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「……本当にあなたが、子どもの父親なんですか」
全てを話し終えた自分に対し、透が呟く。唇はワナワナと震えていた。
「あなたがさゆりお姉さまをっ!」
「違う! 私じゃない!」
「お姉さまを穢したことに変わりはない!」
透は私に向かって掴みかかる。これまでずっと冷静さを保ち、率先して捜査と推理を行っていたが感情的になって怒りを露わにさせていた。私は何も言えなかった。
「どうして真っ先に名乗り出なかったの?」
「……」
「自分が父親だって言えなかったのは、あなたが殺したからなんじゃないの?」
「……違う」
「何が違うのよ!」
「……こわかったんだ。さゆりが亡くなっていたことも、いるはずの赤ちゃんがいなかったことも、自分が男だとばれることも」
自分で口にしておきながら、あまりにも身勝手で情けなくて吐き気がする。あの現場を目撃して真っ先に思ったことは、愛する人を失った悲しみよりも自分自身の正体が暴かれることへの恐怖心だった。さゆりと子どもを何があっても守ると誓ったはずなのに、この場から逃げたいと思ってしまった。どうしたらここから逃げられるのか、どうしたら自分が男とばれずに済むのか。そればかり考えてしまっていた。
そして気づく、姉の死を受け入れられなかった母も逃げたかったのではないか。愛する夫を亡くし、娘まで失ったと思いたくなくて――私を姉だと思い込むことで逃げたのではないだろうか。
「何を言っても信じてもらえないのはわかってる。でも、私はさゆりのことを愛してた。子どものことも守るつもりだった。……それだけは本当なんだ」
透はぐっと唇を噛む。私の胸倉を掴んだまま、ボソリと何かを呟いた。その後、掴んでいた胸倉をパッと離す。視線を逸らした彼女の感情は読み取れない。
私は目を伏せて俯く。他の三人の顔も見られなかった。特に蘭華がどんな顔をしているのか――。
「……ごめん、少しだけ一人にさせて欲しい」
そう言って私は踵を返す。この期に及んでまた逃げてしまう自分はどうしようもない人間だと思う。一歩、また一歩と歩みを進める度に胸の奥に巣食っていた後悔、恐怖心、喪失感が一気に押し寄せる。
「さゆり……」
それでも君を愛していた。父以外に初めて“僕”を受け入れてくれた君のことを、本気で愛していたんだ。君と生きる未来を本気で信じていた。でも、さゆりはもういない。残された自分にできることは――。
「……あなただったんですね」
不意に呟かれた言葉。足音もなく背後にいた存在に驚いて振り返る。
「佳乃子……?」
「あなたが、さゆりさまを穢したんですね……」
どくん、と心臓が大きく脈打つ。佳乃子の手に握られていたのは、包丁だった。
「あの方を誑かした上にその身を穢して辱めた――あなたさえいなければ、あの方はずっと私だけのものだったのに」
彼女の瞳には狂気が孕んでいた。直後、握りしめていた包丁が振り上げられる。その鋭い刃が自分に向かって振り下ろされるとわかっていたはずなのに、一歩も動けなかった。
「――そこまでよ」
その瞬間、わずかに佳乃子の動きが止まった。一瞬の隙を見逃さず、透は佳乃子の腕をはたき落として包丁を奪う。
「うう……っ」
「やっぱりあなたが犯人だったんですね――佳乃子さん」
透の瞳が鋭く細められる。私はただ立ち尽くし、崩れ落ちて泣き叫ぶ佳乃子を見つめることしかできなかった。



