わるのは夕方になる。
「バイト終わるまで、隣のカフェで待ってるから」
「ま、待つって、今日フルで入ってるんだけど……!上がるの夕方だよ!?」
「平気。この本読んで待ってる」
遼はそう言うと、カバーを付けた本を手にしてカフェへ足を運んだ。
本屋に一番近い二人用のテーブル席。その席に、遼はこちらを向く形で座っていた。なぜそこに座るのだと、真澄は頭を抱えた。その位置だと、どうしても遼の姿が視界の端に映ってしまう。これでは気になって仕方がない。
チラリと遼に視線を向けると、ちょうどコーヒーを片手に本を読んでいる彼の姿が目に入った。彼はどんな格好でも様になる。まるで、お洒落な映画のワンシーンを、その空間だけ切り取ったかのようだ。
ボーっと眺めていると、その視線に気付いたのか、思わず遼と目が合ってしまった。微笑みを向けて小さく手を振る遼だが、そんな彼に対して、真澄はあからさまに顔を逸らしてしまった。頬の火照りを感じながら、真澄はぎゅっと唇を結んだ。
夏美の言葉が頭を駆け巡る。思えばここ最近、自分の感情はどこかおかしかった。遼に触れると急に体温が上がって、心臓が音量を上げてうるさいくらいに鳴り響く。けれど、遼の醸し出す空気は優しく穏やかで、そんな温かい空気に包まれると、どこか心が落ち着いた。安心している自分に気付くのだ。
遼と出会ったのはほんの三週間ほど前だ。一緒にいると楽しくて時間があっという間に過ぎていった。それだけじゃない。彼の言葉に照れくさくなったり、避けられたのが辛くて悲しんだこともあった。それが原因で本気で怒ったし、今まで怖くて人に言えなかった過去も、初めて口にした。みっともない泣き顔もありったけ晒した。
この短期間で、これほど色んな感情を人前で見せたのは初めてだった。悲しみも痛みも、喜びも嬉しさも、全てさらけ出せたのは遼の前だけだ。いつの間にか、遼がかけがえのない大きな存在になっていたのだ。
けれど、これを恋だと決めつけていいのだろうか。そんな懐疑心が真澄の思考を複雑に絡めていく。心の奥にある小さな箱。その蓋に手をかけようとしている自分がいる。本当に開けていいのだろうか。開けてしまったらどうなるのだろうか。
真澄はぎゅっと目をつむった。この感情を深く考えてはいけない。遼は信頼できる友達だ。だから大切に思っている。その気持ちを恋だと勘違いしそうになっているだけだ。そうだ。きっと勘違いだ。真澄はそう自分に言い聞かせて余計な思考を切り離した。
頭をぶんぶんと振って両頬を叩くと、真澄は目の前の仕事に集中し直した。
会場のセッティングを終えた真澄は売り場へ戻り、遼が座っている席にふと視線を送った。しかし、そこに遼の姿はない。カフェスペースを見回すが、遼の姿はどこにも見当たらなかった。
真澄は思わずカフェスペースに駆け寄った。遼が座っていた席は綺麗に片付けられている。帰ってしまったのだろうか。それもそうだ。こんな長い時間、コーヒー一杯と本一冊だけで時間がつぶせるわけがない。そんなこと、考えれば簡単に分かることだ。彼がいつまでも自分の近くにいる保証なんてない。
遼はもう、この手を必要としなくなるのだ。歩幅を合わせて隣を歩く必要がなくなる。彼はもう、自分一人の意思で歩けるようになったのだから。
そうなれば嬉しい。以前はそう思っていたのに、今はどうしてこんなにも胸が苦しいのだろうか。
真澄は視線を落とし踵を返した。途端、人とぶつかり真澄は咄嗟に声を出した。
「わっ、すみません!」
「あ、ごめん、大丈夫?真澄くん」
真澄は小さく息を吸い込んだ。瞳に映った彼の姿に、安堵してしまった自分がいた。
「遼くん……」
遼は軽く首を傾げながら真澄の様子をうかがっている。そんな彼に、真澄はこぼすように口にした。
「帰ったんじゃ、なかったの……?」
「え、何で?」
「だって、テーブル片付いてるし、遼くん居なかったから……」
綺麗に拭き上げられたテーブルを見て遼は状況を理解したようだ。彼は苦笑しながら肩をすくめた。
