* * *
バラ園の中にある小さな池の中にそれはあった。血染めの制服と果物ナイフ、制服の胸元には黒薔薇のバッジが付けられていた。
「笠吹さまのもので間違いありませんね」
「……ええ」
笠吹さまは一瞥だけして目を伏せる。笠吹さまの話を聞き、全員でバラ園に向かった。私が池から引き上げたものは間違いなく揺るがぬ証拠であるのだが、笠吹さまは筒見さん同様に殺害は否定した。
「犯人は、あの子の父親よ」
彼女の瞳には怒りが滲んでいる。
「だってそうでしょう? さゆりが妊娠していたと知り得た人物は限られている。メイドは知っていた可能性があるけれど、犯行時刻に寮にいなかったのだから不可能。だとしたら残されるのは?」
「子どもの父親、ということですか?」
筒見さんが訊ねる。
「そうよ! それしか考えられないっ」
笠吹さまは興奮気味に大声をあげる。
「その男がさゆりを殺したのよ! きっと子どもが産まれては不都合があったから消したんだわ!」
「待ってください、蘭華さん」
感情が昂る笠吹さまに対し、おどおどしながら佳乃子さまが言う。
「それではこの中に男性がいると言っているようなものですよ」
「そうだよ、蘭華。流石にこの中じゃないよね?」
姫宮さまも同調する。
「だからきっと、どこかに男が潜んで隠れているのよ」
笠吹さまは目をぎらつかせる。
「それしか考えられないわ。この花園を穢した犯人がどこかにいる。あなたたちの中に犯人を隠している者がいるのではなくて!?」
笠吹さまは私たちに向かって怒鳴る。
「そんなことない!」と姫宮さま。
「私だって違いますっ!」と佳乃子さま。
「私もです」と筒見さん。
全員そう答えるしかないだろうと思いつつ、私も「違います」と否定した。
「じゃあ誰? 誰がさゆりを……っ。さゆりを返してよ……!」
笠吹さまは両手で顔を覆って泣き崩れる。筒見さんは寄り添って背中をさすっていた。姫宮さまと佳乃子さまは複雑そうに項垂れている。
私は思案した。やはりこの問題は避けられない、子どもの父親は一体誰なのか。まずこのリリスには男性という存在が極端に少ない。私の親世代まで遡ることになるが、以前男性教師と女子生徒の不純異性交友が発覚し当時大問題になったという。それ以来男性教師は既婚者であることが大前提となり、厳しい採用試験を突破した数名しか採用されない。更に女子生徒との接触は原則授業中のみと最低限に留められる程徹底している。生徒の恋愛対象になりそうな若い男性などこの学院には存在しない。それ故に聖リリス女学院は麗しき花園として成り立っているのである。
だから男性教師というのは考えにくい。そうなればさゆりお姉さまは秘密裏に男を外部から招いていたことになる。次々に浮かび上がる信じたくなかった事実に頭が痛くなる。もしかして私は、さゆりお姉さまのことを何も知らなかったのかもしれない――。
「蘭華お姉さまがさゆりさんのことを……気づきませんでした」
ぽつりと呟き、沈黙を破ったのは筒見さんだった。
「だから私のことを妹にしたのですね」
「流奈が本当に妹だったとは思っていなかったけどね」
「私のこと、憎いと思ったでしょう?」
「……いいえ、むしろ腑に落ちたわ。私は結局さゆりの面影を求めていたのね」
「私もお姉さまの妹になればさゆりに近づけると思いました」
「お互いに利用していたのね」
二人は顔を見合わせ、ふっと笑みをこぼす。
「私たち似たもの姉妹ね」
「同じことを考えていました」
それから筒見さんは急に表情が変わる。
「一つご提案があります。ここにいる五人の部屋をそれぞれ調べてみる――というのはいかがでしょう」
「部屋を?」
私は思わず聞き返す。
「ええ、共犯者がいるのではないかと思って」
「共犯者?」
「男子禁制の学院で万が一男性が出入りしていたのだとしたら、学院内に協力者がいたはずです。さゆりが寮から出られなくなってしまった以上、他に協力者がいたと考えるのが自然ではないでしょうか」
「なるほど、あり得るわね」
笠吹さまは涙を拭いながら頷く。
「私は構わない。思う存分調べてくれて良くってよ」
「私も構いません」
私はチラリと姫宮さまと佳乃子さまを一瞥する。
「お二人はいかがですか?」
「……わかった」
「大丈夫です……」
二人とも表情が強張っていることを見逃さなかった。
「では決まりですね。それと笠吹さま」
「何?」
「あなたは赤ん坊を取り上げたことは認めるんですね」
「ええ」
「死体損壊罪に問われる可能性が高いですが」
「わかってる、どんな裁きも受ける覚悟はできてるわ。でも、その前に犯人を見つけ出す」
彼女には強い覚悟が見えた。凛と咲く一輪の薔薇そのものだった。



