青龍家の婚約破棄以降、九頭龍家には稀血の花嫁相手となる空席を埋めるべく縁談話が舞い込んだ。妖の名家に四神の玄武家。幸舞の稀血欲しさに時には九頭龍家まで使者を出す者もいた。

「倫太郎、何とかならないの?」
「何とかと言われましても」

千鶴は倫太郎を呼び出せば婚約破棄を認められずにいた。

机上に置かれた大量の手紙。
どれもこれも幸舞を貰い受けたいと名家からの申し出だ。

「貴方からも青龍家に説得して頂戴!左近の貴方が言えば青龍様も考え直してくれる筈よ」
「…千鶴、いい加減にしないか」
「だって貴方!これでは幸舞が可哀想でしょう!!」

両親が言い争う中、倫太郎はどうしたもんか頭を悩ませた。案外早くにも実家に呼び出されれば幸舞が泣きながら飛びついてくる。

「お兄様、助けて!好きな人ができたから婚約破棄だなんて噓よ。私は婚約破棄したくない!お兄様は左近なんでしょ?なら私が花嫁になれるよう協力してくれるわよね⁇」

幸舞は詰め寄りながら懇願する。
倫太郎はそんな妹の憔悴した顔に困った笑みを浮かべれば、見かねた千鶴は幸舞達を部屋から追い出し室内は倫太郎との二人だけになる。

「倫太郎、貴方だけが頼りなの。私の可愛い子、もう貴方しかいないの」
「…母上、もう勘弁して下さい」
「いいえ諦めないわ!幸舞を青龍家に嫁がせるまでは!」
「なぜそうも青龍家に執着するのです」

千鶴が青龍家に執着していたのは知っている。
自分の娘と息子を使ってでも青龍家と繋がりたい理由。
だがそれを知ろうとすればするほど母親の自分への執着度も酷くなっていく。それが怖くてこの家を出た。

「前にも言った筈です。妖・神という生き物は本能に忠実だと。本能が『欲しい』と思えばそれはどんな理由あれ手に入れる強い支配欲求の塊であると。そうなれば稀血に渇望したとて愛情の欲には勝てませんよ」
「…あの子なの?青龍家を誑かしている小娘は」
「…」

史文が幸舞を隣に置いても尚幸舞に振り向かない理由。
既に史文の心は幸華にあるということ。
仕える主人が妹へ想う気持ちに兄の自分が気付かない筈がない。

「ああ…やはり不義の子をここに置いたのは間違いだった。なんて憎たらしいの。結局は不義の子を愛した彼も。この私を見放して…」
「……何の話です」
「だから貴方だけでもって…。ねえ倫太郎、貴方だけは私を裏切らないわよね?」

千鶴はそう言えばゆっくりと倫太郎に近づく。
するりと頬を触れば水色の前髪を横によけた。

「綺麗な顔。あの人そっくり//」
「ッ、」
「ねえ倫太郎?貴方は私の宝なのよ?幸舞を青龍家に嫁がせて、貴方は私の側にいてくれればそれで良かったのに」

倫太郎は冷や汗を流せば目の前に立つ母親にゾッとした。これが息子に見せる母親の顔か?

今の母上はまるで…それを知った時、物凄い吐き気が倫太郎を襲う。

「申し訳ありませんが急用を思い出しました。これで失礼します」

逃げるように部屋を出てギョっとした。
焦げ臭い臭いがする。
横に目をやれば旧館には炎が上がり、御用人の妖達が悲鳴を上げていた。

「いやー!姫様!!」
「幸華⁇」