「ただいま」と言って家に帰宅すれば誰かが目の前に立ちはだかる。

「おかえり、待ってたよ」
「あれ?お兄ちゃんだ。この間ぶり」

普段は都内の大学に通う兄・倫太郎(りんたろう)が正面玄関で待ち構えていればヒラヒラと手を振っていた。都内とはいえ、いつもは一人暮らし用のマンションまで借りて家には寄り付かない兄が珍しい。

「家に帰ってくるなんていつぶり?少なくとも大学入学以来じゃない?」

どういう訳か親の反対を押し切ってまで家を出たのだ。
連絡先は交換してあるから自分とは定期的に外で会ってはいるが。

「ちょっと父さんに呼ばれてね。久しぶりに幸華の顔も見たかったからさ」
「一週間前に会ったばっかじゃん」
「あれ?そうだったっけ⁇」

とぼける兄の姿に呆れていれば後ろから誰かが走ってくる。

「倫太郎お兄様、待って下さい!!なんで私を置いて行くのよ」
「っと…」

同じく一流橋高校の制服を着た、幸華とは対象的に巻き髪・メイク姿で上品に走ってきたのは姉・幸舞(しのぶ)だった。倫太郎の腕をギュッと握れば息を切らしたのかフラフラしていた。

「もう!帰るならそうと連絡するようあれだけ言っておいたのに。突然帰って来たかと思えばもう帰っちゃうだなんて」
「ごめんよ。急ぎの用がこの後あってね」
「私と前に約束したデートは?今度帰ってきたらねって約束してたじゃん!お母さんも倫太郎お兄様が帰って来るの楽しみに待ってたんだから顔ぐらい出してよ!」

幸舞はいい返事が聞けるまで離さないと言わんばかりに倫太郎の服を掴んでいた。そんな姿に今回もまた仕事の話だけして帰ろうとでもしたのだろう。ワガママな妹と実母への挨拶もそこそこにさっさと帰ろうとしている兄の姿が見ていて面白かった。

「勘弁してくれよ。今日はこの後、若様に呼ばれてるんだから」
「え!史文(しもん)様と会うの⁈」

その言葉に幸舞は目を輝かせた。
ここで言う史文様とは四神の一つ、東を司る青龍家のご子息・青龍史文様のことだ。

「ズルいズルい!私とは全然会ってさえくれないのに。なんでお兄様は会えるの?」
「そりゃあ、僕は彼の左近だし」

神力を持つ上位一族、国の五摂家とも呼ばれる青龍家には九頭龍家の和菓子を長年愛用して貰ってる。そのため史文様と歳が近い倫太郎が彼の身の回りの補佐を務めている。基本は大学生活から家の業務全般。そのため九頭龍家は一般家庭でありながら妖・神といった強い一族との繋がりがあった。

「私は史文様の許嫁なのよ⁈稀血の花嫁として愛されて当然なところ、史文様は仕事を理由に会いに来て下さらない。なのにお兄様とは会うの?おかしいでしょ!!」
「まあまあ幸舞、お客様の前だ。少し落ち着いて」
「お兄様ばっかズルい!私も史文様のとこに連れてって!!」

ここが店の玄関前ということを忘れているのか。
幸華達の周りには商品を買いに来た人達がチラホラいれば怪訝そうな目で見つめてくる。途中、幸舞と目が合えばキッと睨まれる。幸華がいるのを分かってて敢えて空気扱いしていたということだろう。

「なんの騒ぎだ」

だがそれも店に入ってきた人物によってかき消される。