(早川視点)
無我夢中で走っていたら、いつのまにか家を通り過ぎていた。
むしろちょうど良いかもしれない。こんな酷い顔のまま、妹たちやその友達に会うわけにはいかない。
高峰の家に押しかけようとも思ったが、今日は柴野が泊まり来ると朝言っていた。そこに押しかけるほど、俺の神経は図太くない。
結局たどり着いたのは、家から少し離れたところにある公園だった。
高峰や矢沢と幼い時によく遊んだ場所だ。
遊具から少し離れたところに、ポツンと一つだけあるベンチに腰掛けた。
ぼぉっと公園の真ん中にたっている時計を眺めているうちに、俺が来た頃には騒がしかった遊び場も、誰もいなくなっていた。
少しずつ気温が下がって、それに合わせるように、体の熱が奪われていく。
でも、そんなのどうでもよかった。明日、矢沢にどんな風に接したらいいのか、どんな顔して会えばいいのか。そっちの方が気がかりだった。
もう、幼馴染じゃ嫌だって、言ってしまったから。
戻れない。
戻りたくもない。
あんな曖昧な関係には。
そう、頭じゃわかっているはずなのに。
「つらいよ、矢沢……」
もうお前と一緒にいれない。
その事実にどうしても悲しくなった。
忘れられたら、どれだけよかっただろうか。
でも、厄介なことに、忘れたいと願うほど、反比例するように想いは膨らんでいった。
好きだ。
好きだよ。
俺だけを見てよ。
幼馴染としてじゃない、もっと特別がいい。
もっと特別な関係で、お前と繋がりたい。
お願い、お願いだから。
俺から離れないでよ、
「矢沢……」
「早川!!」
ぽつりと吐いたその名前に呼応するように、俺の名前を呼んだ。それだけで、胸をギュッと掴まれたような感覚になる。
思わずベンチから立ち上がった俺を、矢沢はグイッと抱き寄せた。耳元で発されている呼吸が浅い。走って探してくれてたのかと思うと、嬉しくて思わず目頭が熱くなる。
矢沢の温かさが、冷え切った体に広がっていく。
「体冷たいね、きょーちゃん」
「……矢沢のせいだよ」
「うん、ごめん」
矢沢はそう言って、俺の頭を撫でた。優しいその手に、大人しく撫でられることしかできなかった。
俺の体温が矢沢のと同じくらいになった頃、矢沢が口を開いた。
「俺さ、早川が俺を好きだってこと結構前から知ってたよ」
「はっ!?」
衝撃の事実に飛び上がり、矢沢と少し距離を取った。
矢沢はニッと笑った後、真剣な顔になる。
「でも、俺、なにも言わなかった。一緒に居られたらそれでいい、って思ってたから」
「ずっと一緒って、そんなわけないのにね。ただの幼馴染なんだから」
矢沢はそう言って自虐するように笑った。
そして、優しく俺の目を見据えた。
「……早川は、どう思ってた?」
「俺は……告白して、振られるくらいなら、幼馴染のままでいいって」
「なんで俺が振る前提?」
「だって矢沢は幼馴染のままがいいって思ってるのかなって」
俺が言うと、矢沢は最大限に顔を顰めた。
「はぁ!?俺、早川が『幼馴染のままでいい』って言ってたから……」
「それは、告白して付き合えなくて気まずくなったら嫌だからで……誰が好き好んで、好きなやつと付き合おうとしないんだよ」
俺たちは重大な問題に気づいてしまった。
お互いがお互いのことを考えた結果、異常なまでにすれ違っていたことに。
一瞬沈黙した後、矢沢は声をあげて笑い出した。
「柴ちゃんに『勘違いだ』って言われた理由がわかったわ」
小さな勘違いから生まれたすれ違いは、どうやら俺たちの間に大きな溝を作っていたらしい。
「恭弥」
笑いがおさまった矢沢は、俺の名前を呼んだかと思うと、グッと引き寄せた。
腰に腕をまわされる。
顔が熱い。急にそんなことするなよ、ばか。
「俺も、幼馴染じゃ嫌だよ」
