いろいろありすぎた1学期が終わり、夏休みに入った。
特になにもすることがなく、夏休みも終盤に差し掛かっている。
高峰は部活が忙しいらしく、矢沢や早川は何かと用事があったりして、あまり会って遊ぶことはなかった。こんな暑い中部活なんて俺には考えられないな。そんなことを思いながら、ベットに転がった。
隣に置いていた携帯から着信音が流れ出す。
珍しいな、と思い画面を見ると、「早川恭弥」の文字が。
早川からの電話だ。今までかかってきたことないのにどうしたんだろう。
『もしもし柴野?久しぶり。今大丈夫?』
「うん。どうかした?」
『明日って空いてる?』
「空いてるけど……なにかあるの?」
『高峰のサッカーの試合、観に行かない?』
久しぶりに声を聞いた早川から、高峰の試合を観に行こうという誘いの電話だった。
「行きたい。久しぶりにみんなと会いたいし」
『じゃあ決定で。高峰には柴野が行くってこと内緒にしといて』
「なんで?」
『高峰をびっくりさせたいから。ドッキリ的な感じ』
「なるほど。わかった」
俺が行って高峰がびっくりするのかはわからないが、とりあえず承諾した。
「なんか高峰に差し入れしたいんだけど、高峰が好きなものとかある?」
高峰には数えきれないほど助けてもらっているので、少しでも恩返し、というかをしたい。
その考えを汲みとったのか、早川は電話の先で優しく笑った。
『柴野って、料理できる?』
「うん、できるけど」
家にほぼ親がいないので自炊はよくする。
同じ年齢の人たちと比べたらできるほうだと思う。
『じゃあ高峰に弁当作ってあげたら?』
「弁当?」
『高峰、いつも女子たちに差し入れされて、それを昼ごはんにしてるから。俺としては、ちゃんと食べて欲しいんだけどさ』
「わかった。頑張ってみる」
いつもは自分一人の分しか作らないので、他の人の口に合うものを作れるかどうかはわからないが、できるだけ努力はしよう。高峰はスポーツマンなんだから、もっとしっかり食事をとった方がいいと思う。
俺が返事をすると、「じゃあね」と言って電話が切れた。
……なにを作れるか考えないとな。
ーーーー
次の日。天気は文句のつけようがない晴れだ。
外に出ると、ジリジリと太陽の熱気を感じられる。
早川に教えられた会場に向かう。
バスで少し行ったところにある競技場らしい。
バスを降りると、早川と矢沢がいた。
「おはよう、2人とも」
「おっすー柴ちゃん。久しぶり」
「おはよう柴野」
俺が挨拶をすると、2人は笑顔で迎えてくれた。
「矢沢、焼けた?」
「あー、やっぱわかる?部活やってるとどうしても焼けるんだよなぁ」
前見た時よりも肌が濃くなっている。矢沢は確か陸上部だったっけ。ずっと外にいるんだから当たり前か。
「そろそろ行こうか。高峰が待ってる」
早川の言葉に頷き、ついていく。
会場の入り口につくと、うちの学校のユニフォームを身にまとった集団が目に入った。その中に、高峰もいた。
「高峰」
早川が声をかけると、高峰がパッとこちらに振り向いた。久しぶりに高峰と会うので、少し緊張する。
「柴野!?」
俺に気づくと、驚いて走ってきた。どうやら、早川が言っていたドッキリは成功したようだ。
「高峰、久しぶり」
俺がそういうと、へにゃと顔を緩ませた。試合前にそんなゆるゆるな顔をしていいのだろうか。
「久しぶり、柴野。来てくれたんだ」
高峰は嬉しくて仕方ない、という風に俺に抱きつく。
暑かったけど、それよりも高峰に会えた嬉しさが勝った。
「そうだ、高峰。はい」
「なにこれ」
「お弁当。試合頑張って」
「……まじ?」
お弁当を手渡すと、高峰の顔が真剣になる。
どうしたんだろうか。やっぱり俺よりも女子たちにもらった方が嬉しいもんな。と、考えていると、高峰の顔がずいっと近づいた。
「これ、柴野の手作り?」
「あ、うん。そうだよ。手作りいやだった?」
「全然。むしろ嬉しい。これで試合頑張れる」
「よかった。高峰のこと、客席から見とくね」
なんで手作りか確認したのかわからないが、とりあえず高峰は笑顔で部活のメンバーのところへ戻って行った。
「高峰、めちゃくちゃ喜んでたな。さすが柴ちゃん」
「お弁当そんなに嬉しかったかなぁ」
