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「私はさゆりさまをお救いしたかったの! はなしてっ、ころしてやる……っ!」
 大声で泣き叫び、暴れようとする佳乃子さまに「ごめんなさい」と謝ってから背後に周り、首の後ろに手刀を食らわせた。佳乃子さまはがくりと膝から崩れ落ち、気を失ったところを支える。昔祖父に叩き込まれた護身術がこんなところで活きるのは何とも不本意だった。
「筒見さん、警察に通報してくれる?」
「あっ、ええ……」
 筒見さんはハッと我に返り、慌てて警察に通報した。それを見ながら父から最低でも一発は食らうだろうなと覚悟した。
 パァン! 突然部屋に乾いた音が響き、驚いて振り向く。笠吹さまが姫宮さまの頬を(はた)いていた。
「……っ」
「お姉さま……」
 電話を終えた筒見さんが呟く。姫宮さまは視線を落としたまま何も言わない。
「何か言ったらどうなの?」
 笠吹さまは目を真っ赤にさせている。
「何か言いなさいよ! 渚!」
「……ごめん」
「それは何のごめんなの? 自分が父親だったこと? 男だと黙っていたこと?」
「……」
「なんで……っ!」
 再び笠吹さまは拳を振り上げる。「お姉さま!」と筒見さんが叫んだ。私は佳乃子さまを支えているので動けない。だが、振り下ろされた拳はとても弱々しいものだった。
「なんで……なんでよ……」
 姫宮さまの胸を弱々しい拳が何度も叩く。
「友達だと、思ってたのに……っ」
「蘭華……」
「うっ、うう……っ」
 嗚咽を漏らして泣きじゃくる笠吹さまはその場にへたり込んでしまった。筒見さんがそんな彼女の肩を抱きしめる。姫宮さまは俯き、静かに涙を流していた。
 泣き声だけが響く部屋の中で、白百合寮の方からもっと甲高い声が聞こえる。ハッとした姫宮さまは駆け出していった。私も佳乃子さまの体を壁際に寄せ、後から追いかけた。
 さゆりお姉さまの部屋のベッドに寝かせていた赤ちゃんが、目を覚まして泣き声をあげていた。泣き続ける赤ちゃんにゆっくりと近づいた姫宮さまは、そっと抱き上げる。
「……ごめん、こんなのが父親で」
 姫宮さまは赤ちゃんを抱きしめたまま、声を震わせて泣いていた。
「ごめん、ごめんね……」
 凄惨な現場には似つかわしくない、赤ん坊の泣き声が響き渡る。その声は汚れを知らず、無垢で清らかな声だった。幼いながらに懸命に生きようとする、そんな力強さのようなものも感じる。
 外では礼拝堂の鐘が鳴り響く。毎日十八時になると鳴る鐘だ。毎日聞いているはずの鐘の音は、今日ばかりは違った音色に聞こえた。一人の魂を送り出し、一人の魂の誕生を祝福するような――そんな音色に聞こえた。