次の日。
早川と話したいと思ったはいいものの、タイミングが掴めないまま放課後を迎えた。

早川はさっさと帰ってしまったので、仕方なくいつものように部活に行くことにした。
昨日、あの後部活に行くと顧問になにかあったのかと問い詰められたが、はぐらかした。「無断欠席はやめろよー」と言われただけだった。

着替えに行こうと更衣室に向かっていると、やけに女子たちがうるさかった。


「さっき早川くんが他の学校の人に呼び出されてた!」
「うそまじ!?え、可愛かった?」
「それが、女子じゃなくて男子だったんだよ」
「は!?男子!?」


その会話を聞いた途端、俺は走り出していた。

誰かに、早川を取られるかもしれない。
俺じゃない、他の男に。


そんなの、嫌だ。


急いで校舎を出て、校門付近にいた女子に話しかける。


「ごめん、早川どこ行ったかわかる?」
「え!矢沢くん!?えっと、あっちの方に行ったけど……」
「そう。ありがと」


「あのっ」という女子の制止も振り切って、教えてもらった方向に走る。


まだ、誰のものにもならないでよ。早川。



ーーーー



どんどん人通りが少なくなっていく。


嫌だ、嫌だ、嫌だ


このまま早川が誰かのものになるなんて、嫌だ。

俺の心はどうしようもなくわがままだ。
ほんと、自分が嫌になる。

早川はまだ、こんな俺を好きでいてくれるだろうか。


「早川!」


姿を見つけた途端、叫んでいた。

あの一緒にいる男は誰だ?
なにをされてる?
俺が今すべきことは?

駆け寄っている間に頭をフル回転させた。

手を伸ばし、早川を引き寄せる。どこか辛そうな顔をしていて、心がズキズキと痛んだ。
一緒にいる男に目を向ける。
この不気味な笑みはどこかで見たことがある。


「お前、修学旅行の時の……!」
「あ、木刀の子だ〜。久しぶりだね〜」


確か、飯山だ。ヘラヘラとした表面的な笑顔でこちらに手を振ってきた。


「黙れクソ野郎」


そう吐き捨てて、早川に「大丈夫?」と話しかける。
飯山なんて、どうでもいい。


「何された?体調悪いとか気分悪いとかない?」


修学旅行の時を思い出す。飯山はたしか早川に「相手して」とふざけたことを言っていた。
なにかされていないだろうか、そう思って早川を見つめる。
すると早川は、俺から目を逸らした。
そしてまた、辛そうな顔で言葉を発した。


「…………なんで」


俺がなんで、ここまできたのか。そういう意図だろう。
なんて言えばいいのか。わかっているはずなのに。


「俺たちは……幼馴染、だから」


そうじゃないだろ。自分で自分を殴りたくなる。
早川のことが好きだから、とそう言えばよかったのに。

俺はどこまでいっても臆病だ。
好き、と言ってしまったら、本当にこのままではいられなくなる。
それが俺にはどうしようもなく怖いのだ。
この関係が、変わってしまうことが、怖い。
ずっと一緒にいられなくなってしまうかもしれない。

でも。


「俺は……もう、幼馴染は嫌なんだ」


早川のその言葉に、目を見開いた。
俺ができなかったことを、早川はやってのけた。

でも、早川はまだ辛そうな顔のままで。
俺がなにか言い出す前に走り出してしまった。


「早川、待っ……」


早川を追いかけようとした俺の腕を誰かが掴んだ。


「ちょっと待ちなよ」
「……なんだよ、飯山」


飯山がのらりくらりとしているのは変わりない。
でも、その言葉はさっきよりも少し、芯があるように感じた。


「早川くんになんていうつもりなのさ」
「…………お前には関係ない」
「そりゃあ、オレには関係ないよ?でも2人には関係あるでしょ?」


飯山は俺を掴む力を強めた。


「君も早川くんのこと、好きなんでしょ。それなのになんであんな中途半端なこと言うの?」
「…………それは」


俺が言葉に詰まると、飯山は俺の制服のネクタイをグイッと引っ張り、顔を近づけた。チッと舌打ちをされた。


「いい加減、腹括れよ。お前のせいだよ、早川くんがあんな辛そうな顔するの。好きなやつに、そんな顔させんな」


飯山からは聞いたことのない、真っ直ぐ心臓に突き刺さるような真剣な言葉だった。
その言葉に、驚いて声が出ない。
飯山は一瞬うつむいた後、パッとネクタイを離した。


「まあ、君がああやって早川くんのこと傷つけるままだったら、オレが奪うから。まだ最後まで出来てないしね〜」


飯山は二ヘラと笑った。いつもの感じに戻ったようだ。
その様子に安心して、言葉を返す。


「させるか、クソ野郎」
「酷くない?オレ、一応応援してあげたんだけど」
「うるさい」


こんなやつに、背中を押されるのは少し癪だけど。
でも、自分がなにを伝えたいのか、はっきりした。伝える覚悟もできた。


「じゃあな、クソ野郎。二度と来んなよ。早川にも柴ちゃんにも手だすな」
「さあ〜、それはどうかなぁ」


ニコニコと掴みどころのない笑みを浮かべる飯山を目に捉える。
こんなやつにも、一応、言っておかなきゃいけない。


「…………まあ、ありがと」


小さくそう残して、俺は走り出した。


早く伝えたい。
どうしようもなく膨れ上がったこの想いを。


好きだよ、早川。
俺も、幼馴染じゃ嫌だ。



ーーーー



フォームすら気にせず走った。
今の俺を顧問が見たら、卒倒するほど酷い走り方。
でも、それよりも、この想いが何億倍も先に進んでいる。


早く会いたい。
この想いを伝えたい。
もっと、早川に触れたい。


息をきらしながら走って、早川の家までたどり着いた。
インターホンを鳴らすと、「はーい」と女の子の声が聞こえた。


「あ!千秋お兄ちゃん!久しぶり!」


そう言って俺を出迎えたのは、早川の妹の柚乃ちゃんだ。その後ろには柚乃ちゃんの双子の妹の紫乃ちゃんもいる。


「いきなりごめん、早川っている?」


俺がそういうと、妹2人は顔を顰めた。


「まだ帰ってきてないの!今日友達くるから早く帰ってきて、って言ったのに」
「連絡もつかないし……」
「そっか、わかった。俺も早川に用事があるから、探してくるよ」


俺がそう言うと、2人はパアッと顔を輝かせた。そういう顔は少し早川に似ている気がする。
「じゃあね」と2人に背を向ける俺を、紫乃ちゃんが呼び止めた。


「ちあき兄」
「なに?」
「きょう兄のこと、よろしくね」


そう言って紫乃ちゃんはどこか含みのあるように笑った。
まさか、俺たち2人のこと、なにか気づいているのだろうか。


「……うん、わかった」


その言葉に頷き、走り出す。
まだ、走れる。


待ってて、早川。
もう二度と、離さないから。