(矢沢視点)
勉強会の日から数日経った。
早川は俺を避けているようだった。
そうだよな、あんなことしたんだ。避けられるのも当然だろう。

ぽつりとそんなことを考えて、通学路につく。
早川と一緒に行くことも無くなって、隣が物足りなく感じた。

学校について教室に入る。今日は部活の朝練がないので、そのまま教室に来たのだ。
まだSHRが始まるまで時間があるからか、教室の中には1人しかいなかった。


「おはよ、矢沢」
「おはよー」


声をかけてきたのは柴ちゃんだ。柴ちゃんも大体いつもこの時間に来ている。


「あれ、早川は?」


柴ちゃんがキョロキョロと周りを見渡している。


「……今日は一緒じゃないよ」
「今日は、じゃなくて最近ずっとでしょ」


鋭い目線で貫かれ、言葉に詰まった。
図星をついた柴ちゃんは嬉しそうに微笑んだ後、首をかしげた。


「早川となんかあったの?」
「あー……まあちょっとね」


俺は言葉を濁す。なぜか分からないが、柴ちゃんにかっこ悪いところは見せたくない。これは俺と早川と高峰の共通認識なのだ。


「いつでも相談してよ。俺だったら頼りないかもだけど、矢沢と早川は俺が高峰のことで悩んでた時に色々聞いてくれたし、助けてくれたから。次は俺が力になりたい」


そう言って俺を見据える目にくもりは一切なかった。


「うん。ありがと」


俺がそういうと柴ちゃんはニコッと笑った。
初めて見た時より表情が豊かになった気がする。おそらく高峰と一緒にいるからだろうな。


「聞いてもいい?」
「なに?」
「矢沢は早川のこと、どう思ってるの?」


柴ちゃんのその言葉に黙り込む。
俺は、早川のことどう思っているんだろうか。


「……わかんない」


消えかかった声で呟いた。
ただの幼馴染、ではないと思う。
けど、それ以外に何も思いつかない。

好き、という気持ちはもう、諦めたから。



ーーーー



放課後。
部活に向かおうとする俺の背を誰がトントンと叩いた。


「矢沢くん」
「…………なに?」


俺を呼んだのは、去年の秋くらいまで付き合っていた元カノだった。


「ちょっといい?」
「……俺部活なんだけど」
「すぐ終わるから!」


そう言って俺の腕を引く。変に抵抗したらややこしくなりそうだな、と思い、諦めてついていく。

連れてこられたのは校舎裏だった。人通りはほとんどなく、うちの学校のいわゆる告白スポットなのだ。
俺もそこまで鈍くはない。今からここで始まる会話の内容は大体予想できる。


「私たち、復縁しない?私さ、矢沢くんと別れた後いろんな人と付き合ったんだけど、やっぱり矢沢くんがいいなって思ったんだよね〜」
「……そう」


多分この子は、俺自身のことなんて見てないんだろうな。結局、俺と付き合っているというステータスが欲しいだけ。
なんでそんなことがわかるのか。
理由は明白だ。

俺のことが好きで、俺自身を見てくれる人を知っているから。

でも、諦めないといけない。忘れないといけない。


「復縁しようよ。矢沢くん今付き合っている人いないんでしょ?いいじゃん」


諦めるために、忘れるために、この提案を受け入れた方が早いのはわかっているのに。

「うん」のただ2文字が、口から出ることを拒んでいる。

俺が黙り込んでいると、元カノが怪訝そうな目で俺を見た。


「なに?矢沢くん好きな人でもいるの?」
「……わかんない」
「はあ?なにそれ意味わかんない。まあいいや。私と復縁する気になったらいつでも連絡して」


そう言って元カノはパタパタと走って行った。
「いない」って言えたらよかったのに。
なんでまだ俺はこんなに中途半端なんだよ。

壁にもたれてズルズルと座りこむ。
好きっていう気持ちも諦めきれず、幼馴染という関係も曖昧にして、俺はなにがしたいんだよ。
大きく息をついて、折り畳んだ足に顔を埋めた。

じんわりと目に涙が浮かびそうになったその時。


「矢沢?」
「……柴ちゃん」


誰が来たのか確認するために少しあげた顔を慌てて伏せた。


「どしたの?」


駆け寄って、俺の顔を覗こうとする柴ちゃんを手で制する。


「……ちょ、待って。あんま見ないで」
「なんで?」
「今、かっこ悪い顔してるから」


中途半端な自分に苛立って、泣きそうになって、そんなかっこ悪いとこ柴ちゃんに見せられない。


「矢沢はいつでもかっこいいよ?」


ありがと、と言いたいところだけど、涙を堪えるのに必死で言葉が出てこない。
柴ちゃんは俺の隣に座ってなにも言わない。
俺が落ち着くのを待っているようだった。

はぁーっと大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。
よし、なんとか話せるようになった。


「ごめん、落ち着いた。で、どしたの?俺になんか用だった?」
「あぁ、陸上部の人が矢沢がまだ来てない、って言ってたから。手分けして探してた」


そういえば部活だった。すっかり忘れてた。
「それで」と柴ちゃんは続ける。


「元カノ?の人に復縁しようって言われたんでしょ?もうクラスで噂になってたよ」
「まじか」


情報が伝わる速さに驚いた。
柴ちゃんはそんな俺の顔をうかがって、おそるおそる口を開いた。


「…………復縁、するの?」


ぽつりと発されたその言葉に目を背けた。


「……できたら、良かったんだけどね」


思わず本心が口からこぼれた。
柴ちゃんは驚いた様子で俺を見る。


「それは、復縁したかったけど、できなかったってこと?」
「……まあ」
「なんでできなかったの?」
「俺が諦めきれなかったから。……早川のこと」
「はぁ!?」


柴ちゃんから今まで聞いたことのないような大声が聞こえた。驚いて目を向けると、柴ちゃんはすごい形相で俺を見つめている。


「やっぱり矢沢は早川のこと好きなんだ。……じゃあなんで諦める必要があるの?てゆうか、なんでそれで復縁しようとしてたの?」
「早川は……俺と幼馴染以外の関係になることを望んでないんだよ。だから、もう早川のことは諦めようと思って……」


柴ちゃんの眉間の皺が一層深まった。
柴ちゃんはなにかを思い出しながら口を開く。


「早川が、矢沢にそう言ったの?」
「直接は言われてないけど……でも前に『矢沢とは幼馴染でいい』って言ってるのが聞こえて」
「……矢沢、多分それ勘違いだよ」
「え?」


驚いて柴ちゃんを見る。勘違いって?なにが?
柴ちゃんは全部知っているのだろうか。


「とにかく!早川と話した方がいいよ。『ちゃんと話さないと、いつまでもこのままだ』って教えてくれたの矢沢でしょ?」


そう言って柴ちゃんは微笑んだ。
俺だって、このままなのは嫌だ。曖昧なまま終わるのは嫌だ。

早川が本当はどう思ってるのか、知りたい。

たとえ、幼馴染というこの関係が終わってしまったとしても。