「弁当っていうか、柴野が来てくれたことに喜んでたよ」
そんなことはないだろ、と思いながら高峰を見送る。少しでも、高峰の力になればいいな。
ーーーー
ピーッというホイッスルで試合が始まった。
高峰はレギュラーメンバーということで、最初から試合に出ていた。
選手が一斉に動き出す。高峰たちのチームがボールを取ると、高峰はスピードを上げて走り出す。ボールを受け取ると、さらに加速する。俺の50m走よりも、高峰がドリブルしながら走った方が速いんじゃないかと思う。
1人、また1人とかわし、ゴールまで一直線で走りこんだ。
キーパーとの一対一を難なく制し、ボールはゴールに突き刺さった。
「すご……」
開いた口が塞がらない。応援にきていた周りの女子たちが一斉に声をあげる。そりゃそうだ。今の高峰は誰がどう言おうとイケメンなのだから。
「キレッキレだな、高峰」
矢沢が笑いながら言う。俺は深く頷いた。さすがにカッコ良すぎる。
「昨日まで調子悪くてぐずってたくせに」
早川がいたずらに笑った。高峰、全然そうな風にはみえなかったけどなぁ。
「好きな子にはいいとこ見せたいんだろ」
矢沢が早川の言葉を受けて言った。待って、なんか聞き捨てならないことを聞いたような……
「高峰って、好きな人いたの?」
そういえば、修学旅行の時、高峰に好きな人聞くの忘れてた。俺だけ聞かれてたんだった。
「いるよ」
早川がサラッと言う。血の気が引いていく感覚がした。
「だったら俺、高峰に悪いことしちゃったかも……」
「なんで?」
「絶対その人からお弁当もらった方が嬉しかったのに、俺なにも考えず渡しちゃった……」
高峰に好きな人がいる場合を考えなかった。
どうしよう、今から取り戻しに行った方がいいかもしれない。
「心配しないでいいよ、柴野」
「柴ちゃんは気にしなくていいよ」
生温かい目をした2人に引き止められる。
これ以上その目で見ないでくれ。暑すぎる。
高峰のお弁当が気が気じゃない。そんなことを考えるうちに、前半終了のホイッスルがなった。2-1で高峰のチームがリードしている。
「やっぱり高峰のお弁当回収してきた方が……」
「大丈夫だから!柴ちゃん気にしすぎ!」
「でも……」
「ほら、早く昼ごはん食べよ!」
矢沢に促され、お弁当を開いた。中身は、高峰に作ったものの残り物だ。
「やば、早川見て。柴ちゃんの弁当めっちゃ豪華!」
「ほんとだ。すごいね柴野」
「そんなことないよ」
全部簡単に作れるものだ。とはいえ、作るのには時間がかかったし、俺の分は高峰の分よりも見栄えが悪い。
高峰はちゃんと食べてくれるだろうか。
全部じゃなくてもいいから、少しだけでいいから食べてくれると嬉しい。
「柴ちゃんってさ、好きな人いないの?」
「え、いないよ。なんで急に……」
「じゃあ高峰は?高峰のこと、どう思ってる?」
急になんでその話題になったのかわからないが、矢沢の質問に黙り込む。どう、って言われてもなぁ……
「高峰は、たまになに考えてるのかわかんない時もあるけど、いつも気にかけてくれて、俺のこと心配してくれるし、甘やかしてくれるから……申し訳ない、っていうか……」
「そっちになっちゃうのかぁー」
矢沢が頭を抱えた。そっちってどっちだよ。
「長くなりそうだなぁ、これは」
早川が遠い目をしている。
これはまた、矢沢と早川の2人にしかわからない話だろう。
ーーーー
中休憩が終わり、後半が始まった。さっきとメンバーがころっと変わり、高峰はベンチにいた。
「なんで高峰ベンチなんだろう」
「3年が引退だから、3年を多く出してるんだよ」
矢沢が答えてくれた。なるほど、これは引退試合なわけか。前半でリードしてるので、3年を出すのはこのタイミングが妥当だろう。
もともとベンチに入っていた人も多かったようで、高峰のチームはいつのまにか逆転されていた。2-4で2点差をつけられている。
さすがにまずいと思ったのか、コーチが何人か選手を交代した。
「あっ、高峰だ」
「でてきたな」
交代でフィールドに上がる高峰は、それだけで様になっていた。
頑張れ、と心から応援する。
残りわずか2分。ここから2点差を詰めるのは正直厳しいだろう。だが、そんなことも関係なく走り続ける高峰の姿は、とても眩しかった。
