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さゆりお姉さまと初めてお会いした時の衝撃は今でも忘れることはできない。私の中等部の入学式、在校生代表で祝辞の言葉を述べられたのがさゆりお姉さまだった。
柔らかなグレージュの絹のような長い髪、白雪の肌、紅梅色の頬、長い睫毛、そして形の整った薄い唇。こんなにも美しいひとが存在するのかと目を疑った。きっと一年生の誰もがお姉さまに見惚れていたと思う。
私は正直リリスへの入学は不本意だった。だが祖母も母もリリスの卒業生でリリスの制服を着た私が見たいと言われ、仕方なく受験したら受かってしまった。別にクリスチャンでもないのに古臭い女子校に通うなんて……という憂鬱な気持ちはさゆりお姉さまと出会った瞬間に消し飛んだ。
お姉さまと同じ白百合寮に組み分けされて叫んでしまいそうになるくらい喜んだ。どうにかしてお近づきになりたいと思っていたけれど、お姉さまは遠い人。弓道部に入ろうと思ったけど、残念ながら私には才能がなかった。体験入部の時点で的に当てるどころか、まともに弓を射ることさえ無理だと落胆する。もちろん練習すればマシになったかもしれないけど、あまりに不出来な姿を憧れの人に晒すのは許せなくて。結局入部は諦めた。
「さゆりさま、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
挨拶をすれば女神の微笑みで返してくださる。だけどそれは私一人ではない。多くの花々を愛でるのと同じように、誰に対しても平等に優しく接してくださる。
でも、それでは満足できない。私はたくさんの花々ではなく、さゆりさまにとっての一輪の花になりたい。特別な存在になりたいのだ。
そう思っていた時にシスター制度の存在を知り、これだ! と思った。
聖リリス女学院にはシスター制度というものがある。上級生と下級生がペアを組み、姉妹の契りを結ぶというものだ。姉となった上級生は妹の下級生に時に優しく、時に厳しく指導する。一対一の関係は特別で、友人とはまた違った絆が育める。
どうしてもさゆりさまの妹になりたい。そう思った私は大胆にも直接お願いしに行った。
「私のことを妹にしてください」
突然の申し出に驚いていたが、さゆりさまはすぐに微笑む。
「ごめんなさい、私は妹はつくらないと決めているの」
「どうしてですか?」
「私はきっと求められるものを与えられる姉にはなれないと思うから」
さゆりさまの仰る意味はよく理解できなかった。
「申し出は嬉しかったわ、ありがとう」
だけどこのままでは引き下がれない。おっしゃる意味はわからないけれど、「私」がダメというわけではないのならまだチャンスはあるはずだと思った。
「では、高等部でさゆりさまがもし寮長になることがありましたら、その時は私を妹にしてください」
流石のさゆりさまも面食らったように私を見つめる。
シスターを組まない生徒もいるが、寮長は必ず自分の妹を決めることになっている。それは自分の後継者を選ぶため。寮長の妹は、即ち次期寮長ということになるのだ。
「寮長は後継者を決めるため必ず妹を選びますでしょう? もしさゆりさまが寮長になられたら妹選びは避けて通れません。その時再度申し込みに参ります」
「あなた、面白いことをおっしゃるのね」
クスリ、と微笑む姿も気品に溢れていた。
「私が寮長になるかどうかもわからないのに?」
「なれます。さゆりさまならきっとなれますわ」
「わかりました。もしそのような機会があればそうしましょう」
「! はいっ! それまで研鑽を積みます」
「あなた、お名前は?」
「雛森透と申します」
「透さんね。楽しみにしているわ」
それから私は勉強も運動もなんでも努力した。礼儀作法やダンス、音楽まで立派な淑女になれるように努めた。いつかを夢見て研鑽を重ね続けた。
高等部に上がったさゆりさまは、一年生で異例の寮長の妹に選ばれた。二年生にして白百合寮長となったさゆりさまは、私の元に訪ねてきてくださった。
「約束通り、私の妹になってくださる?」
自分から申し込もうと思っていただけにさゆりさまの方から誘っていただけるなんて思わなくて、嬉しくて嬉しくて泣きそうだった。
「はい、喜んで」
「よろしくね、透」
「よろしくお願いします――さゆりお姉さま」
この日は間違いなく今まで生きてきた中で特別な日となった。



