(矢沢視点)


早川が、俺を好きなのは割と早くに気づいた。
自分では気づいていないみたいだが、早川はわかりやすかった。
それでも、そのことについて何も言わなかったのは、俺がこのままでいいとどこかで思っていたからかもしれない。
だから、あの時なぜ自分があれほど動揺したのか、ショックだったのか、わからなかった。


ある日の放課後、部活が終わった俺は早川と高峰が待っている教室に向かっていた。


「……の、……はく」
「……………ない」


早川と高峰が話しているのが聞こえた。
まだ遠くて内容までは聞き取れない。


「……あいたく……の?」
「……ゃ、付…合……たら………よ。…も、」
「…白して、……して、……ずく………なら」


教室のドアに手をかけた時だった。


「矢沢とは幼馴染のままでいい」


ドアを開けようとする手が一瞬止まる。
幼馴染のままでいい。
俺だってそう思ってる、はずだったのに。


なんで、胸がこんなに痛むんだよ。


その思いを振り払うように、ドアを乱暴に開けた。
何を言うべきなのか、むしろ何も言わないべきなのか、なにも分からなかった。


「矢沢、どした?」


黙り込んだ俺の顔を不思議そうに早川がのぞいた。


「…………なんでもない、帰ろーぜー」


誤魔化すように笑って、背を向けた。
ちゃんと誤魔化せているだろうか。
動揺している顔も、この思いも。

幼馴染でいいはずだったのに。
早川もそれを望んでいるとわかったはずなのに。
なんでこんなに胸が痛むのか。

その理由も、自分の思いも、もうなにもわからない。



ーーーー



今思えば、ヤケクソだった。
早川の言葉にショックを受けた次の日、名前も知らない女子からの告白を承諾したのだ。
まるで、早川への当てつけのようだった。
自分でも、性格悪いな、と思う。

放課後、早川と帰ろうとしていると、付き合った隣のクラスの女子が俺たちの教室に来た。


「矢沢くん、一緒に帰ろー!」


そう言って俺と腕を組む女子を早川は、どういうことかわからない、というような目で見ている。


「……早川、ごめん。彼女と帰るから、先帰ってて」


俺がそう言うと、早川は一瞬傷ついたような顔を見せた。


「……そうなんだ。じゃあ先帰ってる。また明日ね」


苦しそうな笑みを浮かべて小走りで教室を出ていった。

幼馴染でいい、って言ってたのは早川なのに。
なんでそんな顔するんだよ。


「……わくん?矢沢くん?早く帰ろーよー」


グッと腕を引かれて頷く。
こんな子よりも、早川と一緒に帰りたかったな。
早川とはほとんど身長差がない。頭3つ分くらい違うこの子よりも、顔が近く見える。
綺麗なストレートの黒髪に、真珠のような肌、透き通るような黒い瞳。
彼女といるはずなのに、考えるのは早川のことばっかりだった。

だからだろうか。最初は女子の連絡先を全部消させてきたり、メールの返信は何分以内と制限してきた彼女も、俺が自分に興味がないとわかると、自分から別れを切り出してきた。


「別れたんだ」


俺が別れたことを告げた時、早川はどこかホッとしたような顔をしていた。まるで、また一緒にいられるな、と言っているようだった。

その顔を見て、嬉しくなったのはなんでだろうか。