隣の席のイケメンに懐かれた

校舎に入ると、炎天下の外は違って少し涼し気な風が通っていく。誰もいない校舎はなんか変な感じだ。
自分の体温と校舎の中の気温の差に少しふらついた。
どこかに座れる場所はないだろうか。と、呑気なことを考えながら歩いていたが、それとは裏腹に身体が思うように動かなくなっていた。

これはまずいな……

そう思ったが遅かった。視界が歪み始め、足元がふらつく。


“倒れる”


思わず目を閉じた俺を誰かが支えた。


「ちょ、きょーちゃん!?大丈夫!?」
「うるさい、矢沢……」
「うわ、熱っ!?」


矢沢は大声を出しながら俺をその場に座らせた。
壁に背中を預ける。冷たい壁と廊下が火照った身体を冷ましてくれているみたいだ。


「はい、きょーちゃん。これ飲んで」


目の前に差し出されたのは水のペットボトルだった。冷えていたのでさっき買ってきたのだろう。
大人しく受け取り、グッと口に入れた。冷たい水が体の中を回っていくのを感じる。


「大丈夫?気持ち悪かったりしない?」


その言葉に頷くと、矢沢は「よかった」と笑った。
心臓が跳ね、思わずうつむいた。


「ちょっとごめんねー」


そんな俺を気にせず、矢沢が俺に手を伸ばす。
伸ばされた手は俺の首筋に触れた。


「んっ……」


ビクンと肩が跳ねる。変な声が出て慌てて口を押さえた。


「まだちょっと熱いなー」


矢沢はそう言うと、俺の身体を持ち上げた。
俗に言うお姫様抱っこだ。


「ちょっ、矢沢っ、なにして…!」
「バタバタしないできょーちゃん。落ちちゃうから」
「降ろせっ……」
「誰もみてないから大丈夫だよ。保健室行って、体冷やそ?」
「自分で歩くから、大丈夫だって!」


矢沢の腕から逃れようと動く俺の耳に、矢沢が顔を近づけた。


「恭弥」


久しぶりにそう呼ばれ、驚いて矢沢を見る。耳元で発されて顔が熱くなる。


「お願いだから、ジッとしてて。保健室までだから」


矢沢の真剣な目に何も言えなかった。赤くなった顔を隠すように矢沢の体に顔を埋めた。

こんな顔、見せられるか。ばか。



ーーーー



「しつれーしまーす」


矢沢に抱えられたまま保健室に入った。保健室の先生は、外の救護にあたっているため、誰もいなかった。


「勝手に入って大丈夫?」
「まあ、バレなきゃ大丈夫でしょ」


ベットに座らされる。矢沢との距離が近すぎて心臓が爆発するかと思った。


「それにしてもきょーちゃん軽すぎない?ちゃんと食べてる?」
「食べてるよ」
「ほんとに?」


矢沢はそういうと、俺の体操服をペラっとめくった。


「っ、なにすんだ、ばか!」


矢沢は俺の制止も聞かず、するっと手を滑り込ませた。
腹のあたりを撫でられる。


「やっ……」


我慢してるのに変な声がでてくる。慌てて口を両手で押さえた。矢沢の手が身体に触れるたびにビクッと肩が跳ねる。
心臓の鼓動がうるさい。

矢沢の手はどんどんと上ってくる。肋骨の辺りを撫でた後、ゆっくりと胸の辺りに手を進めた。


「ん……っ」


くすぐったい、とはまた別のよくわからない感覚が全身に駆け回る。
その未知の感覚に怖くなり、目に涙が浮かんだ。
矢沢は手を止めたかと思うと、パッと離した。


「細すぎ。ちゃんとご飯は食べなきゃダメだよー」


矢沢はそう言うと、クルリと後ろを向き保健室の中を物色し始めた。
俺は荒ぶっている心臓を抑えるのに必死だった。


「お、あった」


矢沢はどこからか保冷剤を取り出して、近くにあったガーゼを巻き俺の首に当てた。


「首とか冷やしときなー」
「あ、ありがと……」


なんでこいつは普通なんだよ。俺の心臓はまだドキドキとうるさいままなのに。
なにも意識されてない。わかっていたことだけど、いざそうだと実感すると悲しくなる。


「そうだ。きょーちゃんはなんでこんなに熱くなったの?」
「あー……水筒教室に忘れて」
「水分摂らないとダメだろー。なかったら自販機に買いに行けばよかったのに」


その矢沢の言葉に口を尖らせた。
少しぐらい、俺を意識しろよ、ばか。


「矢沢のこと、ずっと見てたかったんだよ」


矢沢は意表を突かれたように目を見開いた。


「きょーちゃんがそんなこと言ってくれんの、珍しくない?」
「なんだよ、俺が言ったら悪い?」
「違う違う。嬉しいなって」


真っ直ぐな矢沢の言葉に恥ずかしくなり、矢沢のすねを蹴った。


「痛っ!?ちょっとなにすんのきょーちゃん!」
「うるさい」


照れ隠しの攻防を繰り広げていると。


「おーい、誰かいるのかー?今は校舎立ち入り禁止だぞー!」


保健室の外の廊下から先生の声がする。
どうしようか慌てている俺の腕を矢沢が引く。


「うわっ!?」
「しっ。静かに」


視界が一気に暗くなる。一瞬何が起きたかわからなかった。すごく近くに矢沢の匂いがして驚く。思わず身体を動かそうとすると、矢沢にギュッと抱きしめられた。


「ごめんきょーちゃん。ちょっとだけ我慢して」


我慢なんてできるわけないだろ。
心臓が今までにないほど跳ね上がっている。
このドキドキが矢沢に伝わってないか心配だ。

どういう状況かというと、矢沢がベットに俺を押し倒し、その上から布団を被っているのだ。
かつてないほど身体が密着していて、頭がパンクしそうになる。

スタスタと足音が近づいてくる。
矢沢が俺を抱きしめる力を強めた。
これ以上、何も考えないようにグッと目を瞑る。


「……ちゃん、きょーちゃーん?」


矢沢の声でハッと目を開ける。いつのまにか俺の上から矢沢はどいていて、上から被っていた布団も床に落ちていた。どうやら先生には見つからなかったようだ。


「危なかったねー」


矢沢は二ヘラと笑った。
荒ぶっている俺の心臓は治りそうにない。
そんな俺の顔に矢沢は手を伸ばす。
その手はスッと俺の頬に触れた。
矢沢が何をしようとしているのか分からなくて、カチンと固まる。


「……まだ熱いなー。さっき布団上から被ったからか。もうちょっとここで休んでから戻りな」


矢沢はそう言って手を俺から離した。
俺は高鳴っている胸を抑えることに必死で、ぎこちなく頷くことしか出来なかった。


お前のせいで、もっと熱くなりそうだよ。ばか。


そこから俺はまともに矢沢の顔も見れないまま、体育祭を終えたのだった。