テレビに映る、きらびやかなチョコレートの数々。店頭に訪れたレポーターが美味しそうに試食をしては上手な言葉選びで、そのチョコレートを褒めたたえていた。
 世の中はバレンタインデー一色に染まっている。こういう時、チョコレートが関係ないお店もイベントに乗っかり商品を売り出す。真澄のバイト先の本屋も同様だ。「バレンタインギフト」と称したPOPに付け替えたり、ハート型に切り取ったラミネートを貼って、ちゃっかりイベントに乗っかっている。併設されたカフェも、雑貨コーナーも様々なお店がバレンタインデーにあやかってピンク色に染まっていた。
 バレンタインデーは主に女子が盛り上がって楽しんでいる印象が強い。最近では義理チョコの他に、感謝チョコや友チョコ、自分のご褒美用チョコなんてのもある。チョコの贈り先が必ずしも女性から男性ではなくなってきている昨今だが、それでも未だバレンタインデーにチョコを買う割合は女性の方が多いように感じる。
 共学だった中高時代「男は貰う側」とまだ根強い意識があった真澄の学校では、バレンタインデーにチョコを持ってきている女子生徒の姿をよく見かけた。もしかしたら自分も誰かから貰えたりするのではないか、と真澄も淡い期待を抱いたことがあったが、残念ながらそんなエピソードは一つたりともない。
 しかし、隣に座っている彼は、きっとそんなことはなかったのだろう。真澄はちらりと視線を向けた。顔を見れば容易に想像がつく。
 淹れたてのコーヒーに小さく息を吹きかけて、ゆっくりと一口飲んでいる彼は、背格好はモデルのようにバランスが取れていて、顔は絶世の美男子だ。女子が放っておくわけがない。
 真澄は小さな溜め息をついた。
「どうしたの、真澄くん」
「え?」
「今、溜め息が出てたから」
「あー、ほら最近、街中バレンタイン一色だなって。俺、こういうの一個も貰ったことないんだよね」
 真澄はしらけた笑みを浮かべてテレビのチョコを眺める。
「遼くんはイケメンだし、中学や高校時代たくさん貰ったんじゃない?」
 すると、遼の表情が複雑そうな笑みに変わった。彼は視線を落とし、肩をすくめながら再びコーヒーを口にして小さく呟いた。
「……うん」
 ――あぁ、しまった。
 遼にとって、顔の話題は心地の良い話ではない。気を付けていたが、つい口に出してしまった。
 彼は顔を褒めると表情を曇らせる。誰がどう見たって遼の顔はイケメンなのに、本人は嬉しがるどころか、触れてほしくないと言わんばかりに表情に影を落とす。
 初めて会った時から、彼は目元を隠してあまり素顔を出さないようにしていた。真澄と言い合いをした後は目元を隠すことはなくなったが、それは家の中だけの話だ。「どうせならその姿で外へ出ようよ」と真澄が誘うも、遼は何かに怯えている様子で、繋いだ手から震えが伝わってきたのを覚えている。
 本人が嫌がるのならば無理強いはしたくない。家の中だけでも、こうやって素顔を見せてくれている。それで十分だ――真澄はそう折り合いをつけていた。
「あ、そうそう!このあいだ公開になった映画あるじゃん。特設コーナーでその原作本並べてたらさ……」
 真澄は咄嗟に話題を切り替えたが、遼の表情は浮かないままだった。先ほどの言葉がよっぽど尾を引いているのだろう。無神経なことを言ってしまったと、真澄は頭の中で反省会を繰り広げた。しかし、遼の口から出たのはそれとは違った話だった。
「……真澄くんは、僕が、何で顔を晒したくないか理由を聞かないんだね」
「え?まぁ、気にならないって言ったら嘘になるけど……、誰にだって話したくないことの一つや二つあるでしょ?話さないからといって、それをとやかく言う権利は俺にはないよ」
「真澄くんは優しいね」
 ふっと柔らかに微笑んだ目元。向けられたその瞳に真澄の胸がとくんと跳ねる。遼は視線を落とすと、微笑を浮かべたまま伏し目がちに言った。
「……僕ね、人に顔を見られるのが嫌なんだ」
「えっ!?じゃあ俺、遼くんに無理強いさせてたってこと!?ご、ごめん!」
「ううん、真澄くんは平気。今まで真澄くんの前で顔を出せなかったのは、単に恥ずかしかったからなんだ。ずっと探してた特別な人だったし、緊張もしてたから。でも今思えば、僕、真澄くんに会った当日、お風呂上りに顔全開で晒してたよね。あの時は舞い上がってうっかりしてたよ」
 頭を軽く掻いて遼は苦笑する。そんな気恥ずかしそうに笑う彼がどこかいじらしく感じた。
「でも、きっと真澄くんだったから見られても嫌じゃなかったんだ。……だから、真澄くんになら話せる気がする」
 そう言って真澄へ向けた遼の表情には、美しくも儚い笑みが浮かんでいた。その微笑みの中には、一言では言い表せないような、物悲しさをはらんでいるように思えた。
「聞いてほしいんだ。僕がこの顔を嫌いになった理由」