四月も終盤になると、桜がもうほぼ散ってしまった。
 桜が散ると春が終わってしまう……と少し寂しくなるのはわたしだけだろうか。
 そんなことを考えながら、わたしは学校に向かう。

 「おはよー、こころちゃん!」

 「こころちゃんおはよう」

 「こころ、おはー! 今日来るの遅くない?」

 「おはよう。ごめんごめん、ちょっと支度に時間がかかっちゃって」

 わたしは吹部に入部してから、いつも四人で一緒にいる。
 絵莉ちゃんはもちろん、柚乃ちゃんと瑠夏ちゃんも。こんな何人もの友達ができるとは思っていなかったから、すごく嬉しい。

 「あ、ねぇ、こころ。こころはあのこと知ってる?」

 「え? あのことって?」

 「うちのクラスの青葉透が、吹部に入部したらしいよ」

 ……え。瑠夏ちゃん、いまなんて。
 青葉くん。わたしは青葉くんと同じクラスになってから一度も話したことがない。というか、わたしが避けている。
 倒れたとき助けてくれたのは青葉くんだけど、どうも緊張してしまうから。
 それなのに、同じ部活だなんて……。

 「吹部は一年に男子いなかったのにね。あ、こころちゃんって青葉くんと同じ中学なんでしょ? 部活何だったの?」

 「う、うん。青葉くんはサッカー部だったよ」

 「へぇー、確かにそんな感じするね。こころちゃんは青葉くんと仲良い?」

 「えっ!? ううん、全然。中学のとき、話した回数も少ないし」

 そう答えると、柚乃ちゃんは「そっか」と言いながら、少し気まずそうな顔をした。
 どうしたのだろうと疑問に思っていたが、絵莉ちゃんと瑠夏ちゃんも何か言いたそうな顔をしているのが気になった。

 「え、どうしたの? それが何か関係あるの?」

 「いや、うん、実はね。青葉くん……トランペット希望みたいなの」

 絵莉ちゃんの言葉に、わたしは息を呑んだ。


 放課後になり、わたしは部活に行くのが億劫になっていた。
 ……青葉くんがまさか、トランペット希望だなんて。
 確かに青葉くんはトランペットが似合うと思う。努力家だし、すぐに上達すると思う。でもまさか同じ楽器だなんて……。

 「あっ、こころちゃん!」

 「里奈先輩! こんにちは」

 里奈先輩が笑顔でこちらに駆けてきた。
 手に持っている金色のトランペットは、里奈先輩のものだ。
 だけどもうひとつ、トランペットの楽器ケースを持っていたのが気になった。
 ……もしかして、だけど。

 「先輩。あの、その楽器って……」

 「あぁ、これ? 実はね、トランペット希望の一年生がもうひとりいるの! 青葉透くんて子。こころちゃん知ってる?」

 「……やっぱり、そうなんですね。一応、知ってます」

 なんて答えたら良いか分からず、わたしはしどろもどろで答えた。
 すると里奈先輩はおもしろそうに笑った。

 「あははっ、一応ってなに? なんか訳あり? 元彼とか?」

 「えっ!? い、いえ、違います! そういう訳じゃないんです」

 「ふふ、そっか。今日は透くんにトランペット体験してもらうんだ。もしかしたら違う楽器になるかもしれないけどね」

 そっか。青葉くんがトランペットではなく違う楽器にする可能性も、まだある。
 そう思いながらも、里奈先輩が青葉くんのことを名前で呼んでいるのが、少し心に引っかかっていた。

 「中澤先輩。あの、すみません。松嶋先輩が先輩のことを呼んでました」

 「あ、透くん! 分かった、すぐ行く。こころちゃん、透くんにトランペット教えてもらっても良い?」

 「へっ!?」

 青葉くんが「え、真中さん?」と驚きながらわたしの顔を覗き込んだ。
 ……わたしが、青葉くんにトランペットを教える!?

 「あのっ、わたし……教えるほどの実力、ないですし」

 「大丈夫大丈夫、わたしもすぐ行くからさ! お願い、こころちゃん。部長からの頼みだよーっ」

 里奈先輩が手を合わせながら上目遣いでわたしを見つめる。
 ……どうしよう。でも、先輩からの頼みを断る勇気なんてないし。
 わたしは渋々頷いた。

 「ありがとう! 透くん、こころちゃんにいろいろ教わってね」

 「分かりました。真中さん、お願いします」

 青葉くんはにこっと笑った。
 わたしは頷きながら、青葉くんが体験するトランペットを持って、パート練習の教室に移動した。


 まずマウスピースで音を出してもらうと、青葉くんはすんなりと音が出た。
 初心者なのにすごいなぁ、と素直に感心してしまった。

 「真中さんは、中学からやってたんだよね」

 「うん、でも、一年以上ブランクがあるから、全然できないんだ」

 「そっか。じゃあ俺はもっと頑張らないとだな」

 青葉くんは微笑みながら、トランペットの練習を頑張っていた。
 ……やっぱり上達が早い。さすが青葉くん。
 これならコンクールのレギュラーメンバーになる可能性も大いにある。

 「ねぇ、真中さん。聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

 「えっ? は、はい」

 「もう体調は大丈夫なの?」

 ドクン、ドクンと心臓の鼓動が速まった。
 ……青葉くんがそのことを、覚えていたなんて。
 どうしよう。なんて答えるのが正解? もう治ったよと嘘を吐く? それともまだ治ってないと正直に話す?
 返事をいろいろ頭のなかで考えていると、何だか胸の辺りがモヤモヤしてきた。……あれ、気持ち悪い、かも。

 「真中さん? どうしーー」

 「こころちゃん!? 大丈夫!?」

 限界を迎えそうだったそのとき、たまたま通りかかった絵莉ちゃんがわたしのもとへ駆けてきてくれた。
 ……あぁ、助かった。
 そう安心したら、先ほどの吐き気もすーっと消えていった。

 「こころちゃん……少し休んだほうがいいよ。青葉くん、こころちゃんちょっとサックスパートの部屋行くから。ごめんね」

 「あ、うん。分かった。真中さん、お大事にね」

 青葉くんの瞳を見ると、謝りたいんだという思いが伝わってきてしまった。
 そんな優しい言葉を掛けてくれたのにも関わらず、わたしは頷けなかった。