「あぁ、そっか。トイレ混んでて戻るのに時間かかったから、たぶん店員さんが片付けちゃったんだね」
頬を搔きながら困った笑みを浮かべる遼の姿。そんな彼を見て心が浮き立つ自分がいる。帰ってしまったと思い込んで勝手に勘違いしていた自分が恥ずかしい。頬が段々と熱くなる。
「本田さん!」
パート店員の呼びかけに真澄は慌てて振り向いた。どうやら入庫数が合わなくて困っているらしい。すぐに戻って確認をしなければ。真澄は遼に背を向け駆け出そうとしたが、その足を一瞬だけ止めた。もう一度振り向き、ほんの少し恥じらいを見せながら遼に伝えた。
「俺、あと少しで休憩だから、もう少しだけ待ってて」
真澄の言葉に遼は朗らかに返した。
「うん、待ってる。ここにいるよ」
真澄は再び駆け出した。ここにいる――そう返されただけなのに、どうしてこんなに嬉しいと思ってしまうのだ。深く考えたくない。それなのに、どうしても心が震えて熱くなる。
結局、遼はお酒を飲むと性格が変わって、翌日記憶が飛ぶタイプだと分かった。飲み会でもそういうタイプはよくいる。普段、感情を抑えていたり静かなタイプがお酒を飲むと豹変することがある。そういうタガが外れて、愚痴りだしたり、泣いたり、陽気になったりと色んな変化を見せる。その中で一番タチが悪いのが記憶を飛ばすタイプだ。遼が正にそれだった。
つまり、遼の中であの時間はきれいさっぱり無かったことになっているのだ。
「あんなことしておいて、覚えてないって何だよ……」
「あんなことって何ですか?」
背後からかけられた声に真澄は心臓が飛び出そうになった。振り向くと、笑みを浮かべて、うかがい見るように真澄を見つめる夏美がいた。
「な、なっちゃん!いつからそこに居たの?」
「ついさっきですよ。どうしたんですか本田さん。彼女と何かあったんですか?」
「彼女って……だから俺、彼女なんかいないって」
「じゃあ、本田さんの片思いですか?」
「へ!?」
夏美は、にんまりと口元を緩ませて真澄に言う。
「だって、本田さんずっと乙女の顔してるんですもん」
「お、乙女って……、俺、男だよ?」
夏美は、分かってないなぁ、と言わんばかりに溜め息をつくと、真澄の目の前に人差し指を立てて身を乗り出した。
「そうじゃなくて、『恋』してる顔って意味ですよ」
「こ、恋!?」
恋とは、つまり青春を感じさせるような、甘酸っぱい感じのドラマが起こるアレだ。
恋愛小説をあまり読んでこなかったせいか、恋とか愛というものがよく分からない。真澄には、いまいち共感もできなかった。それよりも男友達と過ごす方が楽しかったし、気が楽だった。だから、そういうものとは無縁なのだと真澄は思っていたのだ。
それが突然恋だと言われてもピンと来ない。そもそも恋をしている顔とはどういう顔なのだろうと、真澄には見当もつかなかった。
「で?あんなことって何ですか!?」
夏美は目を光らせて詰め寄る。好奇心で溢れたその目がまぶしい。
「えっ、いや、それは……」
返答に困っていたその時、真澄の無線にレジ応援の声が入った。助かったと言わんばかりに、真澄は彼女の問答をかわし、急いでレジへ向かった。
混雑していたレジの人だかりが大分捌けてきた頃だった。真澄は客から差し出された文庫本を手に取り、流れ作業のようにブックカバーの取り付け有無を尋ねた。しかし、客から返答がない。聞こえなかったのだろうか。そう思って顔を上げると、真澄はそこで手が止まった。
目の前に立っていたのは、帽子を深く被った長身の男。彼は帽子のつばを掴み、ゆっくりと持ち上げると、その顔を露わにした。漆黒の美しい目元、鼻筋が通った高い鼻、薄い唇を緩ませて、照れながらこちらを見ている。目の前に立っていたのは、遼だった。
「カバー、お願いします」
「……あっ、ハイ!」
真澄は慌ててカバーの取り付け作業にかかった。まさか遼が居るとは思わなかった。帽子を被っているとはいえ、顔を出して一人で外を出歩くのは、彼にはまだ抵抗があるものだと思っていたからだ。
ふと疑問に思う。
――あれ?一人?
