高校の一大行事といえば、修学旅行だ。
俺が通う学校も、とうとうその日を迎えた。


「おはよ、柴野」
「高峰。おはよう」


校門を入ってすぐのところで高峰に声をかけられた。
高峰朝ちゃんと起きれたんだなぁ、と思っていると。


「柴ちゃんはよー!」
「おはよう柴野」
「おはよう2人とも」
「お前ら俺に対しては?」


矢沢と早川に挨拶をする。高峰は、自分に対して2人が何も言わなかったことに怒っているらしい。


「いたんだ高峰」
「おい、いたんだってなんだ早川」


このくだり前にも見たことがあるなぁ、と思いつつ2人を眺めた。


「そろそろ先生のところに集合しないとダメっぽいな。行こー柴ちゃん」


矢沢は言い合いをしている高峰と早川を放って、俺に声をかけた。俺は頷いて、矢沢と一緒に先生のところへ向かう。


「ちょ、矢沢。勝手に柴野連れて行くなよ」
「お前らが喧嘩してるからだろ」
「喧嘩はしてない」


急いで追いついてきた高峰が俺と矢沢の間に入り込む。
しれっと高峰が俺と手を繋いでいるのはつっこんだ方がいいんだろうか。


「柴野、嫌だったらちゃんと言った方がいいよ」


いつのまにか隣にいた早川が俺に言う。


「別に嫌じゃないよ。大丈夫」
「ならいいよ。そうだ、気になってたんだけど、柴野ってパーソナルスペース狭い方?」


早川の言葉を受けて考える。


「うーん、そんなに狭い方ではないと思うけどなぁ」
「そう?高峰がグイグイいくけど、あんまり困ってるの見たこと無いなって」
「あー……高峰はなんか大丈夫なんだよなぁ」
「……へぇ」


早川がニコッと笑う。今なんか笑う要素あった?


「なに話してんの?」


高峰がグイッと寄ってくる。


「柴野は無防備すぎるって話」
「そんな話してないけど!?」
「それはそうだな。もっとちゃんと警戒したほうがいい」
「それ、高峰だけは言う権利ないから」


そんな話した覚えがない、という俺の話は、早川と高峰には聞こえてないらしい。


「おはよう、4人とも!朝から仲が良いな!」
「あおきんは朝から元気ねー」


担任の青木先生が話しかけてきた。先生は相変わらず声が大きい。いつも元気な矢沢も少し困惑している。矢沢は青木先生のことを「あおきん」と呼んでいるらしい。


「班員が全員そろったら、列に並んで座ってくれ!」
「わかりましたー。みんな行こー」


矢沢に着いて行き列に並んで座る。
ちなみに同じ班のメンバーは、俺、高峰、早川、矢沢だ。いつのまにか決まっていた。


「俺なんかが同じ班でよかったの?」


班のメンバーは自由に決められるので、男女混合の班もある。この3人だったら引く手数多だっただろう。


「なに言ってんの、俺らが柴ちゃんとがいいんだよ」
「柴野は俺らと一緒嫌だった?」
「いや、嬉しいよ。みんなでどこか行くの初めてだし」


俺は首を横に振ると高峰たちがニコニコしている。顔がいいからむやみに笑うのはやめてほしい。


「なにあのイケメンたち。めっちゃニコニコしてるんだけど」
「なにがあったの可愛いな」


一気に周りの目が集まる。何人か倒れてないか??


「はいはいみんな注目!これから校長先生と教頭先生からお話があるのでしっかり聞くように!」


青木先生の大声が初めて役に立った瞬間だった。顔もうろ覚えの校長と教頭が前に立っている。


「あれ聞いてる人いんの?」


後ろで高峰が肩をすくめる。少なくとも俺は聞いていない。


「柴野」


高峰に名前を呼ばれたかと思うと、グイッと引っ張られた。


「うわっ!?」


高峰が後ろから腕を回す。しっかりホールドされて動けない。


「な、なに?高峰」
「暇だから」


答えになってない気がするんだが。俺の手を取ると、握りだした。遊んでいるみたいだ。
まあいいか、と高峰に体を預けて前を向く。
いつの間にか、前で話しているのが校長から教頭になっていた。

