(早川視点)
文化祭が終わったら体育祭か。イベント続きだと疲れるんだよなぁ。と少し悪態をつく。
9月とはいえ、まだ夏真っ只中の気温だ。そんな中、日光を遮るものもないひらけた運動場に立たされている。前で校長が何か話しているが、早く終わってほしい。自分の黒髪に太陽の熱が集まるのを感じた。
耐えられず後ろに立っていた矢沢の陰に入る。それほど身長差はないので、少し体を縮める。
「ちょっときょーちゃん。俺を日よけにしないでくれる?」
「きょーちゃん言うな」
矢沢は「もー」と言いながらも、俺を陰に入れてくれる。
そういうところなんだよな、こいつ。
キュンとなってしまった心臓に気づかないふりをして、ありがたく日よけにさせてもらった。
校長の話が終わり、自分たちの場所に戻る。競技をする場所をぐるっと囲むような感じで椅子が置かれ、クラスごとにどこに座るか決まっている。
俺の出る競技は午後なので、午前中はずっとここで観戦することになる。一見、暇そうに見えるかもしれないがそうではない。
「矢沢、なんの競技出るの?」
「クラス対抗リレーと、チーム対抗リレーと、部活対抗リレーと、障害物競争と、二人三脚。あ、あと借りもの競争も」
陸上部のエースであるこの男が暇であるわけがない。矢沢の活躍をたくさん見られるのはうれしい。
「矢沢ー、綱引きの人数足りないんだってー!今から来れるー?」
「おー!行くー」
矢沢はそう言うと、競技の集合場所へ駆けて行った。
俺が適当な席に座ると、隣に誰かが座った。
「柴野」
「高峰が綱引き出るから。一緒に見てもいい?」
「うん、もちろん」
俺がそう言うと柴野はパッと笑った。「高峰どこかな」と探している柴野を微笑ましく見守る。
高峰と柴野がギクシャクしているのを見かねた矢沢が、2人を強引に話させた結果、付き合うことになったらしい。
高峰と付き合った柴野は前より少し明るくなった気がする。そして前より甘えるようになった気がする。おそらく、というか絶対高峰のせいだ。高峰は柴野をデロデロに甘やかしている。「自分がいないと生きられない」というふうに仕向けている感じがして怖い。頼むから逃げてくれ、柴野。
そんなことを考えていると、競技が始まった。
真ん中に綱が置いてあり、綱を引く人は決められたスタート地点から走って、綱にたどり着いた人からそれを引く、ということらしい。
スタート地点の先頭に立っているのは、矢沢と高峰だ。2人とも足が速いので、1番前にいるのは当たり前だと言える。
パン、という音と共に全員が走り出した。
抜きん出て速いのはやっぱり矢沢だ。
高峰も速いが矢沢には到底追いつけそうにない。さすが陸上部、と言ったところだ。
矢沢は綱にたどり着くと、思いっきり引っ張り出した。
綱の真ん中の目印はジリジリとこちら側に引き寄せられる。他の人も続々とたどり着くと、綱を引き始めた。
決着がつくのにあまり時間はかからなかった。
こちら側の勝利だ。
喜んでいる人たちの円の中心で矢沢が笑っている。
ああ、好きだな。
そんな想いは心に留めておかなければいけない。
伝えてしまったら、今まで築いてきた関係が、
この、幼馴染という関係が、崩れてしまうから。
ーーーー
競技を終えた矢沢と高峰が帰ってきた。
隣に座っていた柴野がパッと立ったかと思うと、高峰に駆け寄った。俺もそれを追うように席を立つ。
「高峰、矢沢、2人とも速かったね」
「まあなー。矢沢には勝てなかったけど」
「そりゃ俺陸上部よ?舐めてもらったら困る」
柴野の言葉に2人が返す。
ニコニコと高峰を見つめる柴野はかわいいなぁ、と思う。これが母性、というものだろうか。
俺はそんな柴野に呼びかける。
「柴野、玉入れ出るんだよね。次じゃない?」
「あ、ほんとだ。行ってくる」
そう言うと柴野は招集場所に向かって行った。
それを見送る高峰の顔を見て矢沢が言う。
「高峰、顔キモい。なにニヤついてんの」
「うるせーな。あんなかわいい顔で笑われたら誰でもこうなるだろ」
「確かに、かわいかったね」
「早川、お前にはやんねーよ?」
「とらないよ」
