目を覚ますと、わたしは保健室のベッドに横たわっていた。
勢いよくガバッと体を起こす。そして恐る恐るカーテンを開けると、保健室の先生らしき人がパソコンで作業をしていた。
「あら、真中さん。起きた?」
「……は……はい。あの、わたし、ずっと寝ちゃってましたか? すみません」
「ううん、体調不良は誰にでもあるもの。今はね、三限目目くらいかな。本当は保健室は一時間利用したら教室に戻るか早退しなきゃいけないんだけど、今は特別ね」
優しそうな若い女性の先生がそう言った。
……わたし、三時間近く眠っていたんだ。
そう思ったときハッとした。今日から新学期というスタートなのに、早速倒れてみんなに迷惑を掛けてしまった。
……どうしよう。教室に戻るのが、怖い。
そんな気持ちが伝わったのか、保健の先生はわたしのほうを向いて話し始めた。
「真中さん、さっきご家族に電話したんだけど、パニック障害を患ってるのよね」
「……はい」
「そう。学校は無理に来なくてもいいのよ。今は自分の体を優先することが一番なんだから」
にこっ、と笑みを浮かべながら先生はそう言った。
「……あの、わたしがさっき倒れたのもやっぱり病気のせい、なんですかね」
「うーん、そうねぇ。真中さん、ちゃんと呼吸はしてる?」
「え? 呼吸?」
「うん。深呼吸することは大切だから」
……どういう意味だろう。
呼吸はしているに決まっている。だって呼吸してなかったら、どうやって生きているというのだろう。
わたしは……青葉くんに再会して、パニックになってしまっていた。
もしかしたらそのときわたしは、呼吸という概念を忘れていたのかもしれない。
「ありがとう、ございます」
「もちろん。真中さんどうする? 教室戻る? 早退してもいいのよ」
正直、教室に戻りたいとは思えなかった。
もうわたしはクラスで一番目立っていると思うし。
だけど、お母さんに迷惑を掛けるようなことはしたくない。残りの人生、親孝行するって決めていたから。
わたしは首をふるふると横に振る。
「いえ、大丈夫です。教室戻ります」
「そう。じゃあまた何かあったら保健室来てね。お大事に」
「失礼します」
そう言ってわたしは、保健室を出た。
その瞬間ちょうど授業終わりのチャイムが鳴り、急いで教室へ戻る。
胸に手を当てると、心臓の鼓動が速くなっていた。
……落ち着け、わたし。緊張は心臓に悪いよ。
震える手をぎゅっと握り、自分の席へ戻る。
「こころちゃん!!」
そう言って駆けてきたのは、絵莉ちゃんだった。
その一瞬でクラスメイト全員がわたしのほうを向く。
……怖い。そんな、見ないでほしいのに。
「こころちゃん、大丈夫!? 急に倒れたから心配で……」
「……絵莉ちゃん、心配してくれてありがとう。ただの貧血みたいだから、そんな心配しないで。ごめんね」
わたしは、そうやって嘘を吐いた。精神疾患だなんて言えるはずない。
すると安心したのか、絵莉ちゃんはホッと一息吐いた。
「ううん、全然。良かったぁ、こころちゃんが無事で」
「本当にありがとう。そんなに心配してくれたなんて。すごく嬉しい」
「いえいえ。そういえば、こころちゃんって青葉くんと知り合いなの?」
「え……」
絵莉ちゃんはパッと笑顔になり、話題を変えた。
どうして絵莉ちゃんがそのことを知っているのだろう。
……わたしは、青葉くんと知り合いって言っていいものなのだろうか。
そう思うと、簡単に頷くことはできなかった。
「実はね、こころちゃんが倒れたとき保健の先生が来たんだけど、青葉くんが保健室まで運んでくれてたんだよ」
「……え?」
運んだって、わたしのことを?