敵チームが油断した隙に、高峰がボールを奪った。
一度ゴールしているので、当然マークされていて、なかなか進めない。が、高峰は冷静に相手の虚をつき、確実にゴールに近づく。
ここからは時間との戦いだ。高峰のシュートが先か、試合終了のホイッスルが先か。わからない状況だ。
拳をグッと握る。残りはわずか10秒になっていた。
10、9、8とカウントダウンがされていく。
頑張れ
7、6、5、4
頑張れ
3、2
「頑張れ!」
1
0
試合終了のホイッスルがなるとほぼ同時に、高峰がボールをゴールに叩き込んだ。
その得点は加算され、3-4で試合終了だ。
高峰は地面に寝転び、空を仰いだ。
その高峰を見ていると、視線に気づいたように高峰がこちらを向いた。ゆっくり起き上がり、俺に向かって笑う。
太陽に引けをとらず輝くその笑顔から、なぜか目が離せなかった。
じんわりと感じる顔の火照りは、きっと夏の暑さのせいだろう。
ーーーー
試合が終わって、高峰と合流する。
「高峰ー、惜しかったなぁ!」
矢沢が高峰の肩をバシバシと叩く。高峰は「うるせー」と呟いている。
「高峰、カッコよかったよ」
俺が声をかけると、高峰はふわっと笑った。
さっきからなんか変だ。高峰に笑顔を向けられると顔が熱くなる。
「ありがと。柴野の弁当のおかげで頑張れた」
「でも、好きな人にもらったほうが……」
俺がそう呟くと、高峰はきょとんとする。
「柴野にもらえたから頑張れたんだよ。めちゃくちゃ美味かった」
「そ、そっか」
思わず顔を逸らす。この胸の鼓動はまだ試合の熱が冷めてないからだと自分に言い聞かせる。
「試合負けたってことは、明日は試合ないでしょ。じゃあ行けるんじゃない?」
早川が高峰に言う。行く、ってどこにだろう。
早川の言葉を受けた高峰がくるりと俺に向き直る。
「柴野、明日ひま?」
「え、あぁ、うん」
「じゃあ行こ、夏祭り」
高峰はそう言ってニッと笑う。俺はそれに共鳴するかのように高鳴る胸をおさえるのに必死だった。
特になにもすることがなく、夏休みも終盤に差し掛かっている。
高峰は部活が忙しいらしく、矢沢や早川は何かと用事があったりして、あまり会って遊ぶことはなかった。こんな暑い中部活なんて俺には考えられないな。そんなことを思いながら、ベットに転がった。
隣に置いていた携帯から着信音が流れ出す。
珍しいな、と思い画面を見ると、「早川恭弥」の文字が。
早川からの電話だ。今までかかってきたことないのにどうしたんだろう。
『もしもし柴野?久しぶり。今大丈夫?』
「うん。どうかした?」
『明日って空いてる?』
「空いてるけど……なにかあるの?」
『高峰のサッカーの試合、観に行かない?』
久しぶりに声を聞いた早川から、高峰の試合を観に行こうという誘いの電話だった。
「行きたい。久しぶりにみんなと会いたいし」
『じゃあ決定で。高峰には柴野が行くってこと内緒にしといて』
「なんで?」
『高峰をびっくりさせたいから。ドッキリ的な感じ』
「なるほど。わかった」
俺が行って高峰がびっくりするのかはわからないが、とりあえず承諾した。
「なんか高峰に差し入れしたいんだけど、高峰が好きなものとかある?」
高峰には数えきれないほど助けてもらっているので、少しでも恩返し、というかをしたい。
その考えを汲みとったのか、早川は電話の先で優しく笑った。
『柴野って、料理できる?』
「うん、できるけど」
家にほぼ親がいないので自炊はよくする。
同じ年齢の人たちと比べたらできるほうだと思う。
『じゃあ高峰に弁当作ってあげたら?』
「弁当?」
『高峰、いつも女子たちに差し入れされて、それを昼ごはんにしてるから。俺としては、ちゃんと食べて欲しいんだけどさ』
「わかった。頑張ってみる」
いつもは自分一人の分しか作らないので、他の人の口に合うものを作れるかどうかはわからないが、できるだけ努力はしよう。高峰はスポーツマンなんだから、もっとしっかり食事をとった方がいいと思う。
俺が返事をすると、「じゃあね」と言って電話が切れた。
……なにを作れるか考えないとな。