真顔で言ってくるのが怖い。付き合ってから、高峰の柴野への愛が重くなっている気がする。柴野は警戒心がないから気をつけなくては。
「高峰、また柴ちゃん困らせたら俺たち怒るからね?」
「お前ら柴野のなんなの?」
「お兄ちゃん」
「母親」
即答する矢沢と俺に、高峰は「保護者2人もいるのキツイって」とため息をついた。
「で、ヤったの?」
矢沢がニヤニヤと悪い笑みを浮かべて、高峰と肩を組む。
「は?ヤってねぇよ。つか、なんでこんなことお前らに言わなきゃいけねぇんだよ」
「えー意外。すぐ手出しそうなのに」
「矢沢、お前の中の俺はどうなってんの」
「柴ちゃんに勝手にキスしたの忘れた?お前前科あるから」
矢沢の言葉に高峰が口をつぐんだ。どうやらクリーンヒットしたらしい。
「もう合意なしにしないって。それに多分柴野そういうこと疎いし」
「あー、確かに純粋そうだもんね」
高峰の言葉に頷く。柴野は心配になるほど純粋なのだ。
柴野に「ヤった?」と聞いても「なにを?」と言われる自信しかない。
「だから俺必死で理性を保ってるんだって。誰か褒めろよ、俺を」
「まだまだだぞ高峰」
「甘えんな高峰」
矢沢と俺が口々に言うと、高峰は項垂れた。
そんな高峰を放って競技に目を向ける。
「ほら、高峰。柴野いるよ」
「え、どこ」
いまさっきまで項垂れていたのがウソのように目を輝かせる。
柴野は地面に落ちている玉を拾ってカゴに向かって投げている。カゴの上にはたくさんの玉が行き交っていて、柴野のものが入ったのか入っていないのかわからない。
「はぁ……柴野かわいい。ちゅーしたい」
高峰のそんな呟きは聞かないことにした。
甘々すぎて胸焼けがしてきた。
「毎日してるんじゃないの?」
「それがさー、柴野が恥ずかしがってなかなかしてくれないんだよなぁ」
おい、話を広げるな矢沢。幼馴染と友達のこんな話聞きなくないだろ。
矢沢と高峰の下世話な話を聞き流していると、玉入れが終わった。
赤組、つまり俺たちのチームが勝ったようだ。
柴野が帰ってくると、高峰がギュッと抱きついた。
「おかえり」
「ただいま高峰」
「ねぇ柴野、ちゅーしていい?」
「ちゅっ……!?だっ、だめだよ。周りに人いっぱいいるし」
「じゃあ今日柴野の家行っていい?」
高峰のその言葉に柴野は顔を真っ赤にして頷いた。
高峰は満足気に笑って次の競技に向かって行った。
顔が赤いのをなおそうと必死に手で仰いでいる柴野に話しかける。
「嫌だったら俺とか矢沢に言いなよ。あいつ歯止めが効かなくなることあるから」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがと」
「柴ちゃーん。高峰とキスすんの恥ずかしいんだって?」
矢沢はまるで思春期の弟をいじる兄のように柴野に言う。
おかげで柴野のおさまりかけていた赤い顔は、またその赤みを取り戻している。
「だ、だって高峰の顔かっこいいから……それが至近距離にあるの耐えられない……」
顔を手で覆ってしまった柴野の頭を撫でる。この純粋さは俺が守らないといけない。
そんな使命感に燃えていた俺の顔に、いきなり矢沢が顔を近づけた。
微かに漏れ出る矢沢の息が、顔に当たる。
それほど近いということを実感したと同時に、顔が熱くなっていく。
矢沢の真剣な目は何を考えているのかわからない。
思わず息を呑んだ。
どんどん顔が近づいてきて、鼻がぶつかった。
「ちょ、近い!」
近さに耐えられなかった俺は、矢沢をドンと押した。
心臓がバクバクとうるさい。
矢沢はそんな俺を見て「なるほどねー」と笑った。
なにが「なるほど」なんだよ。こっちの気も知らないで。
「んじゃ俺、そろそろ次の競技のとこ行かなきゃだから」
矢沢はそういって手をひらひら振った。
赤くなっている顔を誤魔化すように言う。
「早く行け!一生戻ってくんな、ばか!」
「きょーちゃんひどーい」
「きょーちゃん言うな!」
まったく、あいつはどれだけ俺の心臓をかき乱せば気が済むんだろう。
はぁっとため息をついて席に着く。柴野が俺の隣に座った。
「大変だね、早川」
「え?」
「矢沢のこと好きなんでしょ?」
柴野の言葉に固まる。俺が矢沢のことが好きって柴野に言ったっけ?
