(矢沢視点)
頭を鈍器か何かで殴られたような衝撃だった。
ーーーー
部活の朝練が終わり、教室に戻った。
ガラガラ、とドアが開き、早川が入ってきた。
「おはよ、きょーちゃん」
「……はよ」
早川は実は朝に弱い。とてつもなく機嫌が悪くなる。
それを知っているのは俺と高峰くらいだ。今年に入って仲良くなった柴野でさえ知らない。早川はなぜが柴ちゃんの前ではカッコつけてしまうらしい。
謎の優越感に浸る。早川のことが好きな女子たちも、そんなこと知らないだろう。多分、というか絶対、俺は誰よりも早川のことについて知っていると思う。
「あ、俺今日日直だ。日誌取りに行ってくる」
「いってらー」
ガタッと席を立った早川を見送った。
柴ちゃんにでも話しかけようか、そう思った矢先。
「待って、聞いて!」
1人の女子が駆け足で教室に入ってきた。
周りの友達の女子たちはその子を取り囲む。
「どしたの」
「落ち着きなよ」
肩で息をする女子を宥めているようだった。
「さっき、ダメ元で早川くん遊びに誘ったんだけどさ」
「え、それで?」
「今度遊びに行ってくれるって!」
「はぁぁぁぁ!?」
「なにそれ羨ましい!」
頭を鈍器か何かで殴られたような衝撃だった。
今まで早川は女子にどれだけ誘われても、その誘いには乗らなかった。
だからこそ、隣で繰り広げられたその会話が本当のことだと信じられなかった。
早川のことならなんでも知っていると思っていた。
でも、そうじゃなかった。
俺の知らないところで、誰かと遊んでいるのかもしれない。
俺のことが、好きだったんじゃないの?
そう言えたら良かった。
でも、言えない。
俺たちはただの幼馴染だから。
せめて、俺くらいには言ってくれたらいいのに。
と、考えてしまう自分が嫌になる。
俺だって、同じことしたのにな。
早川が俺のこと好きだと知っていたのに、早川に何も言わずに彼女を作った。
俺に早川を責める権利なんてない。
ない、けど。
腹の底からふつふつと、なにかが湧き上がる。
早川が好きなのは俺だ。
早川は俺だけ見てればいい。
ずっと隣にいて欲しい。
体も心も、全部、俺のものにしたい。
それは紛れもなく、独占欲だった。
それを満たすには、幼馴染、という関係では足りない。
でも、幼馴染という関係から変わるのを早川は望んでいない。
これらの感情をどうすればいいのか、わからなかった。
ーーーー
放課後、俺は勉強を教えて欲しい、と早川を自分の家に誘っていた。
もちろん、教えてもらうことなんてない。
独占欲がどうしようもないほど大きくなった末に、この行動に表れた。
早川はそれを快く承諾した。
それだけで、心が踊ってしまう自分は単純なんだと思う。
飲み物を持って部屋に入ると、早川は荷物を持ったまま部屋の中に突っ立っていた。
「なにしてんのきょーちゃん。早く座りなよ」
俺が笑いながらそう言うと、早川は頬を少し赤らめてテーブルとベットの間に座った。
その隣に座り、飲み物を入れたマグカップを早川に手渡した。早川の分はココアで、自分のはコーヒーだ。
「ココアでよかった?」
俺が聞くと、コクンと頷いた。息を吹きかけてココアを冷ます早川は、ただただ可愛いと思う。
「きょーちゃん、コーヒーとか苦いの飲めないもんなー」
そうからかうと、
「うるさい。別にそのぐらい飲める」
と、口を尖らせる。思わず抱きしめそうになった。これがキュートアグレッションというものだろうか。
「じゃあ飲んでみる?」
いたずらにそういうと、うっと言葉に詰まった後、おそるおそるコーヒーの入ったマグカップを受け取った。
「あちっ」
少し眉間に皺を寄せながら飲んだ、と思ったが、どうやらすぐに口を離したようだった。
さっきから入念にココアを冷ましていた様子から見て、猫舌なのだろう。
「はは、猫みたい」
俺がそう笑うと、またもや猫が威嚇するように「うるさい!」と俺を小突いた。
かわいい、という感情だけでいっぱいになる。
「あー、ほんと。かわいいね、きょーちゃん」
「はあっ?」
顔を真っ赤にして固まっている早川に思わず手が伸びる。
その頭を優しく撫でると、最初は戸惑っていたものの、それを受け入れたようだった。
手を離した時の少し残念そうな顔は、一生忘れないと思う。
勉強に取り掛かろうとする俺に、早川が言う。
「矢沢、なんかわかんない問題でもあったの?」
言葉に詰まった。勉強に関しては特にない、が、その他にはわからないことはいっぱいだった。
あの女子と遊びに行くってほんと?