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次の日。天気は文句のつけようがない晴れだ。
外に出ると、ジリジリと太陽の熱気を感じられる。
早川に教えられた会場に向かう。
バスで少し行ったところにある競技場らしい。
バスを降りると、早川と矢沢がいた。
「おはよう、2人とも」
「おっすー柴ちゃん。久しぶり」
「おはよう柴野」
俺が挨拶をすると、2人は笑顔で迎えてくれた。
「矢沢、焼けた?」
「あー、やっぱわかる?部活やってるとどうしても焼けるんだよなぁ」
前見た時よりも肌が濃くなっている。矢沢は確か陸上部だったっけ。ずっと外にいるんだから当たり前か。
「そろそろ行こうか。高峰が待ってる」
早川の言葉に頷き、ついていく。
会場の入り口につくと、うちの学校のユニフォームを身にまとった集団が目に入った。その中に、高峰もいた。
「高峰」
早川が声をかけると、高峰がパッとこちらに振り向いた。久しぶりに高峰と会うので、少し緊張する。
「柴野!?」
俺に気づくと、驚いて走ってきた。どうやら、早川が言っていたドッキリは成功したようだ。
「高峰、久しぶり」
俺がそういうと、へにゃと顔を緩ませた。試合前にそんなゆるゆるな顔をしていいのだろうか。
「久しぶり、柴野。来てくれたんだ」
高峰は嬉しくて仕方ない、という風に俺に抱きつく。
暑かったけど、それよりも高峰に会えた嬉しさが勝った。
「そうだ、高峰。はい」
「なにこれ」
「お弁当。試合頑張って」
「……まじ?」
お弁当を手渡すと、高峰の顔が真剣になる。
どうしたんだろうか。やっぱり俺よりも女子たちにもらった方が嬉しいもんな。と、考えていると、高峰の顔がずいっと近づいた。
「これ、柴野の手作り?」
「あ、うん。そうだよ。手作りいやだった?」
「全然。むしろ嬉しい。これで試合頑張れる」
「よかった。高峰のこと、客席から見とくね」
なんで手作りか確認したのかわからないが、とりあえず高峰は笑顔で部活のメンバーのところへ戻って行った。
「高峰、めちゃくちゃ喜んでたな。さすが柴ちゃん」
「お弁当そんなに嬉しかったかなぁ」
「弁当っていうか、柴野が来てくれたことに喜んでたよ」
そんなことはないだろ、と思いながら高峰を見送る。少しでも、高峰の力になればいいな。
ーーーー
ピーッというホイッスルで試合が始まった。
高峰はレギュラーメンバーということで、最初から試合に出ていた。
選手が一斉に動き出す。高峰たちのチームがボールを取ると、高峰はスピードを上げて走り出す。ボールを受け取ると、さらに加速する。俺の50m走よりも、高峰がドリブルしながら走った方が速いんじゃないかと思う。
1人、また1人とかわし、ゴールまで一直線で走りこんだ。
キーパーとの一対一を難なく制し、ボールはゴールに突き刺さった。
「すご……」
開いた口が塞がらない。応援にきていた周りの女子たちが一斉に声をあげる。そりゃそうだ。今の高峰は誰がどう言おうとイケメンなのだから。
「キレッキレだな、高峰」
矢沢が笑いながら言う。俺は深く頷いた。さすがにカッコ良すぎる。
「昨日まで調子悪くてぐずってたくせに」
早川がいたずらに笑った。高峰、全然そうな風にはみえなかったけどなぁ。
「好きな子にはいいとこ見せたいんだろ」
矢沢が早川の言葉を受けて言った。待って、なんか聞き捨てならないことを聞いたような……
「高峰って、好きな人いたの?」
そういえば、修学旅行の時、高峰に好きな人聞くの忘れてた。俺だけ聞かれてたんだった。
「いるよ」
早川がサラッと言う。血の気が引いていく感覚がした。
「だったら俺、高峰に悪いことしちゃったかも……」
「なんで?」
「絶対その人からお弁当もらった方が嬉しかったのに、俺なにも考えず渡しちゃった……」
高峰に好きな人がいる場合を考えなかった。
どうしよう、今から取り戻しに行った方がいいかもしれない。
「心配しないでいいよ、柴野」
「柴ちゃんは気にしなくていいよ」
生温かい目をした2人に引き止められる。
これ以上その目で見ないでくれ。暑すぎる。
高峰のお弁当が気が気じゃない。そんなことを考えるうちに、前半終了のホイッスルがなった。2-1で高峰のチームがリードしている。