「ああ、誰かから聞いたとかじゃないよ。俺がそうなのかなー、って思っただけ」
「……バレてた?」
「うん、実は。修学旅行の時に」
そんな前からバレてたのか。柴野ほどじゃないが、俺も隠すのが下手なのかもしれない。
「俺は早川のこと応援してるから。頑張って」
「うん、ありがと」
自分の想いがバレていたことが恥ずかしくて居た堪れなくなる。
熱い顔を冷やそうと、持ってきていた小さめのカバンから水筒を探す。
あれ、ない。
教室に置いてきてしまったようだ。
午前の部が終わるまでは教室が施錠されているのだ。だから貴重品や水筒などは別の小さいカバンにいれて持ってきたりする。
まあいいか、午前が終わるまでだし、我慢しよう。
ーーーー
昼に近づくにつれ、太陽は上り、その熱さは増す一方だった。
汗が流れて止まらない。
ほぼ全競技出場している矢沢はすごいなと思う。俺なら絶対無理だ。
ジリジリと照る太陽の熱が髪の毛に集まる。
でも、そんなの気にしてられない。
矢沢の競技はみたい。この目に焼き付けたい。全力で走る矢沢の姿が、俺は1番好きなのだ。
汗を拭って、トップスピードで走る矢沢を見つめる。
女子の歓声がいつもより大きい。
そりゃそうだよな。カッコいいもんな。体育祭終わったら、またいつもみたいにたくさん告白されるんだろうな。嫌だな。俺の方が矢沢のこと知ってるのに。
ドロッとしかけた自分の感情を慌てて振り払う。
顔を出してはいけない感情だ。
考えないようにしないと。
そう思い、違うことを考えようとすればするほど、考えられなくなってきた。
頭がぼぉっとするような……
「早川、大丈夫?汗すごいよ」
心配そうな柴野が俺を覗きこむ。
汗を拭って心配させないように笑った。
「大丈夫だよ。ちょっと暑くて」
「矢沢の競技、一旦終わったみたいだから涼んできたら?」
そう言って柴野が校舎の方を指差した。
たしかに、校舎の中の方が少しは涼しそうだ。
「うん。行ってくるよ」
柴野の言葉に頷いて校舎に向かった。
文化祭が終わったら体育祭か。イベント続きだと疲れるんだよなぁ。と少し悪態をつく。
9月とはいえ、まだ夏真っ只中の気温だ。そんな中、日光を遮るものもないひらけた運動場に立たされている。前で校長が何か話しているが、早く終わってほしい。自分の黒髪に太陽の熱が集まるのを感じた。
耐えられず後ろに立っていた矢沢の陰に入る。それほど身長差はないので、少し体を縮める。
「ちょっときょーちゃん。俺を日よけにしないでくれる?」
「きょーちゃん言うな」
矢沢は「もー」と言いながらも、俺を陰に入れてくれる。
そういうところなんだよな、こいつ。
キュンとなってしまった心臓に気づかないふりをして、ありがたく日よけにさせてもらった。
校長の話が終わり、自分たちの場所に戻る。競技をする場所をぐるっと囲むような感じで椅子が置かれ、クラスごとにどこに座るか決まっている。
俺の出る競技は午後なので、午前中はずっとここで観戦することになる。一見、暇そうに見えるかもしれないがそうではない。
「矢沢、なんの競技出るの?」
「クラス対抗リレーと、チーム対抗リレーと、部活対抗リレーと、障害物競争と、二人三脚。あ、あと借りもの競争も」
陸上部のエースであるこの男が暇であるわけがない。矢沢の活躍をたくさん見られるのはうれしい。
「矢沢ー、綱引きの人数足りないんだってー!今から来れるー?」
「おー!行くー」
矢沢はそう言うと、競技の集合場所へ駆けて行った。
俺が適当な席に座ると、隣に誰かが座った。
「柴野」
「高峰が綱引き出るから。一緒に見てもいい?」
「うん、もちろん」
俺がそう言うと柴野はパッと笑った。「高峰どこかな」と探している柴野を微笑ましく見守る。
高峰と柴野がギクシャクしているのを見かねた矢沢が、2人を強引に話させた結果、付き合うことになったらしい。
高峰と付き合った柴野は前より少し明るくなった気がする。そして前より甘えるようになった気がする。おそらく、というか絶対高峰のせいだ。高峰は柴野をデロデロに甘やかしている。「自分がいないと生きられない」というふうに仕向けている感じがして怖い。頼むから逃げてくれ、柴野。