教頭の話が終わる。今からバスに乗り込むようだ。

俺たちは後ろから2番目と3番目の通路の左側の席だ。


「柴野、俺らはこっちに座ろ」


俺と高峰は後ろから2番目の席に座った。窓際が俺、通路側が高峰だ。


「そこ高峰なんだーー!ねぇあとでトランプしよ!」


高峰の斜め後ろ、つまり1番後ろの5人席に座っていた女子が高峰に話しかける。


「嫌だよ。てかなんでお前らそこなの?山田たちだっただろ」


山田はうちのクラスの男子だ。高峰たちとも仲が良かった気がする。


「替わってもらったの!」
「あいつら余計なことを……」


高峰がボソッとつぶやく。モテる人は大変だな、とつくづく思う。


「高峰、俺と席替わる?」


俺は小声で隣の高峰に声をかける。俺が高峰と交換したら高峰の負担も少し減るだろう。


「柴野は気にしなくていーよ。でも、ありがと」


そういってフッと微笑み、頭を撫でてくる。イケメンの破壊力は凄まじい。

少しすると、バスが動き出した。


「俺眠いから寝るわ。柴野、着いたら教えて」
「うん。分かった。おやすみ」


高峰は、寝ることで女子たちと関わることを遮断したようだ。1番得策だと、俺も思う。


「えー!高峰寝るのーー?」
「もっと話そうよーー!」


女子たちは面白くない、という風に唇を尖らせた。
確かに、俺もあと少しくらい、高峰と話したかったな。



ーーーー



バスに揺られること1時間。高峰は熟睡しているようだった。

寝ている時でも相変わらず顔がいいな、と感心していると、高峰の頭が通路側に傾いてカクンカクンと動いていた。


「高峰カクンってなってるーー!」
「かわいいーーー!」
「ねぇ起こしちゃおうよ」
「いいね」


その様子を見ていた女子たちが、高峰を起こそうとしている。
せっかく気持ちよさそうに寝ているのに、可哀想だと思った俺は、高峰の頭を自分の方に寄せた。
そして、人差し指をたてて唇に当てる。


「高峰、寝てるから、そのままにしてあげてくれない?」


小声で女子たちに呼びかけた。ちゃんと聞いてくれるだろうか。


「…………あ、うん。ごめんね」
「なんか新たな扉開いたわ」
「分かる」


一瞬ぽかんとした女子たちだったが、すぐに別の話題に移ったみたいだ。
よかった、成功した。
高峰は俺の肩ですうすうと寝息をたてている。
息が頬に当たって少しくすぐったい。

30分ほど経つと、バスの前方にいた先生が話し出した。


「そろそろ駅に着くぞーー!周りに寝ている人がいたらおこしてやれーー!」


俺は隣で眠っている高峰に声をかける。


「高峰、そろそろ着くって。起きれる?」
「んー……」


高峰はぐりぐりと俺の肩に頭を埋める。完全に寝ぼけてる。


「高峰ー」
「……」


呼びかけても反応がない。寝起きは悪い方なのだろうか。新たな一面が見れて嬉しいが、そろそろ起きてくれないと困る。

いつも高峰は頭を撫でてくるので、俺も撫でようか……と思ったが、さすがにバチっとセットしてある髪の毛を触るわけにはいかない。

迷った挙句に、俺は高峰の顔に触ることにした。
すみません、神様。このイケメンに触るというご無礼をお許しください。

心の中で神様に謝り、おそるおそる高峰の顔に手を伸ばす。高峰の顔は俺の片手にすっぽりとおさまった。
いや嘘だろ。顔小さ過ぎないか?

親指を動かして高峰の顔を撫でる。


「……ふへ」


俺の指がくすぐったかったのか、高峰がニコッと笑った。その顔を見るとだんだん顔が熱くなってくる。
なにしてるんだろ、俺。

我に返り、手を離そうとする。と、その手を高峰がガシッと掴んだ。


「た、高峰?」
「……ん、あれ。しばのだ。どしたの、顔真っ赤だよ。かわいいね、ちゅーしていい?」


目がうつろな高峰がニコニコして、俺に迫ってくる。
絶対寝ぼけてる!てか、ちゅーって!?
状況を全くと言っていいほど理解できていない俺の胸の鼓動は、急激に速くなっていく。


「ちょ、高峰っ!」


胸のドキドキが最骨頂になり、思わずグッと目を閉じる。

が、次の瞬間バシンと力強い音が聞こえてきた。
目を開けると高峰が頭をおさえている。


「痛ぇな!なにすんだよ」
「それはこっちのセリフだ、ばか。なに柴野にセクハラしてんだよ」


どうやら前の席に座っていた早川が、身を乗り出して高峰を叩いたらしい。

びっくりした……本当にキスされるかと思った。


「柴野、大丈夫?ごめんね、このバカが。躾けとくから許して」
「早川、俺はお前の子供か?」
「うるさいこのバカ息子。早く柴野に謝りなさい」
「柴野、ごめん。完全に寝ぼけてた」
「俺は全然平気だから。気にしないで」