俺を抱きしめる力が強まった。それが、矢沢の想いを表しているみたいでくすぐったい。
「俺と恋人になって」
矢沢のその言葉は、いとも簡単に俺の心臓を撃ち抜いた。
体の内側から熱が発されて、全身に駆け巡る。
その火照りを隠すように、矢沢の肩に顔を埋めた。
「…………いい、よ」
体も顔も熱いのを隠して言うには、それが限界だった。
うまく言葉が出てこないし、顔は赤いし最悪だ。
そんな俺に比べて、なんでこいつはこんなに余裕そうなんだよ。口を尖らせると、それに気づいた矢沢が口を開いた。
「あれ?きょーちゃん、なんでちょっと不機嫌なの」
「うるさい、別に不機嫌じゃない」
「不機嫌じゃん」
矢沢はそう言って笑った、かと思うと急に黙った。
「矢沢?」
ふいとそちらを見ると、不機嫌丸出しの顔がそこにはあった。
どうしたんだろうか。
キョトンとしていると、矢沢が俺に手を伸ばす。
ゆっくり伸びてきたその手は、俺の首筋に触れた。
「ひっ……!き、急になにすんの、ばか」
ビクンとはねてしまった肩をごまかすようにそう言った。
矢沢は顔を顰めた後、俺を見据えた。
「これ、なに?」
「これって?」
「キスマークだよ」
真剣な矢沢の目は俺を捉えて離さない。
俺はできるだけそれから逃れるように顔を背けた。
「さっき、飯山に……」
「は?あのクソ野郎絶対許さん」
言い方も目も本気だ。今にも走っていきそうなのを慌てて止めた。
「なにしにいくつもり?」
「あのクソ野郎に1発入れないと気が済まない」
矢沢はグッと拳に力を入れた。バランスよく鍛えられたその腕に殴られたら、どんな痛みだろうか。考えるだけでゾッとする。
「まあ、今は早川の方が大事だから」
矢沢はそう言うとこちらに向き直り、俺をギュッと抱きしめた。
キスマークをつけられた俺の首筋を指で優しく撫でる。
ビリビリとしたその感覚は、飯山の時とは違ってなぜかとても心地いい。
でも、
「やざわっ、なんかビリビリするからやめて……」
ずっとこのままだと体が変になりそうだ。
いったん離れようと矢沢を押そうとするけど、うまく体に力が入らない。
「ごめん、無理」
矢沢はそう言うと、俺の首筋に唇を当てた。
「んっ……」
微かな痛みを感じる。変な声が出るからやめてほしい。
矢沢は顔をあげると、まだ痛みが残っている場所を優しく撫でた。
「これ、もう俺のだから」
その言葉に、ぶわっと顔が熱くなった。
なんでそんなセリフ恥ずかし気もなく言えるんだよ、
「ばか」
「え、なんで急に!?」
「うるさい」
矢沢の肩に顔を埋めると、それを受け入れるように腰に腕をまわされる。
そういうところなんだよな、こいつ。
好き、という気持ちが溢れ出る。
「あ、そうだきょーちゃん。妹たちが家で待ってたよ」
「…………」
「無視!?」
そう言いながらも矢沢は腕の力を弱めようとはしない。
お前だって、俺を離す気なんかないくせに。
ぐりぐりと矢沢の肩に顔を埋める俺を見て、矢沢は口を開いた。
「……ねえ早川」
「ん?」
「この前のリベンジしていい?」
「…………いいよ」
なにを、とは言わなくてもわかった。
矢沢の手は、俺の頬を伝ってサラッと髪をかきあげた。
耳を優しく撫でられてくすぐったい。
ゆっくりと近づくその顔を、目を閉じて受け入れた。
前の時よりも優しく、柔らかい気がした。
目を開けると、矢沢と目があった。
「好きだよ、早川」
ニコッと笑う純粋なその顔に、胸の鼓動はおさまりそうにない。
「…………、ぉれも」
「え?なんて?」
「……っ!矢沢のばか!」
「きょーちゃんひどーい」
「きょーちゃん言うな!」
胸の鼓動が聞こえないように、大きな声で誤魔化すので精一杯だった。
俺も、どうしようもないくらい好きだよ、ばか。