そんなことを考えていると、競技が始まった。
真ん中に綱が置いてあり、綱を引く人は決められたスタート地点から走って、綱にたどり着いた人からそれを引く、ということらしい。
スタート地点の先頭に立っているのは、矢沢と高峰だ。2人とも足が速いので、1番前にいるのは当たり前だと言える。
パン、という音と共に全員が走り出した。
抜きん出て速いのはやっぱり矢沢だ。
高峰も速いが矢沢には到底追いつけそうにない。さすが陸上部、と言ったところだ。
矢沢は綱にたどり着くと、思いっきり引っ張り出した。
綱の真ん中の目印はジリジリとこちら側に引き寄せられる。他の人も続々とたどり着くと、綱を引き始めた。
決着がつくのにあまり時間はかからなかった。
こちら側の勝利だ。
喜んでいる人たちの円の中心で矢沢が笑っている。
ああ、好きだな。
そんな想いは心に留めておかなければいけない。
伝えてしまったら、今まで築いてきた関係が、
この、幼馴染という関係が、崩れてしまうから。
ーーーー
競技を終えた矢沢と高峰が帰ってきた。
隣に座っていた柴野がパッと立ったかと思うと、高峰に駆け寄った。俺もそれを追うように席を立つ。
「高峰、矢沢、2人とも速かったね」
「まあなー。矢沢には勝てなかったけど」
「そりゃ俺陸上部よ?舐めてもらったら困る」
柴野の言葉に2人が返す。
ニコニコと高峰を見つめる柴野はかわいいなぁ、と思う。これが母性、というものだろうか。
俺はそんな柴野に呼びかける。
「柴野、玉入れ出るんだよね。次じゃない?」
「あ、ほんとだ。行ってくる」
そう言うと柴野は招集場所に向かって行った。
それを見送る高峰の顔を見て矢沢が言う。
「高峰、顔キモい。なにニヤついてんの」
「うるせーな。あんなかわいい顔で笑われたら誰でもこうなるだろ」
「確かに、かわいかったね」
「早川、お前にはやんねーよ?」
「とらないよ」
真顔で言ってくるのが怖い。付き合ってから、高峰の柴野への愛が重くなっている気がする。柴野は警戒心がないから気をつけなくては。
「高峰、また柴ちゃん困らせたら俺たち怒るからね?」
「お前ら柴野のなんなの?」
「お兄ちゃん」
「母親」
即答する矢沢と俺に、高峰は「保護者2人もいるのキツイって」とため息をついた。
「で、ヤったの?」
矢沢がニヤニヤと悪い笑みを浮かべて、高峰と肩を組む。
「は?ヤってねぇよ。つか、なんでこんなことお前らに言わなきゃいけねぇんだよ」
「えー意外。すぐ手出しそうなのに」
「矢沢、お前の中の俺はどうなってんの」
「柴ちゃんに勝手にキスしたの忘れた?お前前科あるから」
矢沢の言葉に高峰が口をつぐんだ。どうやらクリーンヒットしたらしい。
「もう合意なしにしないって。それに多分柴野そういうこと疎いし」
「あー、確かに純粋そうだもんね」
高峰の言葉に頷く。柴野は心配になるほど純粋なのだ。
柴野に「ヤった?」と聞いても「なにを?」と言われる自信しかない。
「だから俺必死で理性を保ってるんだって。誰か褒めろよ、俺を」
「まだまだだぞ高峰」
「甘えんな高峰」
矢沢と俺が口々に言うと、高峰は項垂れた。
そんな高峰を放って競技に目を向ける。
「ほら、高峰。柴野いるよ」
「え、どこ」
いまさっきまで項垂れていたのがウソのように目を輝かせる。
柴野は地面に落ちている玉を拾ってカゴに向かって投げている。カゴの上にはたくさんの玉が行き交っていて、柴野のものが入ったのか入っていないのかわからない。
「はぁ……柴野かわいい。ちゅーしたい」
高峰のそんな呟きは聞かないことにした。
甘々すぎて胸焼けがしてきた。
「毎日してるんじゃないの?」
「それがさー、柴野が恥ずかしがってなかなかしてくれないんだよなぁ」
おい、話を広げるな矢沢。幼馴染と友達のこんな話聞きなくないだろ。
矢沢と高峰の下世話な話を聞き流していると、玉入れが終わった。
赤組、つまり俺たちのチームが勝ったようだ。
柴野が帰ってくると、高峰がギュッと抱きついた。
「おかえり」
「ただいま高峰」
「ねぇ柴野、ちゅーしていい?」