俺のこと好きじゃないの?
あげ出したら止まらない。だけどどれも、口からは出てこなかった。
「あー……いや、大丈夫」
結局、歯切れの悪い言葉でごまかした。
早川も「そうなんだ」と、深くは聞いてこなかった。
安心したような、残念だったようなよくわからない感情になった。
そこから1時間、勉強には身が入らなかった。
早川は俺のこと、本当に好きなのだろうか。
もし好きならなぜ、女子と遊びに行くのか。
そもそも、それが本当なのかもわかっていない。
朝からずっと、そのことがグルグルと頭の中で駆け巡っていた。
集中力が切れたのか、早川はペンを置き、ココアをグッと飲んでいた。
きいたら全部わかるのだろうか。
「きょーちゃん、あのさ……」
「なに?」
思わず話しかけてしまった。
でも、その後に続けたい言葉は出てこなかった。
「あの女子と遊びに行くの?」と、ただその一言が出てこなかった。
「うん」と頷かれたらどうしよう、と恐怖すら感じる。
グッとうつむくと、その顔を早川はのぞきこんだ。
「矢沢?」
純粋なその瞳は、俺を心配しているようだった。
俺に向けられたその瞳と感情を逃すまいと、早川が伸ばしてきた手を掴んだ。
そのまま体重をかけると、少しも反発することなく、早川は俺に押し倒された。
自分の意識が、ただ一点に集中しているのがわかる。
吸い寄せられるように、ゆっくりと顔を近づける。
早川はされるがままに、真っ赤な顔で俺を見つめていた。
その顔は、俺のものでいいんだよな。
早川から溢れ出る好意も全部、俺のもので。
確認したかった。早川が俺とは幼馴染のままでいいとわかっていながら。それをどうしても、確認したかった。
「…………いいの」
早川はこんなこと、望んでないのに。
俺の言葉に、コクンと頷いた。
一度だけ、ただ一度だけ、キスをした。
ごめん、早川。
心の中で何度も謝った。
幼馴染がいいという早川の気持ちに答えられない俺を許して欲しい。
俺は、早川のことが、好きだ。
この想いが、早川が求めているものじゃないとわかっている。
だから、一度だけのキスで諦めよう。
これからは、またいつものように、幼馴染として。
頭を鈍器か何かで殴られたような衝撃だった。
ーーーー
部活の朝練が終わり、教室に戻った。
ガラガラ、とドアが開き、早川が入ってきた。
「おはよ、きょーちゃん」
「……はよ」
早川は実は朝に弱い。とてつもなく機嫌が悪くなる。
それを知っているのは俺と高峰くらいだ。今年に入って仲良くなった柴野でさえ知らない。早川はなぜが柴ちゃんの前ではカッコつけてしまうらしい。
謎の優越感に浸る。早川のことが好きな女子たちも、そんなこと知らないだろう。多分、というか絶対、俺は誰よりも早川のことについて知っていると思う。
「あ、俺今日日直だ。日誌取りに行ってくる」
「いってらー」
ガタッと席を立った早川を見送った。
柴ちゃんにでも話しかけようか、そう思った矢先。
「待って、聞いて!」
1人の女子が駆け足で教室に入ってきた。
周りの友達の女子たちはその子を取り囲む。
「どしたの」
「落ち着きなよ」
肩で息をする女子を宥めているようだった。
「さっき、ダメ元で早川くん遊びに誘ったんだけどさ」
「え、それで?」
「今度遊びに行ってくれるって!」
「はぁぁぁぁ!?」
「なにそれ羨ましい!」
頭を鈍器か何かで殴られたような衝撃だった。
今まで早川は女子にどれだけ誘われても、その誘いには乗らなかった。
だからこそ、隣で繰り広げられたその会話が本当のことだと信じられなかった。
早川のことならなんでも知っていると思っていた。
でも、そうじゃなかった。
俺の知らないところで、誰かと遊んでいるのかもしれない。
俺のことが、好きだったんじゃないの?