早川に叱られてシュンとなった高峰は、ほんとに子供みたいで思わず笑ってしまう。

少しすると、バスが停まった。駅に着いたみたいだ。


「みんな起きたかーー?それじゃあ降りるぞーー!降りたら自分の荷物をバスの運転手さんから受け取ってくれ!」


先生の言葉に従って、順番に降りていく。
バスに乗せていた荷物を受け取るらしい。


「柴野の分も俺がもらってくるわ」
「別に自分で……」
「さっき悪いことしたし、俺に持って来させてよ」
「……わかった」


高峰が取りに行ってくれるらしい。俺は気にしてないんだけどな。まあここは、ありがたくやってもらおう。
高峰に取ってもらうのを待っていると。


「ねぇねぇ柴野くん」
「なに?」


さっき後ろの席に座っていた一軍女子だ。
なんだろう。もしかして、さっき高峰を起こすな、って言ったことに怒ってる?


「柴野くんと高峰って付き合ってるの?」
「……え?付き合ってないけど……なんで?」


突然そんなことを聞かれて戸惑う。
女子たちは顔を見合わせた。


「距離がなんか、近いっていうか」
「そうそう。距離感バグってるよね」
「あれは完全に……」
「「恋人の距離」」


そういうと女子たちは騒ぎ出した。意識したことなかったけど、そんなに近かったのか……そういえば、朝にも早川に同じようなこと言われたような。


「えぇ……俺らって距離近い?」
「うん。めちゃくちゃ」
「逆に気づいてなかったの?」
「あれだけ近かったら恋人と勘違いしちゃうよねー!」
「そうなんだ……ごめん、ありがとう。これからは気をつける」


高峰を狙ってる人は大勢いる。そんな人たちに勘違いされるのはまっぴらごめんだ。


「いや、気をつけなくていいよ!」
「むしろそのままがいいっていうか!」
「……えぇ」


訳が分からず混乱している俺を、後ろから誰かが抱きしめる。


「柴野になにしてんの」


俺にこんなことするのは1人しかいない。


「高峰」
「荷物とってきたよ。はい」
「あ、ありがと」


高峰が俺に荷物を渡してくれた。そんな俺たちを見て、なぜか女子たちはニヤニヤしている。


「あぁ〜。なるほどね、そういうことかー」
「高峰、大丈夫。私たちは高峰の味方だから」
「高峰、距離感バグってるみたいだから、ちゃんと世話してあげなよ」
「は?あぁ……わかった」


高峰は一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに女子たちの言葉に頷いた。


「なんの話?」
「柴野はまだ知らなくていいよ」


高峰に聞いたけど、教えてくれなかった。
っていうか、「まだ」ってなに??