「ちゅっ……!?だっ、だめだよ。周りに人いっぱいいるし」
「じゃあ今日柴野の家行っていい?」
高峰のその言葉に柴野は顔を真っ赤にして頷いた。
高峰は満足気に笑って次の競技に向かって行った。
顔が赤いのをなおそうと必死に手で仰いでいる柴野に話しかける。
「嫌だったら俺とか矢沢に言いなよ。あいつ歯止めが効かなくなることあるから」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがと」
「柴ちゃーん。高峰とキスすんの恥ずかしいんだって?」
矢沢はまるで思春期の弟をいじる兄のように柴野に言う。
おかげで柴野のおさまりかけていた赤い顔は、またその赤みを取り戻している。
「だ、だって高峰の顔かっこいいから……それが至近距離にあるの耐えられない……」
顔を手で覆ってしまった柴野の頭を撫でる。この純粋さは俺が守らないといけない。
そんな使命感に燃えていた俺の顔に、いきなり矢沢が顔を近づけた。
微かに漏れ出る矢沢の息が、顔に当たる。
それほど近いということを実感したと同時に、顔が熱くなっていく。
矢沢の真剣な目は何を考えているのかわからない。
思わず息を呑んだ。
どんどん顔が近づいてきて、鼻がぶつかった。
「ちょ、近い!」
近さに耐えられなかった俺は、矢沢をドンと押した。
心臓がバクバクとうるさい。
矢沢はそんな俺を見て「なるほどねー」と笑った。
なにが「なるほど」なんだよ。こっちの気も知らないで。
「んじゃ俺、そろそろ次の競技のとこ行かなきゃだから」
矢沢はそういって手をひらひら振った。
赤くなっている顔を誤魔化すように言う。
「早く行け!一生戻ってくんな、ばか!」
「きょーちゃんひどーい」
「きょーちゃん言うな!」
まったく、あいつはどれだけ俺の心臓をかき乱せば気が済むんだろう。
はぁっとため息をついて席に着く。柴野が俺の隣に座った。
「大変だね、早川」
「え?」
「矢沢のこと好きなんでしょ?」
柴野の言葉に固まる。俺が矢沢のことが好きって柴野に言ったっけ?
「ああ、誰かから聞いたとかじゃないよ。俺がそうなのかなー、って思っただけ」
「……バレてた?」
「うん、実は。修学旅行の時に」
そんな前からバレてたのか。柴野ほどじゃないが、俺も隠すのが下手なのかもしれない。
「俺は早川のこと応援してるから。頑張って」
「うん、ありがと」
自分の想いがバレていたことが恥ずかしくて居た堪れなくなる。
熱い顔を冷やそうと、持ってきていた小さめのカバンから水筒を探す。
あれ、ない。
教室に置いてきてしまったようだ。
午前の部が終わるまでは教室が施錠されているのだ。だから貴重品や水筒などは別の小さいカバンにいれて持ってきたりする。
まあいいか、午前が終わるまでだし、我慢しよう。
ーーーー
昼に近づくにつれ、太陽は上り、その熱さは増す一方だった。
汗が流れて止まらない。
ほぼ全競技出場している矢沢はすごいなと思う。俺なら絶対無理だ。
ジリジリと照る太陽の熱が髪の毛に集まる。
でも、そんなの気にしてられない。
矢沢の競技はみたい。この目に焼き付けたい。全力で走る矢沢の姿が、俺は1番好きなのだ。
汗を拭って、トップスピードで走る矢沢を見つめる。
女子の歓声がいつもより大きい。
そりゃそうだよな。カッコいいもんな。体育祭終わったら、またいつもみたいにたくさん告白されるんだろうな。嫌だな。俺の方が矢沢のこと知ってるのに。
ドロッとしかけた自分の感情を慌てて振り払う。
顔を出してはいけない感情だ。
考えないようにしないと。
そう思い、違うことを考えようとすればするほど、考えられなくなってきた。
頭がぼぉっとするような……
「早川、大丈夫?汗すごいよ」
心配そうな柴野が俺を覗きこむ。
汗を拭って心配させないように笑った。
「大丈夫だよ。ちょっと暑くて」
「矢沢の競技、一旦終わったみたいだから涼んできたら?」
そう言って柴野が校舎の方を指差した。
たしかに、校舎の中の方が少しは涼しそうだ。
「うん。行ってくるよ」
柴野の言葉に頷いて校舎に向かった。