そう言えたら良かった。
でも、言えない。
俺たちはただの幼馴染だから。
せめて、俺くらいには言ってくれたらいいのに。
と、考えてしまう自分が嫌になる。
俺だって、同じことしたのにな。
早川が俺のこと好きだと知っていたのに、早川に何も言わずに彼女を作った。
俺に早川を責める権利なんてない。
ない、けど。
腹の底からふつふつと、なにかが湧き上がる。
早川が好きなのは俺だ。
早川は俺だけ見てればいい。
ずっと隣にいて欲しい。
体も心も、全部、俺のものにしたい。
それは紛れもなく、独占欲だった。
それを満たすには、幼馴染、という関係では足りない。
でも、幼馴染という関係から変わるのを早川は望んでいない。
これらの感情をどうすればいいのか、わからなかった。
ーーーー
放課後、俺は勉強を教えて欲しい、と早川を自分の家に誘っていた。
もちろん、教えてもらうことなんてない。
独占欲がどうしようもないほど大きくなった末に、この行動に表れた。
早川はそれを快く承諾した。
それだけで、心が踊ってしまう自分は単純なんだと思う。
飲み物を持って部屋に入ると、早川は荷物を持ったまま部屋の中に突っ立っていた。
「なにしてんのきょーちゃん。早く座りなよ」
俺が笑いながらそう言うと、早川は頬を少し赤らめてテーブルとベットの間に座った。
その隣に座り、飲み物を入れたマグカップを早川に手渡した。早川の分はココアで、自分のはコーヒーだ。
「ココアでよかった?」
俺が聞くと、コクンと頷いた。息を吹きかけてココアを冷ます早川は、ただただ可愛いと思う。
「きょーちゃん、コーヒーとか苦いの飲めないもんなー」
そうからかうと、
「うるさい。別にそのぐらい飲める」
と、口を尖らせる。思わず抱きしめそうになった。これがキュートアグレッションというものだろうか。
「じゃあ飲んでみる?」
いたずらにそういうと、うっと言葉に詰まった後、おそるおそるコーヒーの入ったマグカップを受け取った。
「あちっ」
少し眉間に皺を寄せながら飲んだ、と思ったが、どうやらすぐに口を離したようだった。
さっきから入念にココアを冷ましていた様子から見て、猫舌なのだろう。
「はは、猫みたい」
俺がそう笑うと、またもや猫が威嚇するように「うるさい!」と俺を小突いた。
かわいい、という感情だけでいっぱいになる。
「あー、ほんと。かわいいね、きょーちゃん」
「はあっ?」
顔を真っ赤にして固まっている早川に思わず手が伸びる。
その頭を優しく撫でると、最初は戸惑っていたものの、それを受け入れたようだった。
手を離した時の少し残念そうな顔は、一生忘れないと思う。
勉強に取り掛かろうとする俺に、早川が言う。
「矢沢、なんかわかんない問題でもあったの?」
言葉に詰まった。勉強に関しては特にない、が、その他にはわからないことはいっぱいだった。
あの女子と遊びに行くってほんと?
俺のこと好きじゃないの?
あげ出したら止まらない。だけどどれも、口からは出てこなかった。
「あー……いや、大丈夫」
結局、歯切れの悪い言葉でごまかした。
早川も「そうなんだ」と、深くは聞いてこなかった。
安心したような、残念だったようなよくわからない感情になった。
そこから1時間、勉強には身が入らなかった。
早川は俺のこと、本当に好きなのだろうか。
もし好きならなぜ、女子と遊びに行くのか。
そもそも、それが本当なのかもわかっていない。
朝からずっと、そのことがグルグルと頭の中で駆け巡っていた。
集中力が切れたのか、早川はペンを置き、ココアをグッと飲んでいた。
きいたら全部わかるのだろうか。
「きょーちゃん、あのさ……」
「なに?」
思わず話しかけてしまった。
でも、その後に続けたい言葉は出てこなかった。
「あの女子と遊びに行くの?」と、ただその一言が出てこなかった。
「うん」と頷かれたらどうしよう、と恐怖すら感じる。
グッとうつむくと、その顔を早川はのぞきこんだ。
「矢沢?」
純粋なその瞳は、俺を心配しているようだった。
俺に向けられたその瞳と感情を逃すまいと、早川が伸ばしてきた手を掴んだ。
そのまま体重をかけると、少しも反発することなく、早川は俺に押し倒された。
自分の意識が、ただ一点に集中しているのがわかる。
吸い寄せられるように、ゆっくりと顔を近づける。
早川はされるがままに、真っ赤な顔で俺を見つめていた。
その顔は、俺のものでいいんだよな。
早川から溢れ出る好意も全部、俺のもので。
確認したかった。早川が俺とは幼馴染のままでいいとわかっていながら。それをどうしても、確認したかった。
「…………いいの」
早川はこんなこと、望んでないのに。
俺の言葉に、コクンと頷いた。
一度だけ、ただ一度だけ、キスをした。
ごめん、早川。
心の中で何度も謝った。
幼馴染がいいという早川の気持ちに答えられない俺を許して欲しい。
俺は、早川のことが、好きだ。
この想いが、早川が求めているものじゃないとわかっている。
だから、一度だけのキスで諦めよう。
これからは、またいつものように、幼馴染として。


