どんよりした雲の日の金曜日。昼から雨予報なので、大きめの傘を持ってきている。せっかく今日行ったら土日は休みなのに、雨が降ってくる。俺はこういう日が嫌いだ。

朝いつも通り、SHRの40分前にくると、教室には誰もいなかった。

カバンを机の横にかけ机に突っ伏す。
……まずいかもしれない。
頭がズキズキしてくる。体もだんだんと重くなってくる。
痛み止めの薬は朝飲んできたはずなのに、全くと言っていいほど効かない。
仕方ない。寝て回復するしかない。そう思って目を閉じる。

大丈夫だ、今までだってそうしてきた。

でもこんな日に限って頭がガンガンして寝れなくなる。
そんなとき、ガラガラとドアが開いた音がする。


「柴野、おはよ」
「……」


ごめん高峰。頭痛との戦いを繰り広げていて、答える暇がない。


「柴野?寝てる?」


かろうじて首を横に振る。高峰がそんな俺の顔をのぞき込む。


「顔色悪いけど、どした?体調悪い?」


俺は頷いた。焦ったような心配したような顔の高峰が目に映る。


「朝起きた時はなんともなかった?学校きてから?」


また頷く。YES/NOで答えられるように聞いてくれている。こういう少しの気遣いがまわりに「文句なしのイケメン」と言われる由縁だろう。


「低気圧?」
「……そう」


たったの2文字をしぼり出す。こんなに少ない情報からよくそれが導き出せたなと感心する。


「薬は?」
「のんだ……」
「そっか。でもまだ保健室あいてないしな……」


悩んでいる高峰の声が聞こえてくる。
ずっと机に突っ伏していると体が痛くなってきた。
それを察したかのように、高峰が言う。


「柴野、その体勢だと体痛いだろ。俺が支えようか?」
「……いいの」
「うん。おいで」


俺は高峰に手伝ってもらって体を起こすと、椅子を近づけて座った高峰の体に身を預けた。


「体きつくない?」
「ん……」


高峰がしっかりと支えてくれるおかげで大分快適になった。高峰の体温が温かくて俺はそのまま眠っていた。



ーーーー



次に目を覚ましたのは保健室の中だった。
ゆっくりと体を起こすと、俺が目を覚ましたと気づいた保健室の先生が口を開いた。


「あ、柴野くん?起きた?」
「はい……今何時間目ですか?」


保健室の外が静かであることからして、おそらく授業中だろう。


「今4時間目、もうすぐ終わるわよ」
「あ、そうですか……」


昼頃まで寝てたってことか……どんだけ熟睡してたんだ。


「あの、誰が俺をここまで?」
「高峰くんよ。あと、早川くんと矢沢くんも柴野くんの荷物持ってきてくれたのよ」


あの3人には後でお礼を伝えなくちゃいけないようだ。特に高峰には。

キーンコーンカーンコーン。
4時間目終了のチャイムが流れる。

するとすぐに廊下が騒がしくなった。痛みは弱くなったとはいえ、なくなったわけではない。ズキズキと頭に響き出す。もう薬を飲んでもいい頃合いだろうか。
そんなことを考えていると。