おわり
無我夢中で走っていたら、いつのまにか家を通り過ぎていた。
むしろちょうど良いかもしれない。こんな酷い顔のまま、妹たちやその友達に会うわけにはいかない。
高峰の家に押しかけようとも思ったが、今日は柴野が泊まり来ると朝言っていた。そこに押しかけるほど、俺の神経は図太くない。
結局たどり着いたのは、家から少し離れたところにある公園だった。
高峰や矢沢と幼い時によく遊んだ場所だ。
遊具から少し離れたところに、ポツンと一つだけあるベンチに腰掛けた。
ぼぉっと公園の真ん中にたっている時計を眺めているうちに、俺が来た頃には騒がしかった遊び場も、誰もいなくなっていた。
少しずつ気温が下がって、それに合わせるように、体の熱が奪われていく。
でも、そんなのどうでもよかった。明日、矢沢にどんな風に接したらいいのか、どんな顔して会えばいいのか。そっちの方が気がかりだった。
もう、幼馴染じゃ嫌だって、言ってしまったから。
戻れない。
戻りたくもない。
あんな曖昧な関係には。
そう、頭じゃわかっているはずなのに。
「つらいよ、矢沢……」
もうお前と一緒にいれない。
その事実にどうしても悲しくなった。
忘れられたら、どれだけよかっただろうか。
でも、厄介なことに、忘れたいと願うほど、反比例するように想いは膨らんでいった。
好きだ。
好きだよ。
俺だけを見てよ。
幼馴染としてじゃない、もっと特別がいい。
もっと特別な関係で、お前と繋がりたい。
お願い、お願いだから。
俺から離れないでよ、
「矢沢……」
「早川!!」
ぽつりと吐いたその名前に呼応するように、俺の名前を呼んだ。それだけで、胸をギュッと掴まれたような感覚になる。
思わずベンチから立ち上がった俺を、矢沢はグイッと抱き寄せた。耳元で発されている呼吸が浅い。走って探してくれてたのかと思うと、嬉しくて思わず目頭が熱くなる。
矢沢の温かさが、冷え切った体に広がっていく。
「体冷たいね、きょーちゃん」
「……矢沢のせいだよ」
「うん、ごめん」
矢沢はそう言って、俺の頭を撫でた。優しいその手に、大人しく撫でられることしかできなかった。
俺の体温が矢沢のと同じくらいになった頃、矢沢が口を開いた。
「俺さ、早川が俺を好きだってこと結構前から知ってたよ」
「はっ!?」
衝撃の事実に飛び上がり、矢沢と少し距離を取った。
矢沢はニッと笑った後、真剣な顔になる。
「でも、俺、なにも言わなかった。一緒に居られたらそれでいい、って思ってたから」
「ずっと一緒って、そんなわけないのにね。ただの幼馴染なんだから」
矢沢はそう言って自虐するように笑った。
そして、優しく俺の目を見据えた。
「……早川は、どう思ってた?」
「俺は……告白して、振られるくらいなら、幼馴染のままでいいって」
「なんで俺が振る前提?」
「だって矢沢は幼馴染のままがいいって思ってるのかなって」
俺が言うと、矢沢は最大限に顔を顰めた。
「はぁ!?俺、早川が『幼馴染のままでいい』って言ってたから……」
「それは、告白して付き合えなくて気まずくなったら嫌だからで……誰が好き好んで、好きなやつと付き合おうとしないんだよ」
俺たちは重大な問題に気づいてしまった。
お互いがお互いのことを考えた結果、異常なまでにすれ違っていたことに。
一瞬沈黙した後、矢沢は声をあげて笑い出した。
「柴ちゃんに『勘違いだ』って言われた理由がわかったわ」
小さな勘違いから生まれたすれ違いは、どうやら俺たちの間に大きな溝を作っていたらしい。
「恭弥」
笑いがおさまった矢沢は、俺の名前を呼んだかと思うと、グッと引き寄せた。
腰に腕をまわされる。
顔が熱い。急にそんなことするなよ、ばか。
「俺も、幼馴染じゃ嫌だよ」
