卒業式が終わり、わたしは急いで昇降口を出た。もちろん絵莉ちゃんたちも一緒に。
 外は桜が舞っていて、まるで三年生を送り出しているようだった。

 「里奈先輩!」

 「沙羅せんぱーい!」

 「みんな、来てくれたの?」

 わたしたちは一斉に「ご卒業おめでとうございます」と口にした。

 「ありがとう。卒業って実感湧かないんだけどね」

 「それな。なーんか違和感あるよね」

 先輩たちはそう言って笑っていた。
 わたしたちも、もう涙は流さず笑顔でいようと決めていた。

 「あ、先輩。トランペットのソロ素敵でした。まさか愛良先輩とふたりで吹くなんて」

 「ふふ、ありがと。愛良ちゃんからふたりで吹きたいって言われたの。久しぶりに吹いたけど、下手じゃなかった?」

 「とんでもないです。わたし、泣きそうになっちゃいました」

 「わたしたちもです!」

 そう言うと、里奈先輩は「実はわたしも」と笑った。
 あの瞬間、確かに先輩は泣いていた。きっと感動したのだろう。

 「みんな、これからも部活頑張ってね。見に行けそうなときは行くから」

 「はい、待ってます」

 「瑠夏、後輩入るといいね」

 「勧誘めちゃくちゃ頑張ります!」

 先輩たちは、ブレザーの胸ポケットに付けている“卒業おめでとう”という桜のバッジを揺らした。

 「じゃあ、わたしたちは行くね。吹部の三年で打ち上げしようって約束してるんだ」

 「そう、ですか」

 ……寂しいな。
 そう思ったけれど、口にはしなかった。きっと先輩たちが誰よりもそう思っているだろうから。
 わたしたちは校門前で先輩たちを見送る。

 「本当にありがとうございました。先輩たちのことずっと忘れません」

 「わたしたちも忘れないよ」

 「絶対忘れないから」

 「あ、こころちゃん」

 そう言って里奈先輩はわたしの目の前に来て、突然ぎゅっと優しく抱きしめられた。
 甘いバラのような香りがふわっと香る。

 「……っ、先輩?」

 「ごめんね。やっぱり寂しくて。今までありがとうの気持ちを込めちゃった」

 「そんなこと、しないでくださいよ。そんな、わたし、もっと寂しくなっちゃいます……っ!」

 わたしたちは、声を押し殺して泣いてしまった。
 どうして卒業なんてあるんだろう。
 どうして別れなんて来てしまうのだろう。
 そんな疑問が、頭に浮かぶ。

 「……じゃあ、行くね」

 「またね」

 先輩たちの背中を押すように、桜の花びらが舞った。
 絵莉ちゃんたちと顔を見合わせ、わたしたちは口を開く。

 「里奈先輩ー! 沙羅先輩ー!」

 「一年間、ありがとうございました!」

 「……っ、こちらこそ!」

 「ありがとう、みんな!」

 先輩たちは、この学校から飛び立っていった。
 ……里奈先輩、トランペットを教えてくれて、ありがとうございました。
 わたしは絶対に先輩の指導は忘れない。ずっと心に刻んでいく。

 「なーにメソメソしてんの」

 「え……あ、愛良先輩」

 あかり先輩や葵先輩、そして高野先輩までいつの間にかわたしたちの後ろにいた。
 愛良先輩はわたしの頭を軽くコツンと叩く。

 「これからはあたしたちが新しい吹部を創り上げるんだよ。来月には新入生も来るんだから」

 「あいら、先輩……」

 「真中。前にも言ったけど、あんまり自分を苦しめるなよ。それだけ」

 「高野先輩も……ありがとう、ございます」

 そうだ。わたしたちも、今日から始めなければいけない。
 スタートラインは今、ここにあるんだ。

 「よーし、じゃあ一年と二年で打ち上げでも行くかー!」

 「おぉ、いいですね! 新たなスタートを切ろう会!」

 「瑠夏、何それ。タイトル?」

 「そうだよ、楽しそうじゃん!」

 わたしたちはドッ、と笑った。
 愛良先輩は空を見上げながら、呟いた。

 「吹奏楽部は、まだまだ羽ばたけるのかな」

 わたしはそれに答えるように、口を開く。

 「吹奏楽部は、羽ばたきますよ。これからが本番です」

 「……そうだね。目指せ、支部大会出場!」

 「はい!」

 これから先、どんな未来が待っているんだろう。
 きっと悲しんだり、泣いたり、悔しがったりすることもたくさんあると思う。
 だけどわたしには先輩や仲間がたくさんいるから、頑張れる。先にある目標に向かって前進できる。
 あの空に羽ばたけるように。わたしの吹奏楽部の青春は、まだまだ続くんだーー……。