そういえば、遠のいていく意識のなか、青葉くんの声だけがハッキリ聞こえた気がする。
でもどうして、青葉くんはわたしのことを助けてくれたのだろう。
「それで、すごい優しい目でこころちゃんのこと見つめてたから。もしかしてふたり、そういう親密な仲なのかなってーー」
「ち、違うよ!! 青葉くんとは中学校が一緒だっただけで、全然そういうんじゃないから」
わたしは慌てて否定した。
絵莉ちゃんがわたしと青葉くんの関係を誤解したままだと困る。きっと青葉くんは、わたしなんかと恋人だとか思われていたらきっと迷惑するから。
「ふふっ、そっか。そんなに否定しなくてもいいじゃない」
「だ、だって……青葉くんとは本当に恋人とかそういう関係じゃないの」
「分かった分かった。こころちゃん、青葉くんのこと好きなの?」
「……ううん。わたしの恋はもう……終わったの」
気がついたら、正直にそう答えていた。
これは本当。わたしは病気になってから恋なんてしないと決めた。あのとき、青葉くんへの片思いはもう終わらせたから。
……それでいいんだよね。そしたらきっと、みんな幸せになれるよね。
終わらない恋なんてきっと、この世に存在しないのだから。
勢いよくガバッと体を起こす。そして恐る恐るカーテンを開けると、保健室の先生らしき人がパソコンで作業をしていた。
「あら、真中さん。起きた?」
「……は……はい。あの、わたし、ずっと寝ちゃってましたか? すみません」
「ううん、体調不良は誰にでもあるもの。今はね、三限目目くらいかな。本当は保健室は一時間利用したら教室に戻るか早退しなきゃいけないんだけど、今は特別ね」
優しそうな若い女性の先生がそう言った。
……わたし、三時間近く眠っていたんだ。
そう思ったときハッとした。今日から新学期というスタートなのに、早速倒れてみんなに迷惑を掛けてしまった。
……どうしよう。教室に戻るのが、怖い。
そんな気持ちが伝わったのか、保健の先生はわたしのほうを向いて話し始めた。
「真中さん、さっきご家族に電話したんだけど、パニック障害を患ってるのよね」
「……はい」
「そう。学校は無理に来なくてもいいのよ。今は自分の体を優先することが一番なんだから」
にこっ、と笑みを浮かべながら先生はそう言った。
「……あの、わたしがさっき倒れたのもやっぱり病気のせい、なんですかね」
「うーん、そうねぇ。真中さん、ちゃんと呼吸はしてる?」
「え? 呼吸?」
「うん。深呼吸することは大切だから」
……どういう意味だろう。
呼吸はしているに決まっている。だって呼吸してなかったら、どうやって生きているというのだろう。
わたしは……青葉くんに再会して、パニックになってしまっていた。
もしかしたらそのときわたしは、呼吸という概念を忘れていたのかもしれない。
「ありがとう、ございます」
「もちろん。真中さんどうする? 教室戻る? 早退してもいいのよ」
正直、教室に戻りたいとは思えなかった。
もうわたしはクラスで一番目立っていると思うし。
だけど、お母さんに迷惑を掛けるようなことはしたくない。残りの人生、親孝行するって決めていたから。
わたしは首をふるふると横に振る。
「いえ、大丈夫です。教室戻ります」
「そう。じゃあまた何かあったら保健室来てね。お大事に」
「失礼します」
そう言ってわたしは、保健室を出た。
その瞬間ちょうど授業終わりのチャイムが鳴り、急いで教室へ戻る。
胸に手を当てると、心臓の鼓動が速くなっていた。
……落ち着け、わたし。緊張は心臓に悪いよ。
震える手をぎゅっと握り、自分の席へ戻る。
「こころちゃん!!」
そう言って駆けてきたのは、絵莉ちゃんだった。
その一瞬でクラスメイト全員がわたしのほうを向く。
……怖い。そんな、見ないでほしいのに。
「こころちゃん、大丈夫!? 急に倒れたから心配で……」
「……絵莉ちゃん、心配してくれてありがとう。ただの貧血みたいだから、そんな心配しないで。ごめんね」
わたしは、そうやって嘘を吐いた。精神疾患だなんて言えるはずない。
すると安心したのか、絵莉ちゃんはホッと一息吐いた。
「ううん、全然。良かったぁ、こころちゃんが無事で」
「本当にありがとう。そんなに心配してくれたなんて。すごく嬉しい」
「いえいえ。そういえば、こころちゃんって青葉くんと知り合いなの?」
「え……」
絵莉ちゃんはパッと笑顔になり、話題を変えた。
どうして絵莉ちゃんがそのことを知っているのだろう。
……わたしは、青葉くんと知り合いって言っていいものなのだろうか。
そう思うと、簡単に頷くことはできなかった。
「実はね、こころちゃんが倒れたとき保健の先生が来たんだけど、青葉くんが保健室まで運んでくれてたんだよ」
「……え?」
運んだって、わたしのことを?
そういえば、遠のいていく意識のなか、青葉くんの声だけがハッキリ聞こえた気がする。
でもどうして、青葉くんはわたしのことを助けてくれたのだろう。
「それで、すごい優しい目でこころちゃんのこと見つめてたから。もしかしてふたり、そういう親密な仲なのかなってーー」
「ち、違うよ!! 青葉くんとは中学校が一緒だっただけで、全然そういうんじゃないから」
わたしは慌てて否定した。
絵莉ちゃんがわたしと青葉くんの関係を誤解したままだと困る。きっと青葉くんは、わたしなんかと恋人だとか思われていたらきっと迷惑するから。
「ふふっ、そっか。そんなに否定しなくてもいいじゃない」
「だ、だって……青葉くんとは本当に恋人とかそういう関係じゃないの」
「分かった分かった。こころちゃん、青葉くんのこと好きなの?」
「……ううん。わたしの恋はもう……終わったの」
気がついたら、正直にそう答えていた。
これは本当。わたしは病気になってから恋なんてしないと決めた。あのとき、青葉くんへの片思いはもう終わらせたから。
……それでいいんだよね。そしたらきっと、みんな幸せになれるよね。
終わらない恋なんてきっと、この世に存在しないのだから。



