部活動見学が終わり、新入生は下校時刻となった。
わたしは松嶋先輩にお礼を言い、教室を後にした。本当は里奈先輩にも会いたかったけれど、結局先輩は戻ってこなかった。
帰宅の準備をしていると、絵莉ちゃんがアルトサックスを持って笑顔でわたしのもとに駆けてきた。
「こころちゃーん! どうだった? トランペットは」
「うん、結構良かったよ。里奈先輩は優しいし、もう一人の先輩はすごく上手だったし」
「へぇー! じゃあこころちゃんは入部決定?」
その言葉に、ドキンと胸が響いた。
……入部、か。どうしよう。
確かにわたしはトランペットが好きだ。でも何だか人間関係にいざこざがあるみたいだし……。
「わたし、は……まだちょっと悩んでて。絵莉ちゃんはもうサックスにしたの?」
「うん、やっぱり好きだから、アルトサックス。それに入部しないと後々後悔すると思うんだよね」
……後悔。
わたしは中学のころ、吹部を諦めざるを得なかった。
だから今度は、高校でちゃんとトランペットをやりたい。そんな気持ちが自分に秘めていることを、初めて知った。
「……うん。やろうかな、トランペット」
「本当に!? 嬉しい、こころちゃんが一緒に部活に入ってくれて。……見学誘ったときさ、こころちゃん、ちょっと嫌な顔してたから。ごめんね、迷惑だったかなと思って」
え、わたし、そんな顔しちゃってたんだ。
確かに部活に入らないと決めてたから、絵莉ちゃんに部活見学を誘われたときはちょっと戸惑っていたのは事実。
「ううん、わたしこそごめんね。誘ってくれてありがとう、絵莉ちゃん」
「こちらこそだよ。これから一緒に頑張ろうね」
わたしはうん、と頷いた。
これから、どんな学校生活が始まるのかな。
わたしはいつの間にか病気のことを忘れ、そう考えていた。
翌日。
一日しかない部活体験が始まった。
中学ではもっと見学や体験の時間があったのに、この高校は二日間で部活を決めて本入部だなんて。
わたしは吹部だと決めているから良いけど。
「あっ」
部室に向かう際、松嶋先輩とバッタリ会ってしまった。
絵莉ちゃんから「知り合い?」と聞かれたので、「トランペットの先輩だよ」と答えた。
「えっと……名前、こころだっけ?」
「は、はい。そうです」
「こころ、もうトランペット志望でしょ? 今日からもう基礎練とか一緒にするから。あたし、結構厳しいからね」
「はい。松嶋先輩、よろしくお願いします」
松嶋先輩はニッ、と笑ってその場を後にした。
……厳しそうだなぁ、松嶋先輩の指導。
でも弱音なんか言っていられない。絵莉ちゃんみたいに経験者も多いんだし、わたしはブランクがあるから人一倍頑張らないと。
「あの人、松嶋先輩って言うの? ちょっと怖そうだね。美人だけど」
「うん、何か里奈先輩のことも嫌ってるみたいなんだよね……」
「え、そうなの!? 何でだろ。里奈先輩あんなにいい人なのに」
「だよね。でも松嶋先輩、すごくトランペットが上手なんだ」
ずっと聴いていたいと思うくらい、綺麗な音をしていた。
そんな上手い人に指導してもらえるなんて、貴重な経験だと思う。
そう思いながら、わたしたちは部室へ向かった。
「あ、こころ。ちょっと遅れてる。もうすぐ部活始まっちゃうから、楽器決めるよ」
「松嶋先輩! すみません、気をつけます。……って、え、自分で楽器決めていいんですか?」
「うん。逆に中学では決められなかったの?」
「はい。先輩に決めてもらってました」
わたしは松嶋先輩に案内され、楽器室に足を踏み入れた。
そこにはたくさんの楽器ケースがあった。
「トランペットはここね。単純にピストンが一番押しやすいのはこれ。でもちょっとメッキが剥がれてきちゃってるんだよね。色は金色しかないんだ」
トランペットは、ピストンを押してさまざまな音を出す楽器。
そのピストンを押しやすいというのはなかなか好条件だ。
金色のトランペットで、確かに少し傷はあったけれど、わたしはそれを選んだ。
「あ、愛良、いたーっ! って、新入生!?」
「うん、そうだけど。葵は相変わらず忙しいね」
「良かったね、トランペットに後輩来て! あ、初めまして、ホルン二年の坂東 葵です。葵でいいよ、よろしくね!」
ホルンという楽器は、金管楽器のなかで一番難しいとギネスに登録されている。カタツムリのようなかわいらしい形が特徴的だ。
葵先輩の第一印象はふんわりボブが特徴な、明るくて話しやすい人。
「真中こころです。葵先輩、よろしくお願いします」
「わーっ、わたし、先輩だって! ねぇ愛良、すごくない? わたし先輩だよ」
「何がすごいのか……。中学のときだって後輩いたでしょ」
「そうだけどさー」
わたしは早速楽器を出して、パート練習の教室へ向かった。
松嶋先輩と葵先輩を置いていってしまっていいのか、と戸惑ったけど。
すると、もう里奈先輩がトランペットを練習していた。
「先輩、こんにちは」
「あ、こころちゃーん! やっぱり入部決めてくれんだね! 嬉しいよ!」
「あ、えっと、まだ入部届は出してはないんですけど……。やっぱりトランペットやりたいなと思って」
「そうなんだ! うんうん、それがいいよ! 愛良ちゃんから聞いたけど、こころちゃん結構腕前良いんだって? そんな子が入ってくれて嬉しいなぁ」
そう言って、里奈先輩は笑顔を向けてくれた。
同時に松嶋先輩の名前を聞いて、ドキッとしてしまう。
『あたしは……中澤先輩のこと、嫌ってるんだ』
その言葉を、思い出してしまったから。
「明日は合奏風景を新入生に見てもらうようになってるんだ! ウチの吹部は二、三年合わせて二十人くらいしかいないから、新入生がいっぱい来てもらえると良いけど」
「そうなんですか。合奏見れるの楽しみにしてます」
「ありがとう! わたしね、こころちゃんが入部決めてくれたことすごく嬉しい。これからよろしくね」
ーー……あぁ、やっぱり、里奈先輩は心の底から良い人だ。
こんなに素敵な人なのに、松嶋先輩はどうして嫌ってるんだろう。
そう疑問に思いながら、わたしは里奈先輩にトランペットを教わった。
わたしは松嶋先輩にお礼を言い、教室を後にした。本当は里奈先輩にも会いたかったけれど、結局先輩は戻ってこなかった。
帰宅の準備をしていると、絵莉ちゃんがアルトサックスを持って笑顔でわたしのもとに駆けてきた。
「こころちゃーん! どうだった? トランペットは」
「うん、結構良かったよ。里奈先輩は優しいし、もう一人の先輩はすごく上手だったし」
「へぇー! じゃあこころちゃんは入部決定?」
その言葉に、ドキンと胸が響いた。
……入部、か。どうしよう。
確かにわたしはトランペットが好きだ。でも何だか人間関係にいざこざがあるみたいだし……。
「わたし、は……まだちょっと悩んでて。絵莉ちゃんはもうサックスにしたの?」
「うん、やっぱり好きだから、アルトサックス。それに入部しないと後々後悔すると思うんだよね」
……後悔。
わたしは中学のころ、吹部を諦めざるを得なかった。
だから今度は、高校でちゃんとトランペットをやりたい。そんな気持ちが自分に秘めていることを、初めて知った。
「……うん。やろうかな、トランペット」
「本当に!? 嬉しい、こころちゃんが一緒に部活に入ってくれて。……見学誘ったときさ、こころちゃん、ちょっと嫌な顔してたから。ごめんね、迷惑だったかなと思って」
え、わたし、そんな顔しちゃってたんだ。
確かに部活に入らないと決めてたから、絵莉ちゃんに部活見学を誘われたときはちょっと戸惑っていたのは事実。
「ううん、わたしこそごめんね。誘ってくれてありがとう、絵莉ちゃん」
「こちらこそだよ。これから一緒に頑張ろうね」
わたしはうん、と頷いた。
これから、どんな学校生活が始まるのかな。
わたしはいつの間にか病気のことを忘れ、そう考えていた。
翌日。
一日しかない部活体験が始まった。
中学ではもっと見学や体験の時間があったのに、この高校は二日間で部活を決めて本入部だなんて。
わたしは吹部だと決めているから良いけど。
「あっ」