「はい、みんな早く並んでーー!新幹線に乗るぞーー!」


先生が叫んでいる。先生の大声大活躍だな。


「柴ちゃーん、高峰ー、行こー」


矢沢に呼ばれ、返事をして着いていく。
高峰がいつの間にか俺と手を繋いでいる。
女子たちや早川に距離が近い、と言われたことを思い出し、俺はその手を離す。


「柴野、俺と手繋ぐの嫌だった?」
「嫌じゃないけど、付き合ってるって勘違いされるから……そうなったら、高峰に迷惑かかるなって」


高峰がジッと見つめてくる。うっ、やめてくれ。その顔で見ないでくれ。罪悪感が……


「俺はいいよ。勘違いされても」


高峰はいたずらに笑う。俺は思わず顔を背けた。こんなイケメン直視できない……


「だから、手、繋ご」


高峰はそういって手を差し出す。こんなことされたら断れない……


「わ、わかった」


俺が手を伸ばすと、高峰はそれをギュッと握った。
後ろにいた女子たちがキャーと悲鳴をあげる。
すると早川と矢沢が振り返って俺たちを見る。


「高峰、柴野にセクハラすんな」
「セクハラじゃありませーん。合意のうえですー」
「柴ちゃーん、困ったらいつでも言って。早川が殴るから」
「任せて」


早川が笑顔で拳を握っている。怖いよ、早川。


「俺は全然。むしろ高峰に迷惑かけてるから……」


俺がそういうと、矢沢と早川ははぁーっとため息をついた。


「柴野は高峰を甘やかし過ぎだよ」


俺が高峰を?
むしろ高峰が俺を甘やかしてくれるような……

首を傾げている俺を見て、矢沢と早川はもう一度大きく息を吐いた。



ーーーー



新幹線に乗り込む。席は、俺と高峰、矢沢と早川が向かい合って座る形だ。


「柴野、トランプする?」


早川がカバンからトランプを取り出した。


「!!うん、する!」


俺は大きく頷く。友達とトランプなんていつぶりだろうか。


「かわい……」


高峰はボソッと呟いて、俺を撫でる。
顔をしかめて高峰に言う。


「かわいくはないだろ……」
「柴野はかわいいよ」
「早川まで!」


俺は助けを求めて矢沢を見るが、矢沢も生温かい目で見てくる。
トランプで喜んだ自分が恥ずかしくなってきた。


「俺のことはいいから、早くしよ!」


熱くなった顔を隠して、早川を急かす。
早川は器用にトランプを交って、みんなに配った。
ババ抜きらしい。

矢沢、早川、高峰、俺の順番に抜いていく。
手札を見ると、ババがこちらをむいて笑っていた。

高峰が俺の手札を抜く番だ。俺はババを持っているのを悟らせないように、ポーカーフェイスを貫いているつもりだ。

が、高峰は見事にババを避けて抜く。
次も、その次もだ。
いつのまにか、矢沢と早川が抜け、最終的に俺と高峰の一騎打ちになった。
高峰はサラッとババではない方を抜き、「はい、おわり」と手札を捨てた。
俺の負けだ。一度もババは動くことなく、俺の手元に残っていた。


「高峰強くない?」
「俺が強いっていうか、柴野が弱すぎる」
「え?」
「気づいてないの?柴野めちゃくちゃわかりやすいよ」


俺はショックを受ける。そういえば前も、高峰に嘘を見破られたような……


「もう一回!」


俺は何度もリベンジしたが、一度も勝つことはなかった。


「うぅ……」
「ごめん柴野、いじめ過ぎた」


落ち込んだ俺を高峰が撫でる。矢沢も早川も俺を撫でてきた。


「わかりやすいのが柴野のいいところだよ」
「そーそー。柴ちゃんはそのままでいいからねー」


2人はまるでぐずる子供をあやすように俺に言う。


「ほら、柴ちゃん、そろそろお弁当くるんじゃない?」


拗ねていた俺の気を逸らすように、矢沢が青木先生を指す。どうやら先生がお弁当を配っているようだ。

お弁当を食べ、少しすると、駅に着いた。



ーーーー



「ここからは、歴史学習だ!有名な神社や寺に見学に行く。列を乱すなよーー!」


先生の言葉で、列が動き出す。どうやら寺社仏閣を見学するらしい。

人気の修学旅行地であるためか、別の高校の生徒と思われる人たちも大勢いる。

有名な神社に入ると、少しの自由時間が取られた。


「どこの学校ですか?」
「SNSやってますか!?」
「やばい、ちょーカッコいいー」


高峰たちはというと、いつも通り女子に囲まれていた。俺たちの学校とは違う制服を身にまとっている。
こうなると長いのだ。高峰たちは困った顔をしつつ誘いを断っている。モテるのも大変だなぁ、としみじみ感じる。

なんとか女子を退けると、3人は大きく息をついた。


「大変そうだね」
「柴野〜」


高峰はガバっと俺に抱きついてくる。スゥーッと大きく息を吸われる。


「柴野の匂い……」
「たっ、高峰?」


俺が困惑していると、早川が高峰をベリっとはがした。


「高峰、さすがにキモい」
「鳥肌たったわ」


矢沢は腕をさすった後、俺を高峰から引き離す。
そして、俺の肩をつかみ、諭すように言った。


「柴ちゃん、いい?簡単に人に抱きつかせちゃいけません」
「えぇ……でも高峰だし……」
「高峰でもダメ。お兄ちゃんとのお約束です。わかった?」


有無を言わせない矢沢の圧に俺は頷くことしかできない。
ていうか、いつから矢沢は俺のお兄ちゃんになったんだ?

高峰の方をちらっとみると、早川に怒られているようだ。口調は穏やかだが、目が笑っていない。この中で一番怒らせてはいけないのは早川だと、俺は本能で理解する。


「まあまあ、早川。そんくらいにして、おみくじ引きに行こーよ」


矢沢が早川をなだめる。こんな状態の早川を止められるのは矢沢だけだろう。


「柴ちゃんも行こー」


矢沢の呼びかけに頷いておみくじの売店に目を移したときだった。
歩き出そうとした俺の足が止まる。


「柴野?どした?」


隣にいた高峰が急に止まった俺をのぞきこむ。
俺はハッとして首を振る。


「や、やっぱり、俺はいいや。ちょっとトイレ行ってくる!」
「あ、おい」


高峰の制止を振り切ってトイレの方へ走り出す。

なんで、なんで、なんで。

俺の頭はこのことでいっぱいだった。



なんで、“アイツ”がここにいる?