遼は距離感が掴めないほど近眼のはずだ。それなのに、一人でどうやってこの本屋まで来ることができたのだろうか。
「バイト姿」
「え?」
「真澄くんのバイト姿、かっこいいね」
そう言って微笑みを向ける遼に、真澄はまるで真っ赤に熟れたトマトのように頬を染め上げた。
そういうことか、と合点がいく。今、遼はコンタクトをつけている。真澄の姿もはっきりと見えているのだ。
「なっ!……んでコンタクトつけて……!」
思わず張り上げそうになった声を抑えて真澄は聞いた。
「何でって……、真澄くん昨日、映画見に行こうって言ってたから」
そういえばそんな話をしていた。けれど映画を見にいくのは夜なのだ。今日は朗読会当日なのもあって、勤務時間が普段よりも長い。会場準備や客入れ作業など、通常業務に加えてやることが多く、バイトが終わるのは夕方になる。
「バイト終わるまで、隣のカフェで待ってるから」
「ま、待つって、今日フルで入ってるんだけど……!上がるの夕方だよ!?」
「平気。この本読んで待ってる」
遼はそう言うと、カバーを付けた本を手にしてカフェへ足を運んだ。
本屋に一番近い二人用のテーブル席。その席に、遼はこちらを向く形で座っていた。なぜそこに座るのだと、真澄は頭を抱えた。その位置だと、どうしても遼の姿が視界の端に映ってしまう。これでは気になって仕方がない。
チラリと遼に視線を向けると、ちょうどコーヒーを片手に本を読んでいる彼の姿が目に入った。彼はどんな格好でも様になる。まるで、お洒落な映画のワンシーンを、その空間だけ切り取ったかのようだ。
ボーっと眺めていると、その視線に気付いたのか、思わず遼と目が合ってしまった。微笑みを向けて小さく手を振る遼だが、そんな彼に対して、真澄はあからさまに顔を逸らしてしまった。頬の火照りを感じながら、真澄はぎゅっと唇を結んだ。
夏美の言葉が頭を駆け巡る。思えばここ最近、自分の感情はどこかおかしかった。遼に触れると急に体温が上がって、心臓が音量を上げてうるさいくらいに鳴り響く。けれど、遼の醸し出す空気は優しく穏やかで、そんな温かい空気に包まれると、どこか心が落ち着いた。安心している自分に気付くのだ。
遼と出会ったのはほんの三週間ほど前だ。一緒にいると楽しくて時間があっという間に過ぎていった。それだけじゃない。彼の言葉に照れくさくなったり、避けられたのが辛くて悲しんだこともあった。それが原因で本気で怒ったし、今まで怖くて人に言えなかった過去も、初めて口にした。みっともない泣き顔もありったけ晒した。
この短期間で、これほど色んな感情を人前で見せたのは初めてだった。悲しみも痛みも、喜びも嬉しさも、全てさらけ出せたのは遼の前だけだ。いつの間にか、遼がかけがえのない大きな存在になっていたのだ。
けれど、これを恋だと決めつけていいのだろうか。そんな懐疑心が真澄の思考を複雑に絡めていく。心の奥にある小さな箱。その蓋に手をかけようとしている自分がいる。本当に開けていいのだろうか。開けてしまったらどうなるのだろうか。
真澄はぎゅっと目をつむった。この感情を深く考えてはいけない。遼は信頼できる友達だ。だから大切に思っている。その気持ちを恋だと勘違いしそうになっているだけだ。そうだ。きっと勘違いだ。真澄はそう自分に言い聞かせて余計な思考を切り離した。
頭をぶんぶんと振って両頬を叩くと、真澄は目の前の仕事に集中し直した。
会場のセッティングを終えた真澄は売り場へ戻り、遼が座っている席にふと視線を送った。しかし、そこに遼の姿はない。カフェスペースを見回すが、遼の姿はどこにも見当たらなかった。
真澄は思わずカフェスペースに駆け寄った。遼が座っていた席は綺麗に片付けられている。帰ってしまったのだろうか。それもそうだ。こんな長い時間、コーヒー一杯と本一冊だけで時間がつぶせるわけがない。そんなこと、考えれば簡単に分かることだ。彼がいつまでも自分の近くにいる保証なんてない。
遼はもう、この手を必要としなくなるのだ。歩幅を合わせて隣を歩く必要がなくなる。彼はもう、自分一人の意思で歩けるようになったのだから。
そうなれば嬉しい。以前はそう思っていたのに、今はどうしてこんなにも胸が苦しいのだろうか。
真澄は視線を落とし踵を返した。途端、人とぶつかり真澄は咄嗟に声を出した。
「わっ、すみません!」
「あ、ごめん、大丈夫?真澄くん」
真澄は小さく息を吸い込んだ。瞳に映った彼の姿に、安堵してしまった自分がいた。
「遼くん……」
遼は軽く首を傾げながら真澄の様子をうかがっている。そんな彼に、真澄はこぼすように口にした。
「帰ったんじゃ、なかったの……?」
「え、何で?」
「だって、テーブル片付いてるし、遼くん居なかったから……」
綺麗に拭き上げられたテーブルを見て遼は状況を理解したようだ。彼は苦笑しながら肩をすくめた。
「あぁ、そっか。トイレ混んでて戻るのに時間かかったから、たぶん店員さんが片付けちゃったんだね」
頬を搔きながら困った笑みを浮かべる遼の姿。そんな彼を見て心が浮き立つ自分がいる。帰ってしまったと思い込んで勝手に勘違いしていた自分が恥ずかしい。頬が段々と熱くなる。
「本田さん!」
パート店員の呼びかけに真澄は慌てて振り向いた。どうやら入庫数が合わなくて困っているらしい。すぐに戻って確認をしなければ。真澄は遼に背を向け駆け出そうとしたが、その足を一瞬だけ止めた。もう一度振り向き、ほんの少し恥じらいを見せながら遼に伝えた。
「俺、あと少しで休憩だから、もう少しだけ待ってて」
真澄の言葉に遼は朗らかに返した。
「うん、待ってる。ここにいるよ」
真澄は再び駆け出した。ここにいる――そう返されただけなのに、どうしてこんなに嬉しいと思ってしまうのだ。深く考えたくない。それなのに、どうしても心が震えて熱くなる。