「やっぱり高峰のお弁当回収してきた方が……」
「大丈夫だから!柴ちゃん気にしすぎ!」
「でも……」
「ほら、早く昼ごはん食べよ!」
矢沢に促され、お弁当を開いた。中身は、高峰に作ったものの残り物だ。
「やば、早川見て。柴ちゃんの弁当めっちゃ豪華!」
「ほんとだ。すごいね柴野」
「そんなことないよ」
全部簡単に作れるものだ。とはいえ、作るのには時間がかかったし、俺の分は高峰の分よりも見栄えが悪い。
高峰はちゃんと食べてくれるだろうか。
全部じゃなくてもいいから、少しだけでいいから食べてくれると嬉しい。
「柴ちゃんってさ、好きな人いないの?」
「え、いないよ。なんで急に……」
「じゃあ高峰は?高峰のこと、どう思ってる?」
急になんでその話題になったのかわからないが、矢沢の質問に黙り込む。どう、って言われてもなぁ……
「高峰は、たまになに考えてるのかわかんない時もあるけど、いつも気にかけてくれて、俺のこと心配してくれるし、甘やかしてくれるから……申し訳ない、っていうか……」
「そっちになっちゃうのかぁー」
矢沢が頭を抱えた。そっちってどっちだよ。
「長くなりそうだなぁ、これは」
早川が遠い目をしている。
これはまた、矢沢と早川の2人にしかわからない話だろう。
ーーーー
中休憩が終わり、後半が始まった。さっきとメンバーがころっと変わり、高峰はベンチにいた。
「なんで高峰ベンチなんだろう」
「3年が引退だから、3年を多く出してるんだよ」
矢沢が答えてくれた。なるほど、これは引退試合なわけか。前半でリードしてるので、3年を出すのはこのタイミングが妥当だろう。
もともとベンチに入っていた人も多かったようで、高峰のチームはいつのまにか逆転されていた。2-4で2点差をつけられている。
さすがにまずいと思ったのか、コーチが何人か選手を交代した。
「あっ、高峰だ」
「でてきたな」
交代でフィールドに上がる高峰は、それだけで様になっていた。
頑張れ、と心から応援する。
残りわずか2分。ここから2点差を詰めるのは正直厳しいだろう。だが、そんなことも関係なく走り続ける高峰の姿は、とても眩しかった。
敵チームが油断した隙に、高峰がボールを奪った。
一度ゴールしているので、当然マークされていて、なかなか進めない。が、高峰は冷静に相手の虚をつき、確実にゴールに近づく。
ここからは時間との戦いだ。高峰のシュートが先か、試合終了のホイッスルが先か。わからない状況だ。
拳をグッと握る。残りはわずか10秒になっていた。
10、9、8とカウントダウンがされていく。
頑張れ
7、6、5、4
頑張れ
3、2
「頑張れ!」
1
0
試合終了のホイッスルがなるとほぼ同時に、高峰がボールをゴールに叩き込んだ。
その得点は加算され、3-4で試合終了だ。
高峰は地面に寝転び、空を仰いだ。
その高峰を見ていると、視線に気づいたように高峰がこちらを向いた。ゆっくり起き上がり、俺に向かって笑う。
太陽に引けをとらず輝くその笑顔から、なぜか目が離せなかった。
じんわりと感じる顔の火照りは、きっと夏の暑さのせいだろう。
ーーーー
試合が終わって、高峰と合流する。
「高峰ー、惜しかったなぁ!」
矢沢が高峰の肩をバシバシと叩く。高峰は「うるせー」と呟いている。
「高峰、カッコよかったよ」
俺が声をかけると、高峰はふわっと笑った。
さっきからなんか変だ。高峰に笑顔を向けられると顔が熱くなる。
「ありがと。柴野の弁当のおかげで頑張れた」
「でも、好きな人にもらったほうが……」
俺がそう呟くと、高峰はきょとんとする。
「柴野にもらえたから頑張れたんだよ。めちゃくちゃ美味かった」
「そ、そっか」
思わず顔を逸らす。この胸の鼓動はまだ試合の熱が冷めてないからだと自分に言い聞かせる。
「試合負けたってことは、明日は試合ないでしょ。じゃあ行けるんじゃない?」
早川が高峰に言う。行く、ってどこにだろう。
早川の言葉を受けた高峰がくるりと俺に向き直る。
「柴野、明日ひま?」
「え、あぁ、うん」
「じゃあ行こ、夏祭り」
高峰はそう言ってニッと笑う。俺はそれに共鳴するかのように高鳴る胸をおさえるのに必死だった。