「失礼します」
「柴ちゃーんだいじょーぶかーー」
「うるさい矢沢。柴野が寝てたらどうするんだよ」
「お前もうるさいよ、高峰」


聞き慣れた声が入ってきた。少しホッとする。


「柴野!」


起きている俺をみて、高峰が駆け寄ってくる。


「高峰」
「大丈夫?まだきつい?」
「うん。ちょっと」


俺が頷くと、その頭を高峰が撫でた。最近、頭を撫でられることはないのでくすぐったい。


「高峰が俺をここまで運んでくれたんだよね。ありがと」
「いつでも運ぶから運んで欲しかったら言って」
「いやそれは大丈夫」


俺がそう言うと、みんなが笑った。高峰が言うと本当ぽくなるのが怖いところだ。


「早川と矢沢も。荷物持ってきてくれたんだよね。ありがとう」
「全然いいよ」
「俺たちのこと忘れられたのかとおもった」
「忘れるわけないだろ」


そうやって話している俺の顔を、高峰がのぞき込んだ。


「まだ顔色悪いけど、薬効かないの?」
「……うん」


飲んだはずの薬はなかなか効かない。いつもは効くはずなんだけどな。はぁーっと深い息を吐く。左右に揺れ出した俺の体を高峰が支えてくれた。


「やっぱり早退したほうがいいわね。柴野くん、親御さんのどちらか、今お家にいたりする?」
「あ……2人とも出張行ってて、来れないと思います」


うちの親は2人とも日本中を飛び回っているので、来ることは不可能だろう。


「大丈夫です。1人で帰ります」
「ばか、こんなふらふらなのに、1人で帰れるわけないだろ」


高峰が強めに言う。
今までも、こういうことはよくあった。
どれだけ体調が悪くても、1人で耐えていた。
だから、大丈夫だ。


「俺が一緒に帰ります」
「なに言ってるの高峰。ちゃんと授業受けないと」
「柴野を1人で帰らすほうがだめだ。カバン持ってくる」
「あ、ちょっと高峰、まって」


高峰は俺が止める前に部屋を出ていってしまった。


「高峰はああなったら止まらないよ」
「そーそー。柴ちゃんもこんなときぐらい甘えときな」
「……わかった」


どうやら俺が折れるしかないらしい。
2人も遠い目をして高峰を見送っているあたり、高峰はいつもこうなのだろう。

少し待つと、カバンを持った高峰が戻ってきた。


「よし、じゃあ帰ろ、柴野」


高峰はそう言って俺のカバンを持つ。


「いやカバンくらい自分で……」
「だめ。柴野は今日甘える日」
「なんだそれ」


何度言っても返してもらえなかったので、諦めてそのままついていく。


「じゃーね柴ちゃーん。元気でなーー」
「ゆっくり休んで」


矢沢と早川の2人に見送られて部屋を出る。
少し歩いたところで俺は口を開いた。


「あのさ、高峰」
「ん?」
「これなに?」


俺はがっちりと高峰と繋がれた手を掲げる。


「柴野が倒れないようにだよ」
「いや大丈夫だから」
「だめだって。お願いだから今日は自分のこと大事にしてよ。わかった?」
「……わかった」


親に諭されている子供の気持ちだ。だがもう少し、高峰は周りを見てほしい。すごい量の注目が集まっている。


「高峰先輩、お疲れ様です!!」
「お疲れー」
「どこいくんですか!?」
「どこでしょー」


1人の後輩女子が高峰に声をかけたのをかわきりに、だんだんと高峰に声をかける人が増えてきた。高峰は話しかけられたことをおうむ返ししているようだ。

進もうにも、女子たちが道を阻んでなかなか進めない。

女子たちの声が頭に響く。できれば声のトーンを下げてほしい。そんな願いも虚しく、人は集まってくる。


「柴野?」


できるだけ高峰に寄って俯く。これが1番周りの声を遮ることができた。


「たかみね……ごめ……おれちょっと」
「ごめん、きつかったよな」


高峰がポンと俺の頭を撫でる。


「話はまた今度ー」
「えー!なんでですかー!もうちょっと話しましょうよー!」
「ほんと、悪いんだけど、今忙しいんだよ。どいて」


穏やかな口調とは一変して、強い口調になる。
それでも、女子たちは高峰に話しかけ続ける。
高峰を引き留めるためにより一層声が大きくなる。
高峰は俺のスピードに合わせているせいで、なかなか振り切れない。

頭がぐるぐるして前に進めない。高峰にほぼ全体重を預けている状態だ。


「ごめん、たかみね……はこんで……」


保健室で言ってたことを本当にここで使うとは思っていなかった。
ずるずると高峰に体重をかけながら座り込んだ。


「大丈夫か見にきたらやばいことなってんじゃん」


座り込んだ俺を誰かが支えた。


「……やざわ?」
「うん、矢沢。立てる?柴ちゃん」
「ちょ……まって」
「全然待つ。女子の方は早川がなんとかしてるから、気にしなくていーよ」


矢沢は俺が落ち着くのを俺の背中をさすりながら待ってくれる。


「ごめんね、やざわ」
「え?なんで?柴ちゃんが謝ることじゃないじゃん」
「めいわくかけたから」
「迷惑なんかじゃないよ、心配してる。無理せずちゃんと甘えなよ。いい?」
「ん……」


矢沢に支えてもらいながら少し話していると、高峰の声が聞こえてきた。


「柴野、ほんとごめん」
「高峰は悪くないだろー。なあ、柴野」


矢沢の言葉に頷く。高峰が「立てる?」と聞いてきたので、手を取って立ち上がった。


「俺たちも心配だしバス停までついてくよ」
「助かる」


早川たちがついてきてくれるみたいだ。なんとか女子の制止を振り切って、バス停に到着した。早川が先導して、高峰と矢沢が両側から支えてくれていたのだ。雨が降っていたので、俺を濡れさせまいと2人が傘をさしてくれたおかげで、全くと言っていいほど濡れなかった。逆に、2人の肩は濡れていた。ごめん、2人とも。

バス停のベンチに腰掛けると、高峰が自分の濡れていない方の肩をポンと叩く。


「俺にもたれときな、柴野」
「ん、ありがと……」


俺は大人しく高峰にもたれて目を閉じる。


「柴野って電車通学だよね?」


早川の言葉に頷く。


「じゃあ駅までバスだな」
「毎日そんな遠くから来てんのかー、えらいな柴ちゃん」


高峰と矢沢にできれば何か言いたいのだが、そんな余裕は無かった。