私たちは互いの部屋を捜査することになった。お互いに見張り合うため、部屋の捜索は必ず全員で行う。現在白百合寮にいることから、私と佳乃子さまの部屋から見て回ることになった。
「私の部屋から参りましょう」
何もやましいものはないという自信しかなかったので、自ら名乗り出た。誰からも異論はなかったためそのまま私の部屋へ案内する。
自室は全生徒一人一部屋が与えられるが、ベッドと勉強机と壁にクローゼットと本棚があるだけのとても狭い部屋だ。ベッドは勉強机と一体型のロフトベッドになっている。寮長のみがゆったりとした広い部屋を与えられるが、他の生徒は皆同じ間取りで狭いので、さりげない小物やインテリアで個性を出している。
部屋が狭くて全員は入れないので、一人ずつ部屋の中を見ることにした。
「さゆりとの写真ばっかりじゃない」
笠吹さまが呆れたように私の机を見て言った。机の壁際にはこれまで撮ったお姉さまとの写真を飾っている。
「他に飾る写真などありませんから」
「透らしいわね」
他に机の上にはペン立てがあり、シャーペンやボールペンがいくつか入っている。クローゼットには着替えが入っているだけだし本棚も教材以外は自分のPCを閉まっているだけだ。
「これといったものはないわね」
「狭い部屋ですから必要なものだけ最低限と決めているんです」
「透らしい。特に目ぼしいものはなさそうね」
笠吹さま以外の全員も同じ意見だったので、次は佳乃子さまの部屋に向かった。佳乃子さまの部屋も同じような感じだが、十字架が飾られていたり本棚に聖書が並べられているところが敬虔なクリスチャンだと物語っている。ベッドシーツも綺麗に整えられており、佳乃子さまの几帳面さが如実に表れている。クローゼットの中にも特に気になるものはなかった。ゴミ箱にも何も入っていない。
「では、黒薔薇寮に向かうでよろしいでしょうか」
「ええ。誰の部屋から見ますか? お姉さま」
筒見さんが訊ねると笠吹さまは答える。
「私の部屋からでいいわよ。きっと一番見たいでしょうから」
その言葉に従い、黒薔薇寮長の部屋から見ることにした。部屋はさゆりお姉さまの部屋と同じくらいの広さであり、部屋の中央には丸いカーペットが敷かれている。北欧から取り寄せた高級ブランド物だ。机も大理石と所々で笠吹さまのこだわりが感じられる。本棚には医学に関する本がぎっしりと詰められていた。
「お産に関する本もありますね」
「元々婦人科には興味があったから」
「婦人科を目指していたのですか?」
「そういうわけではないけど、ただこの環境にいると女性独自の医学には詳しくなりたいと思うのよ」
「そうですか」
一応隈なく調べさせてもらったが、汚れた制服やナイフは先ほど回収したこともあり、他に気になるものはなかった。
もしも共犯者を匿うことになるのなら、部屋の広さ的に寮長室しか有り得ない。だが人が隠れられるような場所はクローゼットくらいしかないが、もちろん誰もいない。他の部屋もクローゼットに入ろうと思えば入れないこともないが、体の大きいであろう男性が入るとなると現実的ではない。
やはり笠吹さまは犯人ではなさそうだ。赤ん坊を取り上げたことは認めているし、彼女の犯人への憎しみは本心からだと思う。共犯者説を提示した筒見さんも犯人とは考えにくい。実際次に向かった彼女の部屋も気になるものはなかった。ただ白雪家に関する週刊誌や新聞記事がスクラップされており、白雪に対する執念のようなものが感じられた。それを見られても彼女は平然としていた。
「もう良いでしょうか。次は渚さまのお部屋ですね」
「……」
「渚さま?」
「あっ、ああ……いいよ」
先程から姫宮さまはずっと青い顔をしている。特に突っ込んでいないが、ずっとソワソワして落ち着かない様子だ。絶対に何かある、と少しの違和感も見逃さないことを誓って部屋に向かった。
姫宮さまの部屋も他の部屋と大きくは変わらない。彼女らしさと言えば、クローゼットの中に和服があること。和服の中に着るための肌着も綺麗に畳んでしまわれている。他に目に付くのは首に巻くストールや大きめのカーディガンが多いことだ。
そういえば姫宮さまは夏でも長袖を着用されている。タイツを履かれることが多いし、あまり肌を露出しない。一度訊ねたことがあるが、肌が弱くて夏でも日光に晒せないと言っていた。いや、もしかして――?