部室に向かう際、松嶋先輩とバッタリ会ってしまった。
絵莉ちゃんから「知り合い?」と聞かれたので、「トランペットの先輩だよ」と答えた。
「えっと……名前、こころだっけ?」
「は、はい。そうです」
「こころ、もうトランペット志望でしょ? 今日からもう基礎練とか一緒にするから。あたし、結構厳しいからね」
「はい。松嶋先輩、よろしくお願いします」
松嶋先輩はニッ、と笑ってその場を後にした。
……厳しそうだなぁ、松嶋先輩の指導。
でも弱音なんか言っていられない。絵莉ちゃんみたいに経験者も多いんだし、わたしはブランクがあるから人一倍頑張らないと。
「あの人、松嶋先輩って言うの? ちょっと怖そうだね。美人だけど」
「うん、何か里奈先輩のことも嫌ってるみたいなんだよね……」
「え、そうなの!? 何でだろ。里奈先輩あんなにいい人なのに」
「だよね。でも松嶋先輩、すごくトランペットが上手なんだ」
ずっと聴いていたいと思うくらい、綺麗な音をしていた。
そんな上手い人に指導してもらえるなんて、貴重な経験だと思う。
そう思いながら、わたしたちは部室へ向かった。
「あ、こころ。ちょっと遅れてる。もうすぐ部活始まっちゃうから、楽器決めるよ」
「松嶋先輩! すみません、気をつけます。……って、え、自分で楽器決めていいんですか?」
「うん。逆に中学では決められなかったの?」
「はい。先輩に決めてもらってました」
わたしは松嶋先輩に案内され、楽器室に足を踏み入れた。
そこにはたくさんの楽器ケースがあった。
「トランペットはここね。単純にピストンが一番押しやすいのはこれ。でもちょっとメッキが剥がれてきちゃってるんだよね。色は金色しかないんだ」
トランペットは、ピストンを押してさまざまな音を出す楽器。
そのピストンを押しやすいというのはなかなか好条件だ。
金色のトランペットで、確かに少し傷はあったけれど、わたしはそれを選んだ。
「あ、愛良、いたーっ! って、新入生!?」
「うん、そうだけど。葵は相変わらず忙しいね」
「良かったね、トランペットに後輩来て! あ、初めまして、ホルン二年の坂東 葵です。葵でいいよ、よろしくね!」
ホルンという楽器は、金管楽器のなかで一番難しいとギネスに登録されている。カタツムリのようなかわいらしい形が特徴的だ。
葵先輩の第一印象はふんわりボブが特徴な、明るくて話しやすい人。
「真中こころです。葵先輩、よろしくお願いします」
「わーっ、わたし、先輩だって! ねぇ愛良、すごくない? わたし先輩だよ」
「何がすごいのか……。中学のときだって後輩いたでしょ」
「そうだけどさー」
わたしは早速楽器を出して、パート練習の教室へ向かった。
松嶋先輩と葵先輩を置いていってしまっていいのか、と戸惑ったけど。
すると、もう里奈先輩がトランペットを練習していた。
「先輩、こんにちは」
「あ、こころちゃーん! やっぱり入部決めてくれんだね! 嬉しいよ!」
「あ、えっと、まだ入部届は出してはないんですけど……。やっぱりトランペットやりたいなと思って」
「そうなんだ! うんうん、それがいいよ! 愛良ちゃんから聞いたけど、こころちゃん結構腕前良いんだって? そんな子が入ってくれて嬉しいなぁ」
そう言って、里奈先輩は笑顔を向けてくれた。
同時に松嶋先輩の名前を聞いて、ドキッとしてしまう。
『あたしは……中澤先輩のこと、嫌ってるんだ』
その言葉を、思い出してしまったから。
「明日は合奏風景を新入生に見てもらうようになってるんだ! ウチの吹部は二、三年合わせて二十人くらいしかいないから、新入生がいっぱい来てもらえると良いけど」
「そうなんですか。合奏見れるの楽しみにしてます」
「ありがとう! わたしね、こころちゃんが入部決めてくれたことすごく嬉しい。これからよろしくね」
ーー……あぁ、やっぱり、里奈先輩は心の底から良い人だ。
こんなに素敵な人なのに、松嶋先輩はどうして嫌ってるんだろう。
そう疑問に思いながら、わたしは里奈先輩にトランペットを教わった。