俺を抱きしめる力が強まった。それが、矢沢の想いを表しているみたいでくすぐったい。
「俺と恋人になって」
矢沢のその言葉は、いとも簡単に俺の心臓を撃ち抜いた。
体の内側から熱が発されて、全身に駆け巡る。
その火照りを隠すように、矢沢の肩に顔を埋めた。
「…………いい、よ」
体も顔も熱いのを隠して言うには、それが限界だった。
うまく言葉が出てこないし、顔は赤いし最悪だ。
そんな俺に比べて、なんでこいつはこんなに余裕そうなんだよ。口を尖らせると、それに気づいた矢沢が口を開いた。
「あれ?きょーちゃん、なんでちょっと不機嫌なの」
「うるさい、別に不機嫌じゃない」
「不機嫌じゃん」
矢沢はそう言って笑った、かと思うと急に黙った。
「矢沢?」
ふいとそちらを見ると、不機嫌丸出しの顔がそこにはあった。
どうしたんだろうか。
キョトンとしていると、矢沢が俺に手を伸ばす。
ゆっくり伸びてきたその手は、俺の首筋に触れた。
「ひっ……!き、急になにすんの、ばか」
ビクンとはねてしまった肩をごまかすようにそう言った。
矢沢は顔を顰めた後、俺を見据えた。
「これ、なに?」
「これって?」
「キスマークだよ」
真剣な矢沢の目は俺を捉えて離さない。
俺はできるだけそれから逃れるように顔を背けた。
「さっき、飯山に……」
「は?あのクソ野郎絶対許さん」
言い方も目も本気だ。今にも走っていきそうなのを慌てて止めた。
「なにしにいくつもり?」
「あのクソ野郎に1発入れないと気が済まない」
矢沢はグッと拳に力を入れた。バランスよく鍛えられたその腕に殴られたら、どんな痛みだろうか。考えるだけでゾッとする。
「まあ、今は早川の方が大事だから」
矢沢はそう言うとこちらに向き直り、俺をギュッと抱きしめた。
キスマークをつけられた俺の首筋を指で優しく撫でる。
ビリビリとしたその感覚は、飯山の時とは違ってなぜかとても心地いい。
でも、
「やざわっ、なんかビリビリするからやめて……」
ずっとこのままだと体が変になりそうだ。
いったん離れようと矢沢を押そうとするけど、うまく体に力が入らない。
「ごめん、無理」
矢沢はそう言うと、俺の首筋に唇を当てた。
「んっ……」
微かな痛みを感じる。変な声が出るからやめてほしい。
矢沢は顔をあげると、まだ痛みが残っている場所を優しく撫でた。
「これ、もう俺のだから」
その言葉に、ぶわっと顔が熱くなった。
なんでそんなセリフ恥ずかし気もなく言えるんだよ、
「ばか」
「え、なんで急に!?」
「うるさい」
矢沢の肩に顔を埋めると、それを受け入れるように腰に腕をまわされる。
そういうところなんだよな、こいつ。
好き、という気持ちが溢れ出る。
「あ、そうだきょーちゃん。妹たちが家で待ってたよ」
「…………」
「無視!?」
そう言いながらも矢沢は腕の力を弱めようとはしない。
お前だって、俺を離す気なんかないくせに。
ぐりぐりと矢沢の肩に顔を埋める俺を見て、矢沢は口を開いた。
「……ねえ早川」
「ん?」
「この前のリベンジしていい?」
「…………いいよ」
なにを、とは言わなくてもわかった。
矢沢の手は、俺の頬を伝ってサラッと髪をかきあげた。
耳を優しく撫でられてくすぐったい。
ゆっくりと近づくその顔を、目を閉じて受け入れた。
前の時よりも優しく、柔らかい気がした。
目を開けると、矢沢と目があった。
「好きだよ、早川」
ニコッと笑う純粋なその顔に、胸の鼓動はおさまりそうにない。
「…………、ぉれも」
「え?なんて?」
「……っ!矢沢のばか!」
「きょーちゃんひどーい」
「きょーちゃん言うな!」
胸の鼓動が聞こえないように、大きな声で誤魔化すので精一杯だった。
俺も、どうしようもないくらい好きだよ、ばか。
おわり