自分の中である疑惑が生まれる。だがそれはあまりにも突拍子のないことだった。まさかそんなことが――と思いながら開けた引き出しの中に入っているものを見て、思わず息を飲む。
「これは……ピル、ですか?」
「ああ、そうだよ」
姫宮さまはコホンと咳払いしてから答える。
「私は生理が重くてたまに服用してるんだ」
「そうですか……」
何ら不思議なことではない、よくあることだ。だが、ピルの入っているケースの中にあるもう一つのものが気になった。恐らくはビタミン剤だ。肌荒れなどに効くよくある市販のものだろう。別に同じ薬ケースの中にあっても不思議ではないと思う。常備薬として持ち歩いているのだとしたら何も違和感はない。ただ何となくピルとビタミン剤がパッと見て同じに見えることが引っかかった。
現実味がなくて突拍子もないという自覚はある。だが、これまで感じていた違和感のピースを当てはめていくと――それは一気に確信を強める。どくんどくん、と心臓が高鳴ってゆく。
「やっぱり人が隠れられそうなところはないですね」
佳乃子さまがいう。
「そんなはずない! 絶対どこかにいるはずなのよっ!」
「蘭華お姉さま、落ち着いてください。だけどどの部屋にも男性がいそうな痕跡はなかったですよ」
「別の部屋に隠れているのよ。すべての部屋をしらみつぶしに探すわよ」
「待ってください」
鼻息を荒くして出て行こうとする笠吹さまを止める。
「男性のいた痕跡なら――あったかもしれません」
「えっ!?」
全員が驚いて私の方を見る。笠吹さまが目を三角にして詰め寄る。
「どこ!? どこにあるの?」
私は一呼吸置いて姫宮さまに向き直る。
「姫宮さま。以前日光に弱くて夏でも長袖を着ていらっしゃる、と仰っていましたよね」
「う、うん。そうだけど」
「本当は体型を誤魔化すためのものではないですか?」
「な……どういうこと?」
姫宮さまは喉元に手を触れた。
「冬は特にオーバーサイズのカーディガンを羽織られていたり、ストールを巻いておられます。今まで気にしたことありませんでしたが、なるべく体つきをわからなくするためだったのではないですか」
「違うよ、オーバーサイズが好きなだけだって。ストールも首が冷えるから――」
「その、喉にあるものを隠すためでは?」
「っ!」
姫宮さまがたじろいだのを見逃さなかった。
「あなたは話す前、よく咳払いをされます。きっと癖なのだと思っていました。でも、本当は少しでも高い声を出そうとしているからでは?」
「……」
「そしてあのピル。本当にあなたが服用していたのですか?」
「あっ!」
急に筒見さんが声をあげる。
「そういえば、夜に渚さまとすれ違ったことがありましたよね? 白百合寮の方で……」
「……」
尚も黙り続ける姫宮さまに私は畳み掛ける。
「答えてください! あなたは、本当に女性ですか?」
姫宮さまは喉元に触れていた手を下ろす。その喉には微かに喉仏が見えた。
「――透はすごいな。意外とばれないと思ってたのに」
「渚、その声……!」
笠吹さまが驚くのも無理はない、姫宮さまの口から出た声はいつもよりかなり低く野太さのある声だったのだから。
「喉仏が目立たない方だから案外いけてると思ってたんだけどね」
「やっぱりあなたは――、」
「うん、私は男だよ」
濡羽色の長い髪が揺れる。クールな美人だと思っていた彼女――いや彼は、途端に雄々しさを纏っていた。



