とうとう、本入部の日がやってきた。
 わたしは絵莉ちゃん以外の一年生が何人入部したのか知らない。だから今日、初顔合わせとなる。
 けれどトランペットがわたしだけなのはたぶん確定だろう。

 「みなさん、はじめまして。吹奏楽部顧問の須田 友香子(すだ ゆかこ)です。よろしくお願いします」

 顧問の須田先生は、年配の女性だった。
 里奈先輩から聞いた話によると、どうやら昔フルートを吹いていたことがあるみたいで、指揮の腕前は良いらしい。
 プライベートは優しいけれど、演奏には厳しい、そんな先生らしいのだ。

 「今年は、新入生が七人入りました。上級生と比べると少し少ないですが、少人数でもコンクールで上位にいる高校も少なくありません。皆さん、今年は県大会金賞を目指して頑張りましょう」

 吹奏楽部には、コンクールという大会がある。競い合う試合のようなもの。
 わたしたちの高校は地区大会、県大会、支部大会……と続く。A部門、B部門などがあり、この学校は毎年B部門に出場しているらしい。B部門では自由曲を一曲決め、七分間の間で演奏をする。

 けれどこの学校は、毎年県大会止まり。そして賞には銅賞、銀賞、金賞とあるが、銅賞ばかり取っているらしい。
 なかなか金賞を受賞することは難しい。だからこそ、みんなが本気でコンクールに挑む理由は、ほとんどがコンクールで金賞を目指しているから。

 「新入生のみなさんに質問です。中学で吹奏楽部に所属していた方はいますか?」

 須田先生の問いに、わたしは黙って手を挙げた。もちろん、隣にいた絵莉ちゃんも。
 他の子も数名、手を挙げている子がいた。

 「はい、ありがとう。今年は楽器経験者が多いのね」

 須田先生は満足げに笑った。
 一年生はフルート、クラリネット、サックス、トランペット、ホルン、トロンボーン、パーカッションに一人ずつ決まった。
 ユーフォニアムとチューバは二年生の先輩が一人ずついるため、今年は一年生は入らなかった。
 本当はオーボエ、ファゴット、コントラバスなども吹奏楽編成には必要な楽器だけど、この学校は少人数のため、今は残念ながらそれらの楽器を吹いている人はいないらしい。

 「じゃあ早速、新入生には先輩たちの合奏を見てもらいましょう。今は基礎の練習をしていますが、もうすぐコンクール曲の譜面が届くので、そしたらコンクールに向けて練習をします」

 わたしたち一年生は、先輩たちの合奏風景を見学した。
 基礎練習は音階だけじゃなく、半音階や短めな曲を練習していた。
 そして全体の演奏を聴いて分かったのは、確かにあまり揃っていない。これじゃあ地区大会ですら突破できるか怪しいところ。
 だけど、トランペットの音がハッキリと耳に響いた。それはやはり松嶋先輩の音だった。

 「ねぇ、こころちゃん。すごく響いてるトランペットの音って、里奈先輩? それとも、松嶋先輩?」

 と、絵莉ちゃんが合奏の休憩中に聞いてきた。
 やっぱり絵莉ちゃんもトランペットの音がハッキリ聴こえるらしい。

 「松嶋先輩だと思う。やっぱり上手だな、先輩」

 「え、松嶋先輩なの……? すごいね。二年生であんな吹けるなんて……」

 「……うん」

 改めて松嶋先輩のことが、すごいと思った。単純にわたしもあんなふうに上手くなりたいな、と思うほど。
 でも、わたしは正直、松嶋先輩に苦手意識があった。それは里奈先輩のことを嫌っているからという理由で。
 だけど合奏中一生懸命吹いている松嶋先輩の姿は、どこか惹かれてしまった。


 「あっ、こころちゃーん!」

 「葵先輩!」

 ホルンを抱えた葵先輩がわたしのもとに駆けてきた。
 葵先輩を見ると癒される。ふわふわしたマスコットキャラクターのようで。

 「柚乃(ゆの)ちゃんも! ……って、そういえば、こころちゃんと柚乃ちゃんって同じクラスだよね?」

 「へ?」

 葵先輩が柚乃ちゃん、と呼ぶその人は確かに見たことある人だった。
 名前は、田中 柚乃さん。話したことは一度もないけれど、確かに同じクラスだから何度も顔を合わせている。

 「葵先輩、こんにちは。……真中さん、だよね。わたし、中学のころからホルン吹いてて。高校でもホルンにしたんだ」

 「うん、えっと、田中さん、だよね。わたしもトランペットだったんだ」

 「そうなんだね。同じ金管同士だし、よろしくね。こころちゃんって呼んでもいい?」

 「うん……! 柚乃、ちゃん」

 勇気を出して名前を呼んでみると、柚乃ちゃんはにこっと笑ってくれた。
 ……素直に、かわいい子だ。ストレートの黒髪に、少し茶色の瞳。確かにホルンが似合いそう。
 すると柚乃ちゃんが「そうそう」と言いながら、トロンボーンを手に持っている女の子を連れてきた。

 「ちょ、柚乃、いきなりどうしたの!?」

 「こころちゃん。同じクラスの、土屋 瑠夏。瑠夏も中学からトロンボーンやってたんだよねー。瑠夏、こころちゃんはトランペットだよ」

 「え? あぁ、真中さん! 真中さんも吹部だったんだ!? しかもトランペットなの!? マジか、嬉しいーっ」

 土屋さんは、入学式のときから知っていた。
 テンションが高く、クラスのリーダー的存在だったから。
 近寄りがたいと勝手に思っていたけれど、吹部で金管楽器という共通点があったことに親近感が湧いた。

 「よろしくお願いします、土屋さん」

 「あー、瑠夏でいいよ、こころ! ウチ、苗字で呼ばれるの苦手だからさ」

 「分かった、瑠夏ちゃん。よろしくね」

 わたしたちは三人で話していると、絵莉ちゃんが「わたしも仲間に入れてー!」なんて口にして割り込んできた。
 そんな状況に、わたしたちは思わず噴き出した。瑠夏ちゃんはゲラゲラと腹を抱えて笑っているほどに。
 ……高校の吹部は、楽しそうだなぁ。
 そんなことを考